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夕飯と風呂も済み。
いつもの時間…と言いたいところだったけど、ツカサも翡翠もソワソワとしていて。
「…テスカ。僕と付き合ってくれないかな」
「ダメだよ、そんなの。軽すぎる」
「えぇ…。じゃあ、どんな風に言えばいいんだよ…」
「どんな風にって、そりゃ…」
「翡翠、ツカサ、何してるの?」
「…予行演習だよ。今日のうちに、テスカに告白しないといけないから」
「ふぅん」
「…というか、りるこそ何してるの?」
「よこーえんしゅー」
「違うでしょ、絶対…」
「旋風の練習だと思うけど。妖術の基礎を学ぶ上で、火球、水陣、旋風の三つは、打って付けだって言われてるし」
「火急、水神、旋風…?」
「火の球、水の陣、だからね。旋風は分かってるだろうけど」
「あぁ…」
「まあ、今は石しかないからなんとも言えないけど、たぶん、砂を巻き上げるくらいは出来てるんじゃないかな」
「ふぅん…」
「翡翠は、テスカのことが好きなの?」
「えっ?ま、まあ…」
「なんで、そんな虚を突かれたような反応なんだよ」
「いや、実際そうだし…」
「なんで好きなの?」
「なんでって…。それは説明しにくいけど…」
「りるはね、ごはんが好き」
「まあ、りるはね…」
「翡翠も好きー」
「えっ、な、なんで…?」
「なんで動揺してるんだよ…」
「だ、だってさ…」
「翡翠はおっきいから好き。澪もおっきいから好きー」
「あぁ…。もとの姿の話ね…。おっきいって、そんな理由で…」
「何も理由がない翡翠よりはマシじゃないの?」
「…じゃあ、ツカサは、なんで望のことが好きなんだよ」
「えっ?お、俺のことはいいだろ…」
「人に偉そうに言うくらいなんだから、さぞかし立派な理由をお持ちなんでしょうね」
「うっ…。望は…可愛いからだよ、可愛いから!全部可愛い!」
「何それ…。適当だなぁ…」
「まあ、お前ら。今は翡翠の告白の練習だろ。理由云々なんて、本番が終わってからゆっくり考えろ。時間がないんだろ」
「そうだよ!このままじゃ、翡翠が有名無実になっちゃうよ!」
「誤魔化して…」
「翡翠、おっきくなって!」
「えぇ…。いきなりだなぁ…」
「澪は、ケチんぼだから、おっきくなってくれなかった」
「ケチって、それは別に…」
「あ、そうだ。どっちの姿でやるんだ?」
「えっ。や、やるって、何を…」
「告白だよ」
「あぁ、告白…」
「なんだ、何を考えてたんだ?」
「なんでもない!」
「ふぅん…。まあ、それはいいとして、どっちの姿でやるかってのは重要だと思う」
「別に、この姿でいいんじゃないかな…」
「でも、言ってしまえば、偽りの姿だろ、それは」
「いや…。確かに術は使ってるけど、これは僕自身の姿には変わりないから…。僕が人間だったら、こんな姿をしてるだろうってことだよ」
「そうなのかな…」
「だいたい、もとの姿だと狭苦しいだろ…」
「広場とか、場所はいくらでもあるだろ」
「わざわざ呼び出すのもなぁ…」
「何の話をしてるんだ?」
「えっ?あ…」
部屋の入口に立っていたのはテスカだった。
まったく、空気を読まない登場というか…。
まあ、無駄な雑談に時間を掛けすぎたこいつらも悪いんだけど。
結局、何の準備も出来なかった翡翠とツカサは慌てふためいて。
「何やってるんだよ…!早くやれよ…!」
「いや、全然何も決まってないし…!」
「なんだ、ヒソヒソ話か?」
「まあ、作戦会議中だ。しばらく待っててやれ」
「……?」
「テスカ、見て見てー」
「ん?水晶か?なかなか質のいい水晶だな」
「大和に貰ったー」
「そうか。あいつにも、こういう贈り物をする心があるんだな」
「いや、かなり失礼だからな。あと、贈り物というわけじゃなくて、力を増幅する効果があるとかで、妖術の練習をするために用意してくれたやつだから」
「ふぅん。…そういえば、フィルィも似たようなのを使ってたな」
「そうなのか?」
「ああ。フィルィは銀だったかな、たしか」
「銀か…」
「水を扱うときには、銀が一番いいらしい。私は、詳しくは知らないんだけど」
「ふぅん…。風には水晶ってことなのかな」
「どうだろうな。とにかく、フィルィは筋がいいらしいから。草平のお墨付きだ」
「そうか」
「りるもね、上手だって大和に褒められた!」
「よかったな。じゃあ、しっかり練習して、フィルィにも負けないようにしないとな」
「うん!」
テスカは、やっぱり、フィルィやリカルの話になると、本当に嬉しそうな顔をする。
二人から逃げ回っているというのが嘘のように。
…まあ、こんなことを考えていたって仕方ないんだけど。
「それで、あいつらは、いつまで作戦会議をしてるんだ?というか、何の作戦会議なんだ?」
「まあ、そう慌てるな」
「慌ててるのはあいつらだろ…」
「早く言えよ…!」
「いやいや、ツカサが全然ダメだって言ってたやつだろ…!」
「この際どうでもいいから…!」
「どうでもいいからってなぁ…」
「早く言えって…!」
「うぅ…。テ、テスカ…」
「何なんだ、お前らは」
「ぼ、僕と付き合ってくれないかな!」
「ああ、いいぞ」
「えっ」
「えって何だよ」
「いや…。あまりにもあっさりだから…」
「あっさりじゃ気に入らないのか?」
「いや、そういうわけじゃなくて…」
「あっ!」
「わっ。ど、どうしたの、りる…」
「ちょっと浮いた!」
「そう…。よかったね…」
「翡翠、ご褒美におっきくなって!」
「えぇ…。それはいいけどさ…」
「りるを乗せて、空を飛んで!」
「ダメだよ、それは。夜は危ないし」
「なんで!」
「なんでって…」
「りる。また我儘を言うのか?」
「うぅーっ!」
「りるちゃんは、もうおねむなんですね」
「秋華」
気が付くと、いつの間にか、みんなが帰ってきていて。
フィルィの気配を察知したのか、テスカはまた屋根縁の方に逃げていたけど。
…秋華はこちらにやってきて、りるの頭をゆっくり撫でる。
「りるちゃん、翡翠さんに乗せてもらうのは、また今度にしましょう。今日は、もうおねんねの時間ですよ」
「まだ眠たくない…」
「今日は疲れちゃいましたね。一所懸命、妖術の練習をして。フィルィさんから聞きました」
「翡翠…。乗せて…」
「また明日な」
「今日がいい…」
「はいはい。ほら、こっちに来い」
「んー…」
翡翠に手を引かれ、屋根縁まで出て。
そこで翡翠がもとの姿に戻る頃には、りるはもう眠っていた。
「寝ちゃったね」
「ああ。預かろうか」
「いや、僕が連れていくよ」
「…そうか」
「空は飛ばないけど…よっと」
翡翠はまた人間の姿に戻って、りるを抱えて部屋に戻る。
それから、布団にそっと寝かせて。
「あれ?そういえば、テスカは?」
「気付いてなかったのかよ…。フィルィが帰ってきたから逃げていったぞ」
「えぇ…」
「師匠。今日も、テスカさんはダメダメでした」
「知ってる」
「私も、師匠が妖術の鍛練をしていると知っていれば、撫子とお供しましたのに…」
「お前は、妖術より算術の方がよっぽど必要だろ」
「うっ…。それはそうですけど…」
「レオナにしっかり教えてもらえ」
「はぁい…」
「ふふふ。まあ、頑張ってね」
「翡翠さんは、算数は得意ですか…?」
「僕は、お金の計算くらいしか出来ないけどね。ツカサは、なんかいろいろ知ってるみたい」
「はぁ、そうですか…。羨ましいです…」
「翡翠、なんか呼んだ?」
「いや、何も」
「そうか」
「はぁ…。早く、師匠のお供が出来るようになりたいです…」
「練習だよ、練習。何事も」
「そ、そうですよね…。では、これからは、素振りをするときには、回数を全部足していこうと思います!」
「お前、十回振る頃には五十五になってるんだからな。何回素振りをするのか知らないけど、かなり大変だと思うぞ」
「大変なことをしなければ、修行になりません!一回、三回、五回、八回、十二回…」
「いきなり間違えてるけどな」
「えっ!」
「まったく…。ひとつひとつ、しっかり集中してやれ。二つのことを同時にやろうとするな」
「はい…。分かりました…」
「まあ、僕も応援してるからさ」
「ありがとうございます…」
よくそんな変な修行法を思い付くものだ。
百回振る頃には五千五十になってるはずだけど、さっきの様子では合いそうにないな。
何でも修行にしてしまおうという姿勢は、確かにいいのかもしれないけど…。
とりあえず、右を見ながら左を見ようなんてことは、考えてほしくないな。