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「あっ、また落としてしまいました…。お、お手玉って難しいです…」
「お前は力が入りすぎなんだ。あと、手元を見るんじゃなくて、お手玉が飛んでくる頂点を見るんだ。同じ場所に頂点が来るように投げれば、手元を見なくても掴むことが出来る」
「や、やっぱり、私は、ほつれを直す方が性に合ってるんだと思います…」
「フィルィさん。そんなことを言ってるようでは、いつまで経っても出来ないままですよ」
「うっ…。で、でもぉ…」
「もう一度、やってみましょう」
「わ、私もお腹が空いたんだけど…」
「今、もう少しのところまで出来たんですから、このまま続けて、コツを掴みましょう」
「うぅ…。紅葉さぁん…」
「まったく…。根性なしだな…」
こんなことで、傭兵なんてやっていけるのだろうか。
まあ、テスカの弟子だから、傭兵とは微妙に違うのかもしれないけど。
…秋華に激励されて、もう一度お手玉を握らされている。
「今やらないと、いつやるんですかっ。ほら、もう一回やったら、きっと出来ますからっ」
「そ、そんなこと言っても…」
「もう一回やって、成功して、自信をつけてから、お昼にしましょう」
「失敗して、自信がつかなかったら…?」
「やる前から、失敗したときのことなんて考えちゃダメです。後ろに逃げ道を作る人は、成功しないんですよっ」
「うぅ…。秋華ちゃん、テスカ師匠より厳しいよぉ…」
歳下のはずの秋華に怒られて、半泣きになっている。
なんか、情けないな…。
「フィルィ、お手玉下手っぴだね」
「うっ…。リカルちゃんにも下手っぴだと言われてしまった…」
「いや、リカルは上手いんだから、別におかしくはないだろ」
「そうですよ。リカルちゃんを見習ってください」
「はい…」
「じゃあ、もう一度です」
「やらないとダメなの…?」
「ダメですっ」
「は、はい…」
「フィルィ、秋華に怒られてる」
「うぅ…。早くお昼ごはんが食べたい…」
「じゃあ、早くやっちゃいましょう」
「おにぎりが遠いよ…」
そう言いながら、フィルィは渋々お手玉を始めて。
でも、なかなか上手くいかない。
…まあ、空腹で集中力が切れてるのもあるんだろうけど。
仕方ない、助け船を出してやるか…。
「秋華。今はもうその辺にしておけ。おにぎりが埃を被ってしまう」
「い、紅葉さん…」
「しかし、師匠。せっかく成功しかけているのに、ここでやめてはもったいないです」
「腹が減っては戦は出来ぬ、だ。フィルィも、集中力が切れている頃だろ」
「フィルィさん、そうなのですか?」
「は、はい…」
「そうでしたか…」
「コツを掴みかけているときに、続けてやってコツを掴んでしまうのもひとつの手だけど、空腹などで効率的な学習が望めないときは、一呼吸置くことも大切だ。分かるか?」
「はい…。すみません…」
「謝ることは何もない。お前は、早くフィルィにお手玉を出来るようになってほしかっただけだし、条件を間違わなければ、確かに有効な手段のひとつではあるからな。ただ、何事も、その時々の状況をきちんと把握して、適切に対処していく必要があるということを、ちゃんと覚えておくことだな」
「はい…。分かりました…」
「あの、お昼を食べてもいいかな…?」
「はい…。すみませんでした…」
「い、いいよ、謝らなくても…。いつまでも出来ない私が悪いんだし…」
「いえ…。フィルィさんに、無理矢理練習させようとしていたのは私ですから…」
「秋華ちゃん…」
「二人とも、そんな湿っぽい顔をするな。昼ごはんを食べて、また練習すればいいだろ」
「そ、そうですね。そうだよ、秋華ちゃん。ね、お昼ごはん食べよ?」
「はい…」
それでも、秋華はまだ暗い顔をしていて。
フィルィは、なんとかして励まそうとするけど、上手くいかないようだった。
…それからしばらく、気不味い雰囲気で昼ごはんを食べることに。
「あっ!クモだ!」
「えっ!く、蜘蛛…?」
「ほら、あそこにいる!」
「ど、どこ…?見えないけど…」
「あ。隙間に入っちゃった」
「そ、そっか…。よかった…」
「なんだ、フィルィ。お前は蜘蛛は苦手か?」
「そ、そりゃ苦手ですよ…。好きな人なんているんですか…?」
「オレは結構好きだぞ。益虫だし」
「紅葉さんは特別なんです…。八本も脚があって、それがワサワサ動いてるのを想像するだけで、気持ち悪くなってしまいます…」
「蜘蛛はあまりワサワサ動くことはないけどな。餌を見つけたら別だろうけど」
「巣を張って待ち構えているだけでも、充分イヤですよ…」
「フィルィに、今度、げんすいを見せてあげるね!」
「げ、元帥?誰なの、それって…?」
「アシダカグモらしい。ゴキブリを駆逐してくれるので有名な」
「そ、それって、もしかして、結構大きいやつですか…?」
「まあ、三、四寸はあるしな。大きい方じゃないか?」
「絶対イヤです!ゴキブリもイヤだけど、そんなおっきな蜘蛛もイヤです!」
「なんで?可愛いのに…」
「リカルちゃん…。女の子が、そんな蜘蛛なんて飼っちゃダメだよ…。ちなみに、餌は何をあげてるの…?」
「ゴキブリとか、なんか捕まえてきた虫とか」
「リカルちゃんには、ゴキブリ駆逐蜘蛛は要らないんじゃないかな…」
「まあいいじゃないか。お前も飼ってみたら、愛着が湧くかもしれないぞ」
「湧きません!絶対に!」
「飼う前から決めつけるのはよくないぞ」
「飼いません!絶対に!」
「可愛いのにー」
「リカルちゃん…」
まあ、飼いたくもないと言うなら、克服も出来ないだろうな。
それはそれでいいけど。
…蜘蛛とか虫が嫌われるのはなぜなんだろうな。
それを考えたところで、何か対策が出来るわけではないけど。
たぶん、見た目とかが一番の理由なんだろうな。