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「今日は何してたんだ、お前」
「何って、裏の山で大和に妖術の扱い方を習ってたんだけど。早く、紅葉を守れるような、一人前の龍にならないといけないだろ」
「いや、そんなに気負うことはないぞ…」
「何言ってるんだ!紅葉が、もし、危険な目に遭ったら…」
「分かった分かった…。もういいよ、それは…」
「全然分かってない!」
「はぁ…」
やっぱり、この話題は避けるべきだったな…。
背中を流す手に力が入って、かなり痛い。
まあ、それだけ澪が一所懸命になってくれるのは嬉しいけど、なんていうか、こいつは一所懸命すぎるんだな。
…身を尽くし。
まさに、こいつにはピッタリの名前だと思う…。
「ジャブジャブ~」
「リカルちゃん、お風呂で泳いじゃダメですよ」
「なんで?」
「誰かとぶつかったり、蹴ったりしたら危ないからです。賢いリカルちゃんなら、言わなくても分かると思ったんですが」
「はぁい…」
「みずでっぽー」
「わふっ…。こ、こら、葛葉ちゃん!」
「あたった~」
「うぅ…。耳に入ってしまいました…」
「葛葉。耳に水が入ったら、危ないことだってあるんだからね。水鉄砲は、誰もいないところを狙って撃つんだよ」
「でも、そんなんじゃつまんない」
「秋華の耳が聞こえなくなったら、どうするの?それに、光が水鉄砲を当てるための的を作ってくれたでしょ?すぐそこにあるのに、なんで秋華に当てるの?」
「うぅ…。ごめんなさい…」
「分かってくれればいいんですよ、葛葉ちゃん。それと、ありがとうございます、望」
「大丈夫?」
「はい。ちゃんと抜けたみたいです」
「そっか。よかった」
「うりゃっ」
「わぷっ…。ひ、響っ!うぅ…。目が…」
「あはは、わぷっだって!」
「響。さっき、葛葉に言ってたこと、聞いてなかったの?」
「えぇー?何か言ってたー?」
「聞こえてなかったんだったら、もう一回言うけど、葛葉より近くにいるのに、聞こえてないわけないよね?」
「全然聞こえなーい」
「響。望お姉ちゃんを、困らせちゃ、ダメだよ」
「困らせてないもん」
「そんなことばっかり言ってたら、お母さんに、怒られるよ」
「光だって、水鉄砲で遊んでたじゃん」
「わたしは、ちゃんと、的を別に作って、遊んでたよ」
「ふーんだ。わたしの的は、秋華なの」
「だから、それが、ダメなんでしょ」
「いつまでも駄々捏ねて、ちっちゃい子供みたいなの」
「うっ…。リュウ…」
「格好悪いの、響。葛葉より聞き分けが悪いなんて。…あ、分かったの。響は、脳みその代わりに、頭の中におがくずが詰まってるんだ」
「おがくずって…」
「光、望お姉ちゃん。響の相手なんてしてたら、響のおがくずが飛んでくるの」
「そうだね」「うん」
「さ、三人とも…」
「つーん」
「つーんって…」
どうやら、私の出る幕はないらしいな。
リュウが上手く制裁を加えてくれたようだ。
…そうやって、正面の鏡に映る湯船の様子を見ていると、澪が同じように覗き込んできて。
「なんだか、みんなの力関係が分かるみたいだな」
「そうかもしれないな」
「秋華が一番弱っちくて、望とリュウが一番強い。いや、一番強いのは紅葉かな」
「ふん。でも、秋華が一番弱いわけじゃない」
「えっ?なんで?」
「それが分からないうちは、お前もまだまだ甘いということだ」
「えぇ…」
「あと、もう背中はいいから、オレたちも湯船に浸かろう」
「あ、うん、そうだな」
石鹸を流してもらってから、湯船へと向かう。
響は、もうシュンとなって大人しいものだったが、光とリュウから、敢えてトドメを刺してくれと依頼されて。
まあ、もう軽い注意だけでいいだろう。
…それから、みんなが逆上せないうちに、早めに上がった。
いつもなら、ツカサや翡翠と静かに話す時間なんだけど、今日はチビたちと一緒に帰ってきたお陰で、ワイワイと賑やかなものだった。
風華がまだ戻ってきてないからと、枕投げを始めるやつもいるし。
「今日は、姉さんがお風呂当番だったんだ」
「当番というわけじゃないけど、秋華とリカルと風呂場に行ったら、あいつらがついてきて」
「ふぅん。楽しかった?」
「まあまあだな」
「そっか」
「まあ、望とリュウがいたら、なんとでもなるよね。慣れてるし」
「そうだな。ところで、翡翠」
「何?」
「テスカはどこに行ったんだ?」
「知らないけど」
「そうか」
「まあ、あれじゃない?リカルがいるから、この部屋は避けてるんでしょ」
「それはそうだろうけど」
「それより、翡翠。ちゃんとテスカさんに告白したのか?」
「ちょっ…ツカサ!」
「なんでだよ。姉さんは知ってるんだろ?」
「それはそうだけど…」
「なんだ、ツカサにも相談してたのか」
「今日聞いたばっかりだけどね」
「だから、今日相談して、すぐに告白出来るわけないだろ…」
「こういうのは、思い立ったが吉日なんだよ。早くやっちゃわないと、どんどん消極的になっていくだけだよ」
「あ、明日やるよ、明日…」
「明日以降は全部仏滅だよ」
「そんなご無体な…」
「彼女を絶対に見つけてやる!とか言ってたのは何だったんだよ。なんで、今になって、そんな消極的なんだ?」
「そ、それは…」
「……?」
「まあ、翡翠には翡翠なりの事情や考えがあるんだろうよ」
「でもさぁ…」
「ツカサにはツカサのやり方があるように、翡翠にも翡翠のやり方があるんだ。明日やると言うなら、お前はそれ以上の口出しは出来ないはずだろ」
「うっ…。そうだけど…」
「翡翠は、肝心なときに消極的になるのは確かだろうが、だからと言って、無理矢理に翡翠のやり方を曲げさせることも出来ない。翡翠が明日と言えば、明日なんだ」
「…それって、僕にも圧力を掛けてるよね」
「なんでだ。お前が、明日告白すると言ったんだろ。本当にその気なら、何の圧力にもならないはずだ。それとも、その場しのぎで、そんなことを言ったのか?」
「うっ…。分かったよ…。やればいいんでしょ…」
「なんだ、その言い方は」
「………」
「策士だね、姉さん」
「何の話だ」
まあ、私の方が無理矢理かもしれないけど、前に聞いた話から考えても、放っておけば、このままこの好機を逃してしまうだろうからな。
翡翠の場合、考えるのは事を済ませてからでもいいんじゃないかと思う。
「頑張れよ、翡翠」
「他人事だと思って…」
「そんなことないよ。俺も応援してるからさ」
「はぁ…」
上手くいくといいけどな。
テスカには、心の支えとなる者が必要だ。
それは、松風ではなく。
…そのために告白しろと言ってるわけじゃないけど。
でも、リカルやフィルィのように、テスカ自身が理想を必要としている関係でもなく。
テスカと同じ位置で、テスカを支えてくれる存在を。
翡翠は必ず、その存在になれると、私は信じている。