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「わざわざ会いにきてくれたのか」
「暇だったからな」
「…お前は、何かもっとやりたいこととかはないのか」
「まあ、いちおう客だしな、お前も」
「それはそうだが…」
草平は、もう結構よくなってきたみたいで、今は身体を起こすくらいは出来るようだ。
私が貰ってきたお粥を少し舐めると、またこっちを見る。
「テスカはどうだ。相変わらずか?」
「さあな。今日は見てない」
「ふぅん…。まあ、ゆっくり決めればいいんじゃないかとも思うんだ。世話になっておいて、あれなんだが…」
「そうだな。でも、フィルィに言われて、今日決めると言ってたぞ」
「今日?またフィルィは、あいつを焦らせるようなことを…」
「いつまで掛かるかも分からないけどな、あんな様子では。オレは、強行策でもよかったんじゃないかと思うよ。まあ、待つとか言っておきながら、テスカを前にして我慢出来なかったというのは、ちょっとあれかもしれないけど」
「あの子も、感情的になりやすい子なんだ。そのあたりは、大目に見てやってくれないか?」
「いや、まあ、それは分かってるんだけど」
「そうか。しかし、感情に流されると危険にも繋がるということを、いつも教えているんだが…。どうも、なかなか人を疑わない性格みたいでな」
「分かる気はするよ」
「はぁ…」
「そういえば、お前はフィルィに特別目を掛けてやってるみたいだけど」
「まあ、そうだな。あいつは、旅団員としても、人としても、まだまだ未熟だ。師匠もな。だから、松風に頼み込まれて、俺は二人の教育係に選ばれたというわけだ」
「セルタはどうなんだ」
「セルタは、どちらかと言えば、あいつらの兄といったところだ。教育することもあるけど、それ以外のことが多いだろうな」
「ふぅん…」
「まあ、愛想の欠片もないやつだが、みんなを想う気持ちは誰にも負けてないよ」
「そうか」
「そいつもな」
草平は、クアの方を見て言う。
クアは相変わらず寝たフリをしているけど。
「ふふふ」
「…そういえば、お前、どこかの守り神だったとかじゃないのか?」
「ん?誰から聞いたんだ?」
「翡翠…いや、降龍川が、今ここに住み着いてるんだ」
「ほぅ。降龍川が」
「知ってるのか?」
「若き暴君として知られているな。降龍川を荒らすような輩は片っ端から喰い殺しているらしいから、長老連中も苦言を呈している。まあ、そのお陰で、降龍川はもちろん、下流域の川も美しさを保てているんだけどな。ちなみに、俺は賛成派だ」
「ふん。若き暴君ねぇ」
「そんなかんじはしないのか?」
「どちらかと言うと、心優しい青年といったところだな。だいたい、暴君なら、うちに住ませたりはしない」
「ははは。ろくに知りもせずに評価を下す輩が、いかに愚かしいものかということがよく分かるな。また長老連中に言っておいてやろう」
「楽しそうだな」
「楽しいさ。自分が優位に立っていると錯覚し、偉そうなことを言う連中を出し抜くのは本当に面白いぞ。あの唖然とした顔を、とびきりのしたり顔で眺めてやるんだ」
「分からないでもないけどな」
「ふふふ、俺たちは気が合うようだな。…まあ、翡翠のその優しさが、降龍川の環境を守っているんだ。やり方は少々手荒かもしれないが」
「一回や二回くらい、警告はしてるだろう。あいつが何もなしに人を喰らうなんて、一緒に生活している今では考えられないしな」
「そうだろうな。人間なんて不味いもの、進んで喰うやつがいるとは思えない」
「………」
「そういう意味では、お前は美味そうだな。妖力が滴るようだ」
「はぁ…。よく言われるよ…」
「ふふふ、そうか。まあ、綺麗な花には棘があると言うし。決死の覚悟をしないと、お前の肉を味わうことは出来なさそうだ」
「それも既出だ」
「ふむ…。それは残念だな…」
「まったく…。お前らは、喰うことしか頭にないのか」
「喰わねば生きてはいけまい。まあ、妖怪は妖力の供給があれば、ある程度は大丈夫だけど」
「そんなことを言ってると、歳を取ったときに大怪我するぞ」
「……?」
「というか、そんなことはどうでもいいんだ。お前のことを聞いてるんだ」
「俺の生い立ちを聞いたって、つまらないだけだ」
「…もしかして、天昇川っていうんじゃないのか、お前は」
「………」
「翡翠がこの前、チラッと言っていたのを聞いただけなんだけど。天昇川の水源が荒らされているんだって?」
「…俺は知らない」
「知らないわけはないだろ。顔に書いてある」
「書いてなんか…」
「天昇川は、ルクレィを流れる川の中でも一番大きな川だ。少なくともルクレィ内では、一番多くの生命を支えてる。オレも小耳に挟んだことがあるんだけど、最近、聖域とされる水源近くまで遊歩道が設置されて、観光客が増えているらしいな。そして、それによる水質汚濁も酷くなっていると」
「………」
「愛想を尽かしたんじゃないのか。いくら守っても、横から端から壊していく人間に」
「ふん…。何の話だか…」
「まあ、オレの独り言だと思っておいてくれ。でも、そんなやつがどうして、また人間と関わろうと思ったんだろうな」
「………」
「クア。お前はどう思う?」
「………」
まあ、答えが返ってくるわけもなく。
とりあえず、尻尾をパタリと動かしたのには、何か意味があるんだろうか。
「…と、知らないと言うなら、お前たちには関係ない話だったな」
「………」
「翡翠にまた聞いておくことにするよ」
「…そうだな」
草平は、クアと同じように丸くなって目を瞑る。
しばらくは放っておいた方がいいだろうな。
…でも、草平が天昇川というのはほぼ間違いなさそうだ。
天昇川と人間の間に何があったのか。
草平と旅団蒼空の間に何があったのか。
いろいろ気になることは多いけど。