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「まだはっきりしたことは言えないけど、料理大会の手紙は、他の街や村も届いてないところが多いみたいね。ヤマトとか、ユールオより近い場所は、昨日とかに届いてたみたいだけど。他の郵便物には遅れは発生してないらしいわ」
「ふぅん…」
「あ、美味しいね、これ」
「それは灯が作ったらしい」
「そうなんだ」
「まあ、料理大会の手紙だけ遅れてるなんてのは、おかしな話だな」
「消印は一週間前に押されてるわけだから、それから配達されるまでの数日間…たぶん、三日か四日くらいの空白期間があるね」
「そうだな…。しかし、あんな短い間によく調べられたね」
「いちおう、仕事のうちだしね。調べるコツってのもあるのよ」
「ふぅん…」
郵便局員にでも聞くんだろうか。
いや、しかし、うちの城の状況も、城に来る前から知ってるような風だったし…。
そもそも、今日だって、なんでフィルィに百合っ気があるということを知ってたんだ?
本人だって、ひた隠しにしているはずなのに…。
まったく、情報屋というのは恐ろしいものだな…。
「でも、灯もあれだね。かなりヘコんでるんじゃない?」
「どうだろうな」
「部屋に引き籠っちゃってさ」
「あぁ…。それは、もう一度、料理の構想を練り直してくるってことらしい。まあ、こんなことにはなってるけど、料理大会は近いうちに開催されるだろうからな」
「ふぅん、そうなんだ。相変わらず熱心だね」
「そうだな」
「紅葉は、何か趣味とか見つけたの?」
「なんで趣味なんだ」
「だって、紅葉って無趣味でしょ」
「そりゃそうだけど…」
「何か趣味くらいあった方がいいよ」
「はぁ…」
趣味って言ったってな…。
何もせず、部屋の屋根縁からぼんやりと街を眺めているくらいが、一番平和で幸せなことじゃないかと思うんだけど…。
世間一般は、そうじゃないんだろうか。
まあ、幸せなことと趣味は違うかもしれないけど…。
「盆栽とかはどう?紅葉にピッタリじゃない?」
「どうピッタリなんだよ…。だいたい、盆栽なんてやったら、香具夜からまた枯れてるとか言われそうだから嫌だ」
「あはは、枯れてるは酷いなぁ。じゃあさ、裁縫とかは?紅葉、手先器用だったよね」
「それは桜の十八番だからな」
「そうかもしれないけど。共通の趣味を持ってる人がいるって、結構大切なことだよ」
「いや、別に趣味なんて要らないだろ…。りるとかと一緒に、ぼんやり過ごすくらいがちょうどいいんだよ」
「あっ、育児が趣味とかどうよ」
「育児は趣味じゃない。やるべき義務だ」
「固い考え方だなぁ。何事も楽しんでやらないと」
「趣味にしなくても充分楽しい。それでいいだろ。なんでも趣味にすればいいというわけじゃない。仕事も義務も、そのままで楽しいんだったら、無理に趣味にすることはない」
「もう…。ガチガチの干物みたいだね、本当に…」
「趣味は育児ですなんて言ってヘラヘラしてるより、オレは干物でも育児を楽しむ方を選ぶ」
「はいはい…。分かった分かった…」
「なんだ、それは」
「なんでもないですよー」
「………」
まったく、なんだって言うんだ。
思ったことを言っただけだろ。
干物で何が悪いんだ。
…まあ、開き直りと言うのかもしれないが、この場合は遙が悪くないか?
はぁ…。
無趣味無趣味と、それの何がいけないんだろうか。
子供たちと空を眺めることの何がいけないんだ。
なぜ、せっかくの休養の一時にも、あくせくと動き回っていないといけないんだろうか。
まるで鮪だな…。
ゆらゆらと波に身を任せるくらいが、私にはちょうどいいんだよ。
風呂から上がって部屋に戻ると、布団はきちんと敷いてあったが、ツカサや翡翠の姿はどこにも見えなかった。
…あいつら、二人揃って彼女との逢瀬を楽しむようになったんだな。
なんというか…まあ、どうでもいいか。
「…先程は、クアが失礼した」
「いや、別に何もなかったからいいよ」
「そう言ってもらえると助かる。こいつらにも、ちゃんと言って聞かせておいたから」
「そうか」
二人の代わりに屋根縁にいたセルタは、闇に紛れる狼の親子の方を見て。
母親はすぐに反応を返すが、父親の方はそっぽを向いたままだった。
「しかし、一瞥しただけで、こいつらを従えるほどのやつは見たことがない」
「いや、別に、狼に育てられたから、狼の扱いには慣れているというだけだからな」
「それだけではないと思うけどな。ヨウや子供たちはともかく、クアは人間に従属することを極端に嫌っているからな。そのクアが、紅葉を一瞬見ただけで負けを認めるほどなんだから、よっぽど恐ろしい人物なんだろうと身構えてしまったよ」
「あのな…」
「ふふふ」
父親のクアは、不機嫌そうな顔をしてセルタを睨み付ける。
母親のヨウは宥めるように、クアの顔を舐めてるけど。
「あ、そうそう。ツカサは望に、翡翠はテスカに用があるらしい。それだけ、伝言」
「まあ、分かってたけどな」
「でも、テスカが色恋に目覚めるとはな」
「松風も同じことを言ってたよ」
「そうか」
「テスカだって、まだそういう年頃だろ。何もおかしくない」
「紅葉も同い年なんだろ?」
「オレはいいんだよ…。結婚もしてるし…」
「そうなんだ。俺も早く結婚したいなぁ」
「各地を転々とする旅団ではな」
「そうだな。でも、いちおう、故郷に残してきた婚約者だっているんだ。もう何年も連絡してないから、どうなってるかは分からないけど」
「故郷ってどこなんだよ」
「カシュラの近くの小さな村だ」
「ふぅん…。すぐにでも会いに行けるじゃないか」
「今更行ったって仕方ないさ。村を出るときだって、ほとんど家出のようなものだったしな」
「それがどうしたんだ。お前は、その婚約者に会いたくないのか?」
「…少し喋りすぎたみたいだ」
「そうだな」
「…会いに行って、どうなるものでもないだろうし。他の男を好きになったなら、それでいいんだ。俺なんかより、ずっと幸せにしてくれるだろうしな」
「ずっと待ってるとしたら?」
「………」
「どう考えて、どう行動するかなんて、お前が決めるしかないんだけどな。まあ、こんな話はこれでお終いにしよう」
「…待ってないよ、あいつは」
「女は、そうと決めればいつまでも待ってる。逆に、待たないと決めたら、それっきりだけどな。とにかく、ここまで聞いておいてなんだが、オレには関係ないことだ。お前が決めろ」
「…不思議なやつだ、紅葉は」
「どうも。よく言われるよ」
「ふん…」
ヨウは、首を傾げながらセルタを見つめていた。
セルタはその視線を避けるように、夜の街を見ていて。
…まあ、近くにいるから、余計に会いにくいのかもしれない。
家出同然に出てきて、何年も帰ってないなら尚更な。
でも、初対面なのに、よく喋ったと思うよ。
なんか、最近、誰かの悩みを聞いてばかりの気もするけど。
それはそれでいいんじゃないかと思う。
とりあえず、まだ不機嫌なクアの横に座って、セルタと一緒に街を眺めることにした。