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「えへへ。今日は師匠とずっと一緒ですっ」

「そうだな」

「そういえば、最近は、師匠に稽古をつけてもらってません」

「つけてほしいのか?」

「いえ、そういうわけじゃないのですが…」

「ついこの間までのお前なら、稽古をつけてくださいと言ってただろうな。あとは、もっと強くなりたいですとか」

「も、もういいじゃないですか、昔のことは…。師匠に教えていただいたように、身体の強さだけが、強さではないと分かったんです…。最近、剣道も拳法も、師範に褒めてもらえるくらい、上達したんです。それもこれも、師匠が心の強さというのを教えてくださったからです」

「心の強さというのも、そいつ自身の才能だ。鍛えれば、誰でも強くなれるというわけじゃない。秋華は、身体の強さも、心の強さも、両方とも身に付けられる才能があったんだ。本当の強さを手に入れられる才能がな。オレは、少し後押しをしただけだ」

「師匠がいなければ、私はひたすら身体ばかりを鍛えて、筋肉だけムキムキの女の子になるところだったんです。そうならなかったのは、師匠のお陰です」


ジッと目を見て、真剣な顔をして、そんなことを言う。

…秋華のこういう真っ直ぐさのために、余計に照れくさく感じるな。


「…それで、稽古をつけてないからどうしたんだ」

「あっ、そうでした。稽古をつけてもらってないのなら、私はこのまま、師匠を師匠とお呼びしていてもいいのでしょうか?」

「なんとでも、好きに呼べばいい。まあ、稽古をつけるだけが師匠の役割ではないとだけ言っておこうか」

「はぁ、そうなのですか?」

「お前がどう思うかは分からないし、私もそれが出来ているのかというのも分からないけど…。自分が生きるべき道の案内人となり、人生の先達となるような者も、自らの師匠と呼べるんじゃないか?ある流派の指導者だけじゃなくてな」

「えへへ。じゃあ、師匠も、私の師匠ですねっ。これからも、そう呼びますっ」

「…そうか」


そう言ってもらえるのは、本当に嬉しい。

私は秋華の師に相応しいのか…と考えてしまうこともあるが、こうやって私を頼りにしてくれているのを見ると、そういうことではダメなんだと思うことが出来る。

そういった意味では、秋華は私の生きる道を示してくれる、師匠なのかもしれないな。


「ふぁ…。おはようございます…」

「なんだ、フィルィ。もう起きてきたのか」

「うーん…。私は苦手ですけど、傭兵の朝は早いんですよ…」

「今は休業中なんだから、そんなことは気にしなくていいんだぞ」

「いえ…。普段から習慣付けておかないと、いざというときに起きられなくて、草平さんに怒られちゃいますから…。ふぁ…」

「そんな様子では、起きてても怒られるんじゃないのか?」

「そうなんですよねぇ…。でも、ちゃんと起きられない私が悪いんですから…」

「そうか」

「あの、師匠。この方は?」

「あぁ、お前たちは初対面だったか。こいつはフィルィって言って、テスカの弟子、昨日の松風の孫弟子なんだ」

「ほえぇ…。松風さんの…」

「よろしくね」

「は、はいっ。よろしくお願いしますっ」

「それで、こいつは秋華だ。オレの弟子なんだけど」

「そうなんですかぁ。…秋華ちゃんって、もしかして、名家のお嬢さまだったりします?」

「まあ、いちおうな」

「め、名家のお嬢さまというほどではないですが…。でも、どうして分かったのですか?」

「この服の生地、今すごく人気の絵師さんが描いた絵柄だからね。特に、この絵柄は、まだ売れてない頃の絵だし、生産数も少なくて、原画も残ってないから、もう同じものは手に入らないんだ。復刻版なんかも織られたりしてるんだけど、全く同じ絵なんて二度と描けないから、あくまで復刻版でしかないんだよ。だから、その絵師さんが好きで、絵柄の蒐集をしてる人なんかの間では、その"竜胆"と"雀"、"凩"の三つはものすごい高値で取引されてるんだよ。たしか、手の平大の端切れでも、絵柄がしっかりと見えていれば、十万円くらいで取引されてるはずだよ。その服なら、一千万円でも売れるんじゃないかな。あ、可愛い女の子が着てたって付加価値があるから、売る人に売れば、もっと高値で買ってくれるよ」

「そ、そうなのですか…。これは、私の知り合いの絵師さんから貰ったもので、そんな高価なものとは知らず…」

「そっか。自分の子供に、そういう布で仕立てた服を着せて、自慢したりする大金持ちがいるって聞いたから、そうなのかなって思ったんだけど」

「いえ。私が貰い受けて、仕立ててもらったんですよ」

「そうなんだ」

「しかし、詳しいんだな」

「私、この絵師さんの絵が好きですから。竜胆も雀も凩も、いちおう一反ほどは持ってるんですよ。駆け出しの頃から好きでしたし、こう見えて反物屋の娘なので、すっごく安くで集められたんです」

「ふぅん…」

「でも、私が大金持ちだったら、秋華ちゃんの服を、今すぐにでも、言い値で買い取りたいくらいですね…。秋華ちゃん、すっごくいい匂いがしますし…」

「あ、あの、フィルィさん…?」


妖しい笑みを浮かべて、後ろから秋華を抱き締めるフィルィ。

そして、息を大きく吸って、満足そうにため息をつく。

…朝っぱらから何をやってるんだ、こいつは。

とりあえず、蕩けきった表情をしているフィルィの頭を一発殴っておく。


「あっ、はっ、あれ?」

「何をやってるんだ」

「あ、す、すみません…。どうしても我慢出来なくて…。わ、私、なんだか、昔から百合の気があるみたいで…」

「百合ですか…?」

「女同士の同性愛、あるいは、それに近い友愛嗜好を持つ者の隠語だ。まあ、千秋もそれに近いかもしれないな。あいつの場合は、自分は男だと言ってるから、百合には当て嵌まらないかもしれないけど、拡大解釈をすれば、そう捉えられなくもないだろう」

「ふぅん…」

「あ、あのっ、男の人も好きなんですっ!ただ、その、可愛い女の子を見ると、つい…」

「別に、百合が悪いと言ってるわけじゃない。それならそうと、早く言えばいいんだ。お前自身の個性なのだから、恥じることもない。ただ、何の準備もなしに、秋華に手を掛けたことを、私は怒っているんだ。言ってる意味が分かるか?」

「は、はい…。よく、草平さんにも怒られます…」

「まったく…」

「あ、あの、師匠…。私は全然気にしてませんので…」

「秋華ちゃん…。ごめんね…。ありがと…」

「はぁ…。まあ、改善が見られないようなら、背中にその旨を書いた紙を張ってやるからな」

「気を付けます…」


昨日の暴走も、その片鱗だったのかもしれないな。

松風も、それを分かってて、あんな罰を仕掛けたのだろう。

…いや、手法は関係ないか。

とにかく、一種の性癖とはいえ、充分に注意しておく必要があるだろうな。


「秋華ちゃん…。もっと匂いを嗅いでもいいかな…」

「は、はぁ…」

「やめろ、バカ」

「いたっ…。うぅ…」


まったく、油断も隙もないやつだ。

しばらくは様子を見ている必要がありそうだな…。

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