470
「じゃあ、はい。凛ちゃんが好きなことは何かな」
「たべてねる!」
「そっか。なかなか実用的だね」
「なんだ、それ」
「普段の生活に、ピッタリと合ってるってことだよ」
「そうか」
「さて。じゃあ、食べることに関係して、自分で料理を作ったりはしたことあるかな」
「ない」
「野菜作りとか、食べ物を作ったことは?」
「りゅうをかっている」
「あれは食料ではないかな…」
「やさいはあまりすきじゃない」
「好き嫌いはダメだよ。…まあ、今はそんな話はやめておこうか。じゃあ、自分で野菜を育てたりすることに、興味はあるかな。自分で食べる野菜を、自分で育てるんだ」
「やさいをつくるのか?」
「そうだよ。自分で美味しい人参とか、大根とか、ネギとか…。いろいろなものを作れる」
「ふぅん」
「作ってみたい?」
「おいしいのか?」
「上手く出来たらね」
「なにをするんだ?」
「種を蒔いたり、苗木を植えたりして、毎日欠かさずにお世話をしてあげるんだ。そしたら、美味しい野菜が出来るから、きっと凛ちゃんの好き嫌いもなくなるよ」
「まいにち?」
「そう、毎日。毎日お世話してあげないと、枯れちゃうからね」
「かれるのか?」
「ちゃんとお世話してあげたら大丈夫」
「そうか。じゃあ、よかった」
「野菜作り、やってみたい?」
「かんがえておこう」
「前向きにね」
「うむ」
いや、考えるだけでいいのか?
まあ、いいと言うならいいんだろうけど…。
「…まずは、興味を持てることを探していきましょう。野菜作りでなくとも、料理でもいいですし、何か別のものでも。初期の教育というのは、お子さんの好きなことをさせてあげるのが肝要です。少しずつ、その興味を広げていってあげてください」
「…しかし、何かの講義かと思ったら、育児相談室なのか、ここは」
「まあ、そんなところです。一月か二月に一度くらい、こうやって寺子屋の場を借りて、新しいお父さんやお母さんの支援をしているんですよ」
「ふぅん…。なんか、占い師街みたいだな」
「個室が並んでいるからですか?まあ、育児の悩みというのは、非常に繊細な問題なので」
「個々に対応してるのか」
「そうですね。悩みも、人それぞれですから」
「大変だな」
「いえいえ。ここにいる方たちは、みんな、この仕事に遣り甲斐と誇りを感じていますよ」
「そうか」
「はい。…そうそう、紅葉さんのような方も珍しくないんですよ」
「どんなやつなんだよ」
「実際に、子育て中という方です。私のような、子育ても終わり、何か次の世代の人のために出来ることはないかと考えて、ここにおられる方が多いですが」
「ふぅん…」
「紅葉さんなら、いい相談役になれそうだと思うのですが。どことなく、達観してるというか、そんなかんじもしますし」
「ふん、あまり嬉しくないな。この前、枯れてると言われた」
「ははは。まあ、同世代の方と比べれば、少々老成しているといったかんじでしょうが。私たちから見れば、充分、うら若き女性ですよ」
「別に、そんなことを言ってもらいたかったわけじゃないんだけどな」
「分かっていますよ」
「なぁ、やさいはなにをつくるんだ?」
「んー、季節に合ったもの、かな。野菜は、何が好きかな?」
「まぐろ」
「鮪は、畑では育てられないかな…」
「やきとり!」
「じゃあ、ねぎまのネギかな」
「ハツ!」
「なかなか渋い味覚をしてるんだね…」
「かわもすてがたいな」
「うーん…。ねぎまはどうかな」
「ねぎまもすきだ」
「じゃあ、ねぎまのネギは?」
「ネギは、しろネギだ」
「そうだね。いつが一番美味しい時期だと思う?」
「あきのおわりからはるのはじめ」
「よく知ってるね」
「ネギは、ねっこをじめんにさしとくと、はえてくる」
「節約術のひとつだね」
「調理班のやつらにも、みっともないからやめろと言ったことがあるんだけどな」
「ははは。うちも、表の鉢植えで栽培してますよ。なかなか強いですね、ネギって」
「そうかもしれないけど…」
でも、うちは大量にネギが必要になるからと、たくさん鉢植えが並んでいるからな…。
自分の部屋で栽培してるやつもいるし…。
「でも、白ネギとなると、だいぶ手間がいりますよね。あれってたしか、普通に育てたら、普通の緑色のネギになるとかなんとか」
「土を盛っていくんだろ。まあ、凛には難しいかもしれないな」
「そうですねぇ…。でも、これくらいのお子さんなら、苺とかみかんが好きだという子が多いんですけどね…。ハツが好きって子は、初めて見ましたよ…」
「味覚がおっさんなんだな、こいつは」
「でも、鶏皮は人気ですよ」
「そうか」
「ハツは、どうやったらできるんだ?」
「んー…。まず、鶏を飼わないとね…」
「ふぅん。まぐろは?」
「海に行って、捕ってこないと…」
「凛にもできるか?」
「鶏はともかく、鮪は無理なんじゃないかな…」
「そうか。ざんねんだ」
「あ、そうだ。お花は好き?」
「おはな?」
「そう、お花」
「さくらときくがすきだ」
「…また、渋いところを突いてくるね」
「あのな、まえに、きくのはなをみにいったことがあるんだ。なんか、まるっこいはりがねで、はなをささえてた」
「形がよく見えるようにだね。針金がないと、花が垂れ下がっちゃうから」
「ふぅん。それでな、ねっこがひょろひょろーってながい、ぼんさいがあった」
「根が横に伸びないように、細長い筒を地面に一緒に埋めておくんだ。それで、いい具合に伸びてきたら、そっと掘り返して、綺麗に飾り付けて。だいたい、滝を表したりするんだけど。菊も盆栽も、手入れがとっても大変なんだよ」
「でも、きれいだ」
「手間暇掛けて育てたものだからね。菊や盆栽に限らず、一所懸命にやったものっていうのは、必ず良い結果を運んできてくれるんだよ」
「やさいもか?」
「そうだね。一所懸命に作った野菜は、きっと、すごく美味しいだろうね」
「そうか」
そう言って、凛はニコニコと笑う。
まあ、野菜作りでなくとも、何か夢中になれるものがあればいいんだけど。
望の花畑を手伝うというのもいいかもしれないな。
望が一所懸命になっているのを見たら、一所懸命になるということがどういうことなのか、学んでくれるかもしれない。
…まあ、凛が興味を示すことを探す。
それが、最初の最初の第一歩、といったところだな。