490
「やれやれだよ、まったく。旅団の護衛なんて、もうやりたくないね」
「お疲れさま、遙。はい、お茶」
「どうも。桐華の方は、何かあった?」
「別にないかなー。いつも通りってかんじだったよ」
「ふぅん。それで、ロセは?」
「さあ?まだ寝てるんじゃないかな」
「子供を放っておいて、いい気なもんね、まったく…」
「善哉はどうしてるんだ」
「んー?まあ、普段通りってところなのかしらね。ロセがいなくて困るってことはないみたい。子供たちも、母親がそういう性格だってこと知ってるし。実を言えば、ロセがいなくても回ってしまってるのかしらね」
「ふぅん…」
「でも、いい加減帰らせないとねぇ。まったく、大きな子供なんだから…」
遙はまたため息をついて。
仕事帰りだというのに、ご苦労なことだな。
…いやまあ、私も何か対処しないといけない立場だったんだけど。
ダメだな、こんなことでは…。
「で、そっちの子は何?新入り?」
「フィルィだ。旅団蒼空の」
「あぁ、その子がねぇ。なんか、事件に巻き込まれたんだって?」
「は、はい…」
「…なんで、そんな引け腰なのよ」
「す、すみません…。あ、あの、ぼく、その…遙さんにずっと憧れていましたっ!」
「ふぅん。どういう意味で?」
「えっ。あ、あの…」
「あはは、ごめんごめん。百合っ気があるって聞いてたから」
「は、はぁ…。すみません…」
さすが情報屋といったところだな。
なぜそんなことが知られているんだろうと、フィルィは顔を真っ赤にして俯いているけど。
…いや、私も、なんで知ってるのか気になるけど。
旅団月読の情報収集力は恐ろしいな…。
「うちにもそういうのは多いからさ、気にすることはないよ」
「は、はい…」
「それで、まあ、憧れてくれるのはうれしいけど、あんまりいい人間じゃないよ、私なんて」
「そ、そんなことないですっ。旅団に所属している女性の羨望の的ですよっ!」
「あはは、ありがとね。でもさ、タルニアとか、もっと大きな旅団を回してる優秀な女の人はいるでしょ。なんで私なの?」
「そ、それは…」
「大変だよ、お姉ちゃん!」
「なんだ、お前はいきなり…」
フィルィの言葉を遮り、部屋に飛び込んできたのは灯だった。
興奮した面持ちで、何かの紙をブンブンと振り回している。
「そんなに振り回したら破れるだろ…。どうせ、料理大会の告知とかだろ」
「えっ。なんで分かったの?」
「分かるだろ、普通…」
「灯は分かりやすいからねぇ」
「あ、遙お姉ちゃん。帰ってたんだ。お帰り」
「ただいま」
「次は、いつ出るの?」
「また仕事が入ったらかなぁ。あ、でも、まず先に、ロセを送り返さないといけないから、まあそのうちにだね」
「そっか」
「それより、料理大会の本選でしょ?いつなの?」
「…明日の日付が書いてあるな」
「明日?ルイカミナでしょ?間に合うの?」
「そうだよ!間に合わないから大変なんだよ!」
「なんで、こんな直前になって届くんだ?」
「知らないよ…。速達だし、消印だって一週間も前のだし…」
「灯の優勝を阻止しようと、誰かが工作してたとか」
「そんなこと…。あっ!他の二人はどうなってるんだろ!」
「様子を見にいってみたら?」
「そ、そうだね…。ちょっと行ってくる!」
灯は急いで立ち上がると、部屋を飛び出していった。
まあ、何かの事故なのかもしれないけど…。
これは、調査が必要なのか…?
「灯も大変だねぇ」
「そうだな」
「…調べようか?」
「いや、まあ、今はいいんじゃないかな」
「そう?でも、どうするの?間に合わないでしょ?」
「いや、間に合わせる方法はあるんだけどな」
「ふぅん。そうなんだ」
「どんな方法なんですか?」
「うちの妖怪たちを使えばいい。澪か大和だけど。この前も、ルイカミナまで日帰り旅行が出来たくらいだからな。澪なら、三人とも乗れるだろ」
「そうですねぇ。あれだけ大きかったら」
「まあ、間に合うならいいけどさ。でも、なんでなんだろうね。ルイカミナからの速達だったら、一日で届くはずだし。その計算なら、ルィムナ内なら明日開催でも大丈夫だけど」
「さあな。まあ、大会に出るようなやつが、そんな下らない細工をするとも思えないけど」
「どうだろうね。大会優勝なんて肩書きは、かなりのものになるよ」
「そうなの?利き茶大会でいつも優勝してるけど、ぼくは何か変わったなんてことはないよ」
「えぇ…。桐華さん、そんなすごい方だったんですか…」
「お茶に対する情熱だけは異常だからね、桐華は。それとね、利き茶大会で毎回優勝出来るほどの実力があるから、いろんなお茶の仕事が入ってくるんでしょ」
「えっ、そうなんだ」
「あんたねぇ…。暢気にも程があるってものよ…。タダで仕事が入るわけがないでしょ」
「そうなの?」
「はぁ…」
「これは、ある意味ですごい方です…」
「……?」
まあ、こういうやつだ、桐華は。
遙もよく分かってるだろうけど。
「さてと…。バカ桐華は置いといて…」
「なんだ、どこに行くんだ」
「情報収集よ。今回の事件について」
「まだいいだろ」
「私は気になるの。私が勝手に調べるんだから、それでいいでしょ?」
「それはそうだけど…」
「じゃあ、行ってくるね」
「はぁ…。まあ、何か分かったら、オレにも教えてくれ…」
「はいはい。分かってるわよ」
適当に返事をすると、遙は部屋を出ていって。
桐華とフィルィは、それをぼんやりと見送っていた。
…まだ事件と決まったわけじゃないんだけどな。
でも、これだけ遅れたのには、少なからず理由があるはずだ。
郵便屋を捕まえて聞けば早いのかもしれないけど。
どんな裏があるんだろうな…。