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さすがに、澪が一番術の扱いに長けていた。
ただ、りるもそれなりに扱えるようで、風を起こす術では、小さな旋風で木の葉を集めるくらいはしてみせていて。
「りるは上手いなぁ…。私がそれだけのことをするのに、どれだけ掛かったか…」
「りるには、たまたま素質があったというだけだ。お前の腕に追い付くには、それ相応の修行が必要だろうし、そもそも個人差があるのだから、自分と比べてどうなどというのはバカらしいとは思わないか?」
「そんなこと言っても…」
「少なくとも、今はお前の方が腕前はずっと上なのだから、りるのことを気にすることもあるまい。りるを気にして修行に集中出来ないようでは、すぐに追い抜かれるだろうがな」
「うっ…」
「優秀な後輩が現れたからといって惑わされているようでは、底の浅さを露呈させているようなものだぞ。自分のことに集中しろ。競争相手は、心を乱すものであってはならない」
「今日始めたばっかりなのに、もう競争相手認定なのか…」
「このままではそうなるだろうな」
「うぅ…」
「まあ、大和が言ってるのは、今は自分の腕を磨くことに集中しろということだろ。他人の腕がどうとかいうのは二の次だということだ」
「それは…そうかもしれないけど…」
「現状では、澪ちゃんが一番なんだから、気にすることはないと思うよ」
「そんなこと言われても…。旋風の術は、いちおう、一番練習した術なんだ…。その木の葉を集めるのだって、すごく練習したし…」
「相性があるんだよ。澪ちゃんは、たまたま苦手なだけで」
「………」
「ねぇ、大和!もっと教えて!」
「りる。まずは基礎からと言っただろう。木の葉を集めたり、砂を巻き上げたりするだけではまだ足りない。その石を浮かせるくらいにまでならないことには、次の段階に進めさせることは出来ないと、さっきも言ったはずだが」
「うぅ…。分かった…」
澪が落ち込んでいる横で、りるはなんとか石を浮かせようと必死になっていて。
この心持ちの差が、いつかの大逆転に繋がってしまうのかもしれない。
同じだけ一所懸命になれば、努力の量では追い抜かれることはないのに。
こういう技術というのは、どれだけ一所懸命に修行を積むか、というのが肝要だ。
武芸でも同じことだけど。
…大和はそういうことを言っているんじゃないだろうか。
才能は才能でしかない。
秀でた成績を残す者は、多少なりとも努力を積んでいるということだ。
何もせずとも優秀なままでいられるやつなんていない。
「とりあえず、修行に戻ろうよ。何事も練習だよ、練習」
「なんか、自信なくした…」
「そんなこと言わないでさ。せっかくなんだし、やろうよ」
「はぁ…」
「ため息ばっかりついてても、いいことはないよ。ね、りるちゃんとも一緒に頑張ろうよ」
「うん…」
「お前は、精神的に脆いんだな」
「うっ…。だから、りるに追い抜かれるのかな…」
「まだ追い付かれてすらいないだろ。悲観する前に、やるべきことをやれ」
「はい…」
まったく…。
手間の掛かるやつだ。
とりあえず、練習は再開したようだけど、あまり成績はよろしくはないようだ。
さっきは、石を浮かすことくらいは朝飯前に出来ていたはずなのに、今は木の葉を集める程度しか出来ていない。
…精神の力が弱ると、術の性能も悪くなるのか?
「その様子では、お前も次の段階に進むことは出来ないな」
「………」
「うわぁ、厳しい師匠ですね…」
「基礎がなっていない者を、次の段階に進めさせることは出来ない。当然だろう」
「それはそうですけど…」
「お前は、石を浮かせることは出来ているようだな。次の段階に進むか?」
「いえ。ぼくは、みんなが出来てからでいいです。それに、これは、草平さんから似たような課題を課せられたことがあるから、出来ているだけなので」
「それでも、お前は妖術を扱う素質があるということだろう。草平には、今は何の術を教わっているのだ?」
「激流とか瀑布とか、そういう水関係の妖術ですね。草平さんはもともと、川の守り神だったみたいですし」
「そうなのか。まあ、座敷わらしともなれば、川や山のひとつくらいは守っているだろうな」
「翡翠さんもそうでしたよね、たしか」
「ああ。降龍川だな」
「やっぱり、草平さんはすごい人なんですねぇ」
「そうかもしれないな」
「あ、紅葉さんも出来てるんじゃないですか?」
「ん?まあ、最初から出来ていたけど…。これは、澪の力を借りた上でだからな」
「砂と氷とか言ってたやつですか?」
「今使ってるのは、第三の目の力だな」
「ふぅん。そうなんですかぁ。…第三の目って?」
「澪は三つ目の龍なんだ。それで、目の力をひとつ借りているんだけど」
「目を借りている…」
「目の力だ。別に、目をもぎ取って付けているわけじゃないからな」
「わ、分かってますよ…」
「まあ、そういうわけだ。澪ほどではないけど、それなりの力は使えるということだ」
「そうですかぁ。便利ですね」
「そうなんだけどな」
澪の方を見ると、まだ木の葉をカサカサ言わせているだけだった。
それを見て、フィルィも苦笑いを浮かべるばかりで。
…りるは、ちゃんと一所懸命やってるのにな。
もう集中力が切れているのか、ほとんど進歩はしていないようだったけど。
これでは、本当に追い抜かれてしまうぞ。