48
「あ、あれは何なんですか?」
「龍だろ」
「いや、それは見たら分かりますけどね…」
良い匂いがするからか、セトは興味津々といった風に厨房を覗き込んでいた。
「ゥルル…」
「襲ったりしませんよね…?」
「さあな」
「えぇ…」
「それより、早く朝ごはん、作ってくれないか」
「わ、分かってますけどぉ…」
セトの方をチラチラ見て、料理に集中出来ないみたいだった。
「おい、セト。こいつがビビってるから、ちょっと向こうに行っててくれないか?」
「ウゥ…」
「よしよし、良い子だ」
「はふぅ…」
「さあ、早く作ってくれ」
「はい…」
厨房に来る前、試しにいつもの方法で話し掛けると、意外とあっさり応えてくれた。
そして、ずっと向こうの山から来たということ、なぜここに留まったのかは分からないということを教えてくれた。
「はい、どうぞ」
「いただきます」
「うわっ!」
「なんだ…騒がしいな…」
「だ、だってぇ…」
またセトが覗き込んでいた。
次は、私の食べているものに興味があるようだった。
「そらっ」
比較的大きな魚の切り身を寄越す。
それを器用に口で受け止め、その巨体に対してあまりにも小さなものをムグムグと味わう。
「オォン!」
「そうか。美味いか」
「え、えぇ…ホントにそんなこと言ってるんですかぁ?」
「ああ」
バサバサと翼をはためかせて興奮してる様子を見れば、分かりそうなものだけど。
「グルル…」
「ダメだ。オレの分がなくなるだろ」
「………」
「他のやつに貰え」
「ウゥ…」
貰えないと分かると、翼を折り畳んで、どこかへ行ってしまった。
まあ、そのうちみんなが慣れてくれば、いろいろ貰えるだろう。
とにかく今は、私の分がなくなるのだけは避けないと…。
洗濯場に行くと、すでに何人か洗濯を始めていた。
「あ、隊長。おはようございます」
「おはよう」
「あの銀龍は何なんですか?」
「セトだ」
「セト?名前ですか?」
「ああ」
「いつの間に広場に住み着いたんですか?」
「昨日」
「へぇ…」
何か腑に落ちないというような顔をして、また洗濯に戻る。
まあそうだろうな。
知らない間にあんな龍が住み着いていて、私は平然としている。
疑問は解決するどころか、さらなる疑問を呼んで。
私はもう考えることを放棄しただけなんだけど。
「わぁっ!?」
「なんだ」
「い、いや…いつの間にか龍が来てたので…」
「龍じゃなくてセトだ」
「ゥルル…」
「はぁ…びっくりさせないでくださいよ…。しかし、そんなに大きいのに、よく足音も立てずに歩けますね…」
「……?」
「まあ、あれだ。大きさは関係ないってことだな」
それに、足音はしなくても気配はだだ漏れなんだから。
戦闘班なら説教してやるところだが、あいにく医務班だ。
今回は見逃してやろう。
「それより隊長。手伝ってくださいよ~」
「あぁ、そうだった」
そろそろみんな集まってくる頃だな。
さあ、洗濯の時間だ。
各村の代表とその子供を交えた初めての洗濯だったわけだが、さすがと言うべきか、誰も賑やかなこの時間に動じていなかった。
たぶん、慣れているんだろう。
「こぉら!何しとんねん!ちょっとは手伝い!」
「イヤやもーん」
「手伝わな、あとでどつきまわすで!」
「へーんだ」
…うん。
慣れてるというか、逞しい、だな。
「葛葉!待ちなさい!」
「いや~」
「葛葉!」
向こうに比べると、こっちは迫力に欠けるな。
やはり、方言の力なんだろうか。
それとも…威厳?
「はぁ…なんで手伝わないのかな…」
「子供は遊ぶのが仕事やし、しゃーないっちゃあしゃーないんやけどね」
「うーん…」
「ほっといても大人になるんやから。風華ちゃんも怒れるうちに怒っとかなあかんな!」
おばちゃんは、大笑いしながら風華の背中を叩く。
風華は、痛いような、哀しいような、そんな顔をしていて。
そして、セトはそれを不思議そうに眺めていた。
「さ、口より手ぇ動かさんと!」
「おばちゃんの口が、一番よく動いてるみたいだけど?」
「まあ、確かにそうかもしれんな!」
また大笑い。
本当に賑やかな人だな。
「お姉ちゃんっ」
「あ、望。どうしたの?」
「えへへ。手伝いに来たの!」
「え?」
ニコニコ笑って、洗濯桶の前に座る。
風華は、突然のことに全く頭が追いついていないようだった。
…子供の成長は早い。
たぶん、衛士になったことが望の意識を変えたんだと思うけど、子供はみんな、大人が知らない間に大きくなっているものだ。
「桜!今日という今日は許さないからね!」
「大成功~」
…まあ、童心を忘れないのも大切なことだ。