5
「あ!隼!それ、ボクの!」
「え…あ…ごめん…」
「いっぱいあるんだからケチケチしないの、桜」
「だって…」
「おかわり!」
「もうないよ」
「えー!なんで!」
「なんでって…みんなよく食べるからね…」
「厨房に知らせろ~!」
「てんてこ舞いだよ。向こうも」
昨日の宴に勝るとも劣らない盛況ぶり。
みんな、心置きなく夕食を食べている。
「これは、もうないの?」
「ないよ。諦めるんだね」
「え~…」
「もーらいっ!」
「あー!またボクの!」
「油断してるのが悪いんだよ」
ん?
見慣れない顔だ。
少なくとも、衛士ではない。
「おい、お前ら」「ねえ、キミたち」
「ん?」「え?」
「紅葉からどうぞ」
「そうか?じゃあ…」
「響!」
「えぇ…もっと食べたい…」
「ダメ!」
「うぅ…」
「逃がすわけないだろ」
二人の襟首をつかむ。
「離して~!」「あぅ…」
「お前ら、どっから入ったんだ?」
「も…門から…」
「響!」
「門番がいたはずだけど?」
「横からよじ登って…」
「で、何しに来たんだ?」
「お腹空いて…美味しそうな匂いがしたから…」
「そうか。じゃあ、次。空」
二人を投げて寄越す。
「さてさて…何を質問しようかな?」
「うぅ…」
「夕飯、美味しかった?」
「え?」「うん。美味しかったよ」
「キミは?」
「…美味しかった」
「そ。ならいいよ。ゆっくり食べな」
と言って、二人を放す。
怒られると思っていたのか、二人ともしばらく呆然としていたが、何かハッと気付いた様子で、宴の席へと戻る。
「どうしたの?姉ちゃん」
「いや、なんでもない。それより、もう食べないのか?」
「うん。私はもういいよ。ほとんど残ってないしね」
「まあ、それもそうだけど」
「あー!望が狙ってたおかず!なくなってる!」
「望お姉ちゃんは食べすぎだよ」
小さいのが望、もっと小さいのが響というらしい。
ホント、どこから来たんだろう。
以前ほどではないけど、かといって、警備や見回りに穴があるとは思えない。
もしかしたら、掘り出し物かもしれない…。
ってダメだダメだ。
こんな小さな子を班に配置なんか出来ない…。
壮絶な戦いが終わり、厨房の方も一段落ついたらしい。
各自、自分の部屋に戻り、休息を取っている。
「うぅ…あんまり食べれなかった…」
「充分食べ過ぎてるよ、望お姉ちゃんは」
「成長期だもんね。いっぱい食べないと」
「そうそう。風華なんて、望くらいのときはご飯十杯くらい食べっ!」
「そんなに食べてない!」
思いっきり肘鉄砲を喰らわされた利家は、声にならない悲鳴を上げて転げまわってる。
「七杯くらいしか食べてないよ!」
「それでも充分だと思うけどな」
「え…?そう?」
「ホント、風華ってよく食べたから、私も作り甲斐があったってもんだけどね」
「もう!私が食いしん坊みたいじゃない!」
「あれ?違った?」
「違う!」
顔を怒りと恥ずかしさで真っ赤にさせる風華。
でも、食いしん坊は悪いことではない。
たくさん食べられるということは、それだけ幸せだということ。
そして、幸せを幸せと感じないことが、本当の幸せなのかもしれない。
「いろはねぇ、何考えてるの?」
「ん?そうだな…桜の背がなんで伸びないか、かな」
「余計なお世話だよ!」
「オレはお節介だからな」
言いながら、桜の頭を撫でてやると、背のことを言われて不機嫌だった顔が、次第に和らいでくる。
そして、ゆっくりと眠りに落ちていった。
疲れてたのかな。
「あ、桜、寝ちゃった?」
「ああ」
「しょうがないな…」
「俺、部屋まで運ぼうか?」
「ダメ。それに、隼、桜の部屋、知ってるの?」
「それは…」
「じゃあ、どうやって部屋まで運ぶのよ」
「うぅ…」
「オレが運んでくるよ」
「ごめんね。よろしく」
「ああ」
そして、桜を担いで部屋を出る。
見た目に違わず、相当軽い。
本当に十六なのか疑いたくなるくらい。
「…あんまり失礼なことは考えないでね」
「起きてたのか?」
「ううん…ちょっと目が覚めただけ…」
「そうか」
「はぁ…あったかい…」
「生きている証だ。オレがあったかいのも、桜があったかいと感じるのも」
「うん…そう…」
「桜に助けられた、大切な命だ」
「ボクも、いろはねぇ に助けてもらった」
「おあいこってことだな」
「…ううん。おあいこじゃない。足して二になるの」
「ふふ、そうだな。助けて助けられて。今ある命は、互いに引いて零にするんじゃなくて、足して二にする」
「うん…。二が四、四が八、八が十六。どんどん足して、大きなひとつの命」
身体は小さいけど、考えてることは、ホントに奥が深いようだ。
「…また失礼なこと、考えてたでしょ」
「ああ。考えてた」
「もう…」
部屋に着く頃には、桜はぐっすりと眠っていた。
…大きなひとつの命、か。
世の中全部がそうあるように、願いたい。
再び広間。
そろそろ夜勤の衛士たちが出てきたみたいだ。
「隊長、この子たち、どうしましょうか」
「適当に部屋を割り当ててやれ」
「はっ。隊長も、早めにお休みくださいね」
「分かってる」
そして、ぐっすり眠ってしまった望と響を運び出す。
響の話によれば、フラフラと子供二人、流浪の旅をしてるらしい。
…またどこかに旅立つのかな。
ここが気に入ったようなら、住み着いてもらっても構わないんだけど…。
まあ、それは二人に任せるしかない。
「じゃあ、私たちは帰るね」
「俺は残りたい!」
「ダメ」
「なんで!」
「理由が聞きたいのかしら?」
「あ…いや…うぅ…」
空の不気味なほど自然な笑顔で気圧されてしまった隼は、すっかり縮こまってしまった。
…何があるというんだろう。
「紅葉。ちゃんと利家と桜、見張っといてね。風華にも頼んどいたけど」
「ああ、空も隼も、また遊びに来てくれ」
「うん。分かってる」
「任せとけ!」
「じゃあね」
「ああ。またな」
そして二人は、夜の空へと向かって飛び去っていった。
昇り始めた月…。
ホントに綺麗な…。
「風華」
「ん?どうしたの?」
「月が綺麗だ」
「うん。そうだね…って、姉ちゃん…目の色…赤くなってるよ…?」
「あぁ…昔からなんだ…」
「昔からなの…?」
「ああ。でも、オレは月が好きだ」
「うん…。私も…」
月の光は、やわらかく、全てを包み込んでくれる…。
たとえ、何も見えなくなったとしても、私は月が好き。
「………」
「姉ちゃん」
「え…あ…どうした?」
「月、ホント綺麗だから」
「うん」
「半月だけど…ホントに綺麗な月…」
「うん」
「姉ちゃん…。私…待ってるからね…。ずっと…」
「え…?」
「じゃあ、おやすみ」
「…おやすみ、風華」
風華の足音が遠ざかっていく。
…オレも寝るかな。
立ち上がると、近付いてくる足音がひとつ。
「隊長。お連れいたしましょうか?」
「いや、いい。ありがとう。配置に戻ってくれ」
「はっ…」
昔から…。
本当に、昔から…。
私は、暗闇の中を歩いていった。
サブタイトルってちゃんと考えた方がいいんですかね…?
まあ、それは置いといて…。
紅葉に見られた謎の変化の正体とは?
風華は何か知っているようですが…。