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「で、出来たぁ…。たった五回だけど…」
「それでもすごいですよ、フィルィさん。もう少しやってみましょう」
「は、はい!」
秋華に乗せられて、結局ここまで出来るようになってしまったな。
横で、リカルは三個のお手玉に挑戦してるけど。
…当初の片手お手玉は、少し練習させると、いとも簡単に出来てしまった。
「リカルちゃんは、本当にお手玉が上手いんだね」
「フィルィが下手っぴなだけなんじゃないの?」
「うっ…」
「それより、えじちょーさん!なかなか上手くいかない!」
「三個に増えても、やることは同じだ。ただ、動作を速くしないと、渋滞が起こって失敗するというだけだ」
「うーん…」
「上手く出来ないうちは、高く投げるといい。その間に、どうやって手を動かせばいいかを、なんとなくでもいいから掴んでおくんだ」
「なんとなく?」
「なんとなく」
「やってみる」
そう言いながら、手に持ってるひとつを思い切り高く放り投げて。
それが落ちてくるのを見てて、手が全く動いてないけど。
…結局、お手玉が直撃して、頭を押さえるまで動かなかった。
「高く投げすぎだ。見てなくても、落ちてくる場所が分かるくらいの高さにしておけ」
「うぅ…。痛い…」
「中は小豆なんだ。そりゃ、当たれば痛いだろ。次は、頭に落ちてこないように投げろよ」
「うん…」
「さあ、フィルィさんも頑張りましょう」
「そうだね」
「えへへ。でも、なんだか私、師匠みたいですか?」
「えっ?まあ、私のお手玉の師匠かなぁ」
「そうですか?私が師匠なんて…。えへへ…」
「秋華。お手玉の師匠もいいが、あまり調子に乗らないようにな」
「うっ…。す、すみません、師匠…」
「だ、大丈夫だよ、秋華ちゃん。私にとっては、確かに師匠なんだから」
「ありがとうございます、フィルィさん…。でも、確かに、謙虚さを欠いていては、本当の師匠にはなれっこありません…。もっと精進することにします…」
「秋華ちゃん…」
「………」
「えじちょーさん!上手くいかない!」
「はいはい…」
秋華は、しっかり考えられる子だから。
私にだって、師匠がどうあるべきかなんてのは分からない。
だけど、秋華なら、いつか分かるんじゃないかって、そう思う。
…考えられるというのは、それだけ特別なことだと思うから。
これは欲目なのかもしれないが、秋華はその特別な人間なんだと。
私は信じている。
「秋華ちゃん、元気出して…。お手玉、教えてよ…」
「フィルィさん…。ちょっと、顔を洗ってきますね…」
「い、いいけど…」
「師匠、失礼します…」
「…ああ」
そして、そのまま、秋華は部屋を出ていって。
フィルィは、どうすればいいのか分からずに、あたふたしてるけど。
「い、紅葉さん…」
「大丈夫だ、秋華は。心配しなくても」
「で、でも…」
「好きな女の子だから気になるか?」
「ち、違います!そういうんじゃないですよ!」
「フィルィ、秋華が好きなの?」
「す、好きとか嫌いじゃなくて…」
「リカルもね、お姉ちゃんのこと、大好きだよ!」
「あ、そ、そういうことか…」
「えへへ~」
「そういうことなら、私もテスカ師匠のことが大好きだよ」
「お姉ちゃん、次はいつ帰ってくるかな!ずっと待ってるんだ!」
「そ、それは…」
「フィルィは、お姉ちゃんの弟子なんでしょ?お姉ちゃんが今どこにいるかって分かるの?」
「え、えっと…。私には分からないかな…」
「そっか。分かったら、また教えてね」
「はい…」
「えへへ」
フィルィには、リカルの無邪気な笑顔は辛いものがあるようだった。
嘘をつくというのは、思いの外、気力や精神力を必要とするからな。
…これを、屋根縁の向こう側で聞いてるであろうテスカは、どう思ってるんだろうな。
未だに踏ん切りがつかないんだろうか。
「リカルちゃん…。ごめんね…」
「なんで、謝るの?あっ、リカルの昨日のおやつ食べたの、フィルィなの?」
「それは私じゃないけど…。でも、ごめんね…」
「そっか。違うんだったらいいけど。どら焼きがね、一個なくなってたの。なんでかな」
「犬か猫にでも持っていかれたんじゃないの?」
「犬さんか猫さんかぁ。じゃあ、仕方ないね」
「本当はどうかっていうのは分からないけど…。でも、リカルちゃんがどら焼きを食べて幸せになれるように、他の誰かがどら焼きを食べて幸せになれんだったら、それはそれで嬉しいことじゃないかな」
「そうかな」
「たぶんね」
「フィルィが言うなら、そうなのかな」
「…リカルちゃんは、そのとき、どう思った?」
「うーん…。どら焼きが一個なくなってたから、ちょっと哀しかったかな…」
「そっか。でも、今はどうかな」
「今?今は…あんまり哀しくない。フィルィが、教えてくれたから」
「ふふふ。よかった」
「えへへ」
二人は、お互いに笑っていた。
…まあ、考え方にはいろいろな角度があるということだな。
一面的な考えでなく、多面的に捉えることで、世界も広がる。
そういうことだろう。
時には、他の人の力も借りて。
「じゃあ、お手玉の練習に戻ろっか」
「うん!」
リカルもフィルィも、そういう意味では、テスカを成長させる可能性を秘めている。
いや、誰もが、お互いにそうなれるんだ。
…人は独りでは生きていけない。
つまりは、そういうことなんじゃないだろうか。