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りるが、お腹が空いたと城に戻ったあとに、やっと大和が帰ってきて。
澪はかなりご立腹の様子だった。
「遅いぞ、大和。何してたんだ」
「すまないな。質のいい水晶を選っていたら、遅くなってしまった」
「おぉ、紅葉の言ってた通りだな」
「む?どういうことだ?」
「いや、こっちの話だ。それより、蓮にも水晶を分けてやってくれないか?」
「こいつも、何か妖術を使うのか?」
「ああ。変化の術式とかいうものらしい」
「ふむ。まあ、龍ならば術式か。それで、蓮だけでよいのか?」
「伊織は、今は腹の中にあるわけだし、それをやればいいだろ」
「それもそうだな。では、ここに伊織と蓮のために取ってきておいた水晶がある。お前たちも欲しいと言うと思っていたからな。これを持っていきなさい」
「ォオン!」
大和が、横に置いてあった小さな袋を差し出すと、蓮はすぐに咥えてどこかへ飛んでいって。
…お礼も言ってなかったけど。
まあ、それだけ嬉しかったということだろうか。
「まったく、落ち着きのないやつだ」
「それより大和!早くやろう!」
「あぁ、そうだな。…紅葉。早速なんだが、これから、お前に掛けてある三つの術を解いて、もう一度掛け直すということをする。万一、澪が失敗したとしても、私がいるから心配はしなくていいが、多少は苦痛を受けるかもしれない。それだけは覚悟しておいてくれ」
「分かった」
「このときのために、いつも練習してたんだ。絶対失敗しない!」
「自信を持つのはいいことだが、自分を過信せず、常に謙虚な気持ちを持って事に当たれ」
「いつも聞いてるし、ちゃんと覚えてる。分かってるよ」
「…そうか。では、始めなさい」
「うん。紅葉は、そこで座ってるだけでいいから」
「ああ」
澪は、大和から水晶を受け取ると、私と自分の間にそれを置いて、静かに目を閉じる。
私自身には、何が起こっているのかは分からなかったけど、ある一瞬、身体が軽くなったようなかんじがした。
…それから、澪はゆっくりと目を開けて、私の方を見てため息をつく。
「ふぅ…」
「終わったのか?」
「うん…。とりあえずは…」
「どうだ、何か変わったかんじはしたか?」
「少し、身体が軽くなったような気がするな」
「前は滅茶苦茶に術を詰め込んでいただけだったからな。きちんと、澪自身の手で整理をしたことで、負担が軽くなって、そういう風に感じたのだろう」
「ふぅん…。それで、こいつはかなり疲れてるみたいだけど」
「………」
「汚い部屋を、ちゃんと掃除するのと同じだからな」
「でも、成功した…」
「そうだな。まあ、使い勝手もよくなっているはずだ。何か試してみてはどうだ?」
「試すも何も、今までも全く使ってなかった能力は比較出来ないんだけど…」
「えぇ…。紅葉、使ってくれてなかったのか…」
「第三の目くらいだな。砂のやつとか氷のやつとか、いまいち使いどころが分からないし…」
「それは…何かあるよ、きっと…」
「まあ、普通の生活をしている上では必要ないだろうな」
「うぅ…」
「第三の目は、オレは夜は目が見えないから、役立ててもらったけどな」
「ホントか?役に立ったか?」
「ああ」
「そうか…。よかった…」
「これからは、より実践的な術を使えるように修行する。いつになるかは分からないが、澪がお前を守るときも来るかもしれないな」
「そんなときが来ないのが、一番いいんだけど」
「うむ」
でも、今は戦国の世。
この幸せも、もしかすると、明日失うかもしれない。
…いや、私がそんなことはさせないけど。
この手の届く場所は、いつまでも守っていたい。
この手の届く幸せは、絶対に失わせない。
「その決意を実行するために、お前の横に私たちがいられるようにする」
「私は、いつになるか分からないけど…。絶対に追い付くから…!」
「二人とも、ありがとな」
「当然のことを言ったまでだ。主の傍にいるのが、従者の役目であろう?」
「ああ、そうだな」
頷きはしたけど、主従の繋がりとか、そういうのは関係なく。
それ以前に、家族だから。
みんな。
家族の幸せを守るために、私は当然の決意をしているんだ。
「でも、緊張したらお腹空いたなぁ…」
「…お前、空気が全部台無しだな」
「えっ?」
「はぁ…。もういいよ…」
「……?」
「まあ、じゃあ、昼ごはんだな」
「うん!りるは、もう食べ終わったのかな」
「たぶんな」
「そっか。遅くなっちゃったね」
「すまないな。どうも、拘ってしまう性格のようなのでな」
「あ、別に大和に言ったわけじゃなかったんだけど…」
「分かっている。ちょっと僻みっぼかったか」
「そうだね…」
「なんでもいい。今は昼ごはんだ」
「そうだね」
それから、澪と連れ立って、厨房へと向かった。
大和は城へは入れないから、外周から先回りをして。
…今日の昼ごはんは何だろうな。
なんでもいいんだけど。
りるはどうしたんだろうか。
お腹いっぱいで昼寝でもしてるのか?
まあ、すぐに分かることだな。