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「えぇ?伊織?この子が?」
「ああ。変化の術式とかいうのを使ったらしい」
「ふぅん。変化の術式ねぇ」
「あぅ、うぅ」
「ふふふ。可愛いね」
「可愛いって言っても、いちおう伊織だからな」
「分かってるよ」
まだ上手く立てなくて、ペタリと座り込む伊織を抱き締める風華。
澪と同じように、翼のある者用の上と、尻尾のある者用の下を合わせて、急拵えの龍人用の服を着せておいた。
ただ、変化の力がまだ弱いのか、手や足はすぐに龍のものに戻ってしまっていて。
半龍半人だな、これでは。
「それで、姉ちゃんは澪の手伝いがあるんでしょ?」
「まあな」
「伊織は私が見ておいてあげるから、そっちに行ってきなよ。待ってるんじゃないの?」
「大和が、まだ水晶を取りにいって帰ってきてなくてな。澪はりると遊んでるし」
「水晶?修行に必要なの?」
「なんか知らんが、力を増幅する作用があるんだと」
「へぇ。でも、大和がちゃんと準備してないなんて意外」
「いや…。準備はしていたんだけど、少し目を離した隙に、こいつが飴だと思って食べてしまったらしい。すぐに分かるし、出そうと思ったら、余所見してた蓮が後ろからぶつかって、弾みで飲み込んでしまったとかなんとか」
「えぇ…。またそんな卑しいことして…。拾い食いはしちゃダメだって、いつも言ってるでしょ?それで、なんですぐに吐き出さなかったの?」
「どこかにつっかえてるのか、出てこなかったらしい」
「もう…。どうするの?下剤でも飲ませる?」
「あうぅ…」
「いや、別にいいんじゃないか?大和も取りにいってるんだし。それに、下剤を使っても、すぐに出てくるわけじゃないだろ」
「それはそうだけど…。ホントに、だから、いつも言ってるんだよ。分かってるの?」
「あぅ…」
「はぁ…。まあ、過ぎたことは、どうしようもないけど…」
「いちおう、反省はしてるみたいだし、もういいんじゃないか」
「あ、それと、なんで飴だと思って拾い食いしてるのよ。飴も貰っちゃダメって言ってるでしょ。すぐに血糖値が上がって、具合が悪くなるのに」
「うぅ…」
「血糖値が上がりやすいのか?」
「龍全体なのか、伊織だけなのかは知らないけど、血中の糖分を分解する内分泌物質の分泌量がかなり低いみたいなんだ。だから、必要以上に摂取してしまうと、具合が悪くなったりするんだよ。全く分泌されないってわけじゃないみたいだから、時間が経てば回復するけど…」
「まあ、医学的なことはオレには分からないけど」
「ごはんの糖分管理だって大変なのに…。いつもダメだって言ってるのに、子供たちに貰ったりして、全然懲りないんだから…」
「飴は甘くて美味いからな。食べたくなるのは分からないでもないけど」
「蓮は、ちゃんと言い付けを守って、飴とかお菓子類は食べないんだよ。お姉ちゃんとして恥ずかしくないの?」
「おぉ…」
「ホントに…」
風華はため息をつきながら、怒られて哀しそうな顔をする伊織の頬を引っ張って。
…風華も大和も、伊織のことを思って耳の痛いことを言ってるんだ。
伊織も、それは分かってると思うけど。
「…でも、言葉が話せないって、ちょっと不便だね。いつもだったら、言葉自体は分からないけど、不便することはないのに」
「そうだな」
「まあ、言葉が分からなくても、なんとなく分かるけどね」
「あうぅ」
「でも、人間の姿になるんだったら、きちんと人間の言葉も喋れるようにならないとね」
「うぅ?」
「日常会話をするくらいだったら、どれくらい掛かるかな」
「さあな。だけど、こいつは人間の言葉自体は理解出来てるんだから、あとは発音の仕方だけの問題じゃないか?」
「んー、そうかもしれないね。発音だけなんだったら、割とすぐにどうにかなりそう」
「発音を教えるのも、結構難儀すると思うけどな。まあ、何事も練習が肝心だ」
「そうだね。じゃあ、もう始めてみる?」
「んー?」
「…今のままでも可愛いから、これでいいんじゃないかな」
「そう思うなら、それでいいんじゃないか」
「えぇ。やっぱり、この姿の伊織とも話したいし」
「なんだ、どっちなんだよ…」
「これって、いつまで変化出来てるの?」
「こいつが維持出来る間らしい。それがいつまでかは分からないが、変化してすぐに、手足はもとに戻ってたな」
「ふぅん」
「戻ったとしても、またそのうち使えるようになるんじゃないのか?オレは、術式とかそういうのはよく分からないけど」
「まあ、基本的に体力と同じだね。力を使っても、休憩すれば回復するよ。持続型の術式は使ったことないから、詳しいことは分からないけど」
「そうか」
「ああぅ」
「ん?どうしたの?」
「うぁ」
「なるほど、よく分からないや」
「うぅ…」
「まあ、なんにせよ、言葉を話せないうちは、あんまり誰にも会わせるなよ」
「うん、分かってる」
「伊織も気を付けろよ」
「あぅ」
「あ、姉ちゃん、もうそろそろ帰ってきてるんじゃない?」
「そうかもしれないな」
「じゃあ、伊織は任せといて。今日は寺子屋だし、怪我する子もあんまりいないと思うし」
「そうか」
「ゆっくり発音の練習でもしとこっか」
「うぅ」
「うん、って言ってみなよ」
「うぅ、ん」
「あぁ、惜しい。もうちょっと」
「うぅー」
「んー、ちょっと離れたかな」
「じゃあ、行ってくる」
「うん。行ってらっしゃい」
「ああぅ」
二人に見送られて、医療室をあとにする。
後ろから、また話す練習をする声が聞こえてきて。
早く話せるようになるといいな。
…さて、大和は帰ってるんだろうか。
今まででも、かなり時間は経ってるけど。
何かあったんだろうか。
まあ、どうせ、質のいい水晶を選別してるとか、そんなところだな。