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「もっとキリキリ動いてぇな」
「………」
「あっ!寝てるんちゃうん?」
「いや、寝てないけど…。でも、今何時か考えろよ…」
「寺子屋の準備はせなならんやん。はよしてぇな」
「毎度毎度、熱心なことだな…。というか、なんで今日は大和に頼まないんだ」
「大和は、なんや足痛いから動かれんゆうてた」
「ふぅん…。大丈夫かな…」
「心配せんでええとはゆうてたけど、やっぱり気になるよなぁ」
「そうだな…。まあ、手伝いたくないから仮病を使ったのかもしれないけどな…」
「ははは。それやったら傑作やけどな」
「なんだ。怒ると思ったけど」
「うちかてそんな短気ちゃうし。まあ、大変やってことは分かってるつもりやし。せやかて、うちも、みんなが来たときに、気分よう勉強始められるようにしといたりたいねん」
「それは立派なことだとは思うけどな…」
「姉ちゃんとか大和まで巻き込んで、正直申し訳ないとは思てる。でも、やっぱりやっときたいねん。ただの自己満足かもしれんけど…」
「はぁ…。分かった分かった…。手伝えばいいんだろ、手伝えば…」
「ふふふ。おおきにな、姉ちゃん」
「まったく…」
そんなことを聞かされては、手伝わないわけにもいかないだろ…。
まあ、それを狙って話したわけでもないというのは分かってる。
レオナは、そういう性格ではないからな。
小細工とかは全く苦手で、いつも全力で真ん中に直球を投げてくるようなやつだ。
それは分かってるけど…。
「やっぱり、朝っぱらから、こんな重労働はキツいな…」
「運動不足なんちゃう?毎日、屋根縁でボサッとしてんねんやろ」
「まあ、そうだけど…。いや、最近はそうでもないからな」
「えぇー」
「レオナ…」
「あっ、大和。動けんねやったら無理せんでええのに」
「しかしだな…」
広間の入口に現れた大和は、いつぞやの半人半獣の姿を取っていて。
でも、あまり具合が良いとは言えないようだった。
「どうしたんだ。足を痛めたんだって?」
「大したことはない…。少し足を捻っただけだ…」
「そんなんゆうて。さっき行ったときも、全然見せてくれんかったやん」
「大丈夫だ…」
「痩せ我慢してないで見せろ。挫いただけだと思ってたら折れてたなんてことだってあるし」
「………」
「主の言うことが聞けないのか」
「むぅ…。それを言われると…」
「まったく…」
大和のところまで行って、足を見てみる。
患部は異様に腫れていたから、すぐに分かった。
右膝のところがどうもおかしいらしい。
触ろうとすると、一歩引いて。
…構わずに触る。
「うっ…」
「どうなん?」
「足を捻ったって、どう捻ったんだ」
「天守閣から様子を見ようと屋根に登ったときに滑って、落下して着地した際に痛めたらしい…。ただの捻挫だ…」
「屋根からどこまで落ちたんだ」
「二つ下の階の屋根縁までだ…」
「そうか」
「なぁ、どうなん?」
「オレは薬師じゃないから正確なことは分からないけど…折れてはいないが、捻挫でもないと思う。まあ、たぶん、ヒビくらいは入っているだろうな」
「えっ!ヒビでも大変やん!はよ薬師呼ばな!」
「とりあえず落ち着け。お前は担架を持ってきてくれ。ある場所は分かるか?」
「分かるけど…」
「オレは薬師を呼んでくる。それから、大和はここでジッとして絶対に動かないこと」
「………」
「分かったのか」
「ああ…。分かった…」
「よし。じゃあ、行ってくれ」
「うん…」
大和を座らせておいて、レオナと一緒に広間を出る。
まったく、いつ怪我をしたんだろうか…。
澪が知らないということは、たぶん、昨日の夜から今朝に掛けてだとは思うけど…。
そのまま痩せ我慢をし続けて、重症になったらどうする気だったんだろうか。
それでも言い出さないような気はするけどな…。
利家は、手際よく応急処置を済ませていって。
横ではずっと、レオナが心配そうに見守っていた。
「まあ、こんなものかな。じゃあ、運んでくれる?」
「うん」
「………」
「そっとね」
「分かってる」
いくら半人化してるとは言え、人間用の担架では小さすぎたから、襷をいくつも結び付けた物干し竿で、急拵えの担架を作り。
ちょうど起き抜けの翡翠と、夜勤組だった小十郎を捕まえることが出来たので、二人に運んでもらうことにした。
「わっせ、わっせ」
「…しかし、不思議なものですね、妖術というのは」
「ん?まあね」
「…ほとんど重さを感じません」
「大和には軽量化してもらったから」
「…どういう仕組みなんですか」
「さあ?仕組みは知らないなぁ。まあ、不思議な力が働いて、体重が軽くなってるんだと思うよ。だいたいそんなかんじ」
「………」
「翡翠の妖術にしろ、風華の術式にしろ、世界には、まだまだ不思議なことがたくさんあるってことだね。興味深いよ」
「…そうですね」
「わっせ、わっせ」
「大和は、ホンマに大丈夫なんですか?」
「心配しすぎだよ、レオナは。まあ、当分は安静にしておかないといけないけど、あんまり酷いものでもないみたいだし、風華に治癒の術式とかを当ててもらえば、割とすぐに治るんじゃないかな」
「そ、そうですか…。よかった…」
「まあ、さっさと治ってもらわないと、オレが二日に一回、朝早くからレオナの手伝いに駆り出されることになるしな」
「もう…。姉ちゃんは、そういうことしかゆえへんのか?」
「…あの、よければ、自分が手伝いますが」
「えっ、ホンマ?」
「…寺子屋の準備ですよね。…それなら、喜んでお手伝いさせていただきます」
「おおきに。ホンマ助かるわぁ」
「…いえ。…隊長とは違って、早起きは得意ですので」
「そうだな。まあ、これで、オレは朝早くに起きなくて済む」
「師匠、おはようございますっ!」
「朝早くに…なんやて?」
「そういえば、秋華がいたな…」
「……?あっ、大和さんです。どうしたのですか?」
「ちょっと、足の骨にヒビが入ったみたいなんだ。まあ、状態はいい方だし、心配ないよ」
「そ、そうですか…。お大事になさってください…」
「ああ…。心配を掛けてすまないな…」
「いえ。では、みなさん。早速ですが、私はこれで失礼いたします」
「うん。行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃい」
「はいっ。行ってきますっ!」
もう一度、大和の方を見てから、秋華はまた廊下を走っていった。
途中で転けて、こっちの担架が役に立つ…なんてことにはなってもらいたくないけど。
まあ、大丈夫だろう。
「へへへ。姉ちゃん、秋華のこと完璧に忘れてたやろ」
「…五月蝿い」
でも、秋華の朝の挨拶は一瞬だし、二度寝も出来るが、寺子屋の準備はそうもいかない。
必要なこととは分かっていても、やっぱり身体が動かない。
朝くらい、ゆっくり寝かせてほしいものだ…。