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「じゃあ、はい。凛ちゃんが好きなことは何かな」

「たべてねる!」

「そっか。なかなか実用的だね」

「なんだ、それ」

「普段の生活に、ピッタリと合ってるってことだよ」

「そうか」

「さて。じゃあ、食べることに関係して、自分で料理を作ったりはしたことあるかな」

「ない」

「野菜作りとか、食べ物を作ったことは?」

「りゅうをかっている」

「あれは食料ではないかな…」

「やさいはあまりすきじゃない」

「好き嫌いはダメだよ。…まあ、今はそんな話はやめておこうか。じゃあ、自分で野菜を育てたりすることに、興味はあるかな。自分で食べる野菜を、自分で育てるんだ」

「やさいをつくるのか?」

「そうだよ。自分で美味しい人参とか、大根とか、ネギとか…。いろいろなものを作れる」

「ふぅん」

「作ってみたい?」

「おいしいのか?」

「上手く出来たらね」

「なにをするんだ?」

「種を蒔いたり、苗木を植えたりして、毎日欠かさずにお世話をしてあげるんだ。そしたら、美味しい野菜が出来るから、きっと凛ちゃんの好き嫌いもなくなるよ」

「まいにち?」

「そう、毎日。毎日お世話してあげないと、枯れちゃうからね」

「かれるのか?」

「ちゃんとお世話してあげたら大丈夫」

「そうか。じゃあ、よかった」

「野菜作り、やってみたい?」

「かんがえておこう」

「前向きにね」

「うむ」


いや、考えるだけでいいのか?

まあ、いいと言うならいいんだろうけど…。


「…まずは、興味を持てることを探していきましょう。野菜作りでなくとも、料理でもいいですし、何か別のものでも。初期の教育というのは、お子さんの好きなことをさせてあげるのが肝要です。少しずつ、その興味を広げていってあげてください」

「…しかし、何かの講義かと思ったら、育児相談室なのか、ここは」

「まあ、そんなところです。一月か二月に一度くらい、こうやって寺子屋の場を借りて、新しいお父さんやお母さんの支援をしているんですよ」

「ふぅん…。なんか、占い師街みたいだな」

「個室が並んでいるからですか?まあ、育児の悩みというのは、非常に繊細な問題なので」

「個々に対応してるのか」

「そうですね。悩みも、人それぞれですから」

「大変だな」

「いえいえ。ここにいる方たちは、みんな、この仕事に遣り甲斐と誇りを感じていますよ」

「そうか」

「はい。…そうそう、紅葉さんのような方も珍しくないんですよ」

「どんなやつなんだよ」

「実際に、子育て中という方です。私のような、子育ても終わり、何か次の世代の人のために出来ることはないかと考えて、ここにおられる方が多いですが」

「ふぅん…」

「紅葉さんなら、いい相談役になれそうだと思うのですが。どことなく、達観してるというか、そんなかんじもしますし」

「ふん、あまり嬉しくないな。この前、枯れてると言われた」

「ははは。まあ、同世代の方と比べれば、少々老成しているといったかんじでしょうが。私たちから見れば、充分、うら若き女性ですよ」

「別に、そんなことを言ってもらいたかったわけじゃないんだけどな」

「分かっていますよ」

「なぁ、やさいはなにをつくるんだ?」

「んー、季節に合ったもの、かな。野菜は、何が好きかな?」

「まぐろ」

「鮪は、畑では育てられないかな…」

「やきとり!」

「じゃあ、ねぎまのネギかな」

「ハツ!」

「なかなか渋い味覚をしてるんだね…」

「かわもすてがたいな」

「うーん…。ねぎまはどうかな」

「ねぎまもすきだ」

「じゃあ、ねぎまのネギは?」

「ネギは、しろネギだ」

「そうだね。いつが一番美味しい時期だと思う?」

「あきのおわりからはるのはじめ」

「よく知ってるね」

「ネギは、ねっこをじめんにさしとくと、はえてくる」

「節約術のひとつだね」

「調理班のやつらにも、みっともないからやめろと言ったことがあるんだけどな」

「ははは。うちも、表の鉢植えで栽培してますよ。なかなか強いですね、ネギって」

「そうかもしれないけど…」


でも、うちは大量にネギが必要になるからと、たくさん鉢植えが並んでいるからな…。

自分の部屋で栽培してるやつもいるし…。


「でも、白ネギとなると、だいぶ手間がいりますよね。あれってたしか、普通に育てたら、普通の緑色のネギになるとかなんとか」

「土を盛っていくんだろ。まあ、凛には難しいかもしれないな」

「そうですねぇ…。でも、これくらいのお子さんなら、苺とかみかんが好きだという子が多いんですけどね…。ハツが好きって子は、初めて見ましたよ…」

「味覚がおっさんなんだな、こいつは」

「でも、鶏皮は人気ですよ」

「そうか」

「ハツは、どうやったらできるんだ?」

「んー…。まず、鶏を飼わないとね…」

「ふぅん。まぐろは?」

「海に行って、捕ってこないと…」

「凛にもできるか?」

「鶏はともかく、鮪は無理なんじゃないかな…」

「そうか。ざんねんだ」

「あ、そうだ。お花は好き?」

「おはな?」

「そう、お花」

「さくらときくがすきだ」

「…また、渋いところを突いてくるね」

「あのな、まえに、きくのはなをみにいったことがあるんだ。なんか、まるっこいはりがねで、はなをささえてた」

「形がよく見えるようにだね。針金がないと、花が垂れ下がっちゃうから」

「ふぅん。それでな、ねっこがひょろひょろーってながい、ぼんさいがあった」

「根が横に伸びないように、細長い筒を地面に一緒に埋めておくんだ。それで、いい具合に伸びてきたら、そっと掘り返して、綺麗に飾り付けて。だいたい、滝を表したりするんだけど。菊も盆栽も、手入れがとっても大変なんだよ」

「でも、きれいだ」

「手間暇掛けて育てたものだからね。菊や盆栽に限らず、一所懸命にやったものっていうのは、必ず良い結果を運んできてくれるんだよ」

「やさいもか?」

「そうだね。一所懸命に作った野菜は、きっと、すごく美味しいだろうね」

「そうか」


そう言って、凛はニコニコと笑う。

まあ、野菜作りでなくとも、何か夢中になれるものがあればいいんだけど。

望の花畑を手伝うというのもいいかもしれないな。

望が一所懸命になっているのを見たら、一所懸命になるということがどういうことなのか、学んでくれるかもしれない。

…まあ、凛が興味を示すことを探す。

それが、最初の最初の第一歩、といったところだな。

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