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「なんで、こんなに大きいのに、伝説になるくらい目撃例が少ないんだ?」
「うーん…分かんない。山の奥とか湖の底とかに住んでるからかなぁ」
「へぇ~、そんなところに住んでるんだ」
あまり興味なさげに答える風華。
龍がどこに住んでるかより、銀龍のたてがみを編んだ腕輪を作る方が面白いらしい。
たてがみの毛は一本一本が大変に細く、十本ほどで一本の糸として編み込んでいく。
「出来た!」
「上手いもんだな」
「はい。姉ちゃんにあげる」
「ん?オレか?」
「うん」
「ありがとう」
「どういたしまして」
桜の銀の腕輪と並べて着けてみる。
銀とはまた違う、周りの光を吸収してるかのような輝きを放つ。
「あれ?この子、寝てない?」
「ホントだ」
腕輪の完成を待てなかったらしい。
地に伏せた格好のまま、深い息をしていた。
「こんなところで寝て、風邪とか引かないかな」
「大丈夫だろ。こんな暖かい布団を被ってるんだ」
たてがみをゆっくりと撫でる。
たくさん空気を含んで、ホント、すごく暖かそう。
「そういえば、逆鱗に触れるという言葉があるけど、あれは龍から来てる言葉だろ?こいつには鱗もないみたいだけど」
「銀龍とか黒龍みたいに、全身が毛で覆われている龍には逆鱗はないよ。その代わりに、元から気性が荒かったりするの。逆に、白龍とか紅龍みたいな鱗のある龍は、逆鱗がある代わりに大人しい」
「逆鱗は、言葉通りなのか?」
「ううん。触っても大丈夫だよ。でも、龍にとっては命の次くらいに大事な部分だから、よっぽどでないと触らせてくれないよ」
「ふぅん」
「光なら触らせてくれると思うよ」
「光?光に鱗なんてないじゃないか」
「あぁ、えっとね、"反転"っていう術式があるらしいのよ。時空を越えて、一番関わりの深かった動物になれるらしいんだけど」
「うん。だいたいは種族通りなんだけど、たまに違う人もいるんだ。それに、人は本当にいろんな姿に反転するの。お姉ちゃんも、何になるかは分からない」
「ふぅん。オレなら狼の可能性が高いということか」
「そうだね」
疑うわけではないけど、そんな不思議な力があるなんて、まだ信じられない。
反転とは言うけど、要するに変身じゃないか。
本当に、そんな力があるんだろうか…?
「お母さん、疑ってるんだ~」
「あ…いや、そういうわけじゃ…」
「私も最初は信じられなかったもん。自分で使ってみても、夢なんじゃないかって」
「元々、龍にだけ伝わってた力なんだよ。術式って。わたしは逆に、お姉ちゃんが術式を使っててびっくりしちゃった」
「まだまだ使いこなせてないけどね…」
「大丈夫だよ。元素式が使えるなら、どんな術式だって使えるよ」
「そうかな…」
「うん!」
私には、何が何だかさっぱり。
まあ、ゲンソシキというものは相当高難度らしいということは分かった。
「あ、姉ちゃん、ごめんね。置いてけぼりで…」
「そうだな。全く分からん話だ」
「ごめんって」
拗ねた風に顔を背けると、風華は慌てて謝る。
面白いから、もっと見たかったけど
「…もうそろそろだね」
「ああ」
東の雲が、月の光を反射し始めた。
「部屋に戻ろっか」
「もう少し、ここに居させてくれ」
「…うん」
夜と土の匂い。
この銀龍の、獣のような匂い。
そこに、風華のどこか甘い匂いや響の清流のような匂いが入り混じって、なんとも心地良かった。
「…じゃあ、戻ろっか。響も。もう遅いから」
「ああ」「うん」
風華は私の手を取ると、思い出したように、龍に声を掛ける。
「お休み、セト。また明日ね」
「ゥルル…」
「ふふ、くすぐったいよ」
また額を擦りつけているんだろう。
甘えるような声を出している。
そして、風華がセトの頭を軽く叩いてやると、満足そうにため息をついて、また眠りに就く。
「待たせたね。行こ」
「ふぁ…あふぅ…」
「ごめんね、響」
「ううん…。大丈夫…」
大丈夫じゃないのは明らかで。
風華の手を一旦離して、響を背負う。
「あ、姉ちゃん!私がやるから!」
「いいって。ほら、手を引いてくれるんだろ?」
「もう…」
片方の腕で響を支え、もう一方で風華の手を握り。
二人の温かさを感じながら。
ふふ、セトのお陰だな。
風華さん、いつの間に名前を付けたんですか。
いきなり公開しないでください。