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「えへへ~。お洗濯、楽しいですね」
「そうか?」
「ぼく、お洗濯が好きなんです」
「そうか」
「それにしても、テスカ師匠、どうしちゃったんですかね?」
「さあな」
「…紅葉さんって、最低限のことしか喋らないんですか?」
「そんなことないだろ」
「ありますよぉ」
「お前こそ、余計なことを喋りすぎなんじゃないか?」
「えぇ?そ、そうですかね…」
フィルィは、少し落ち込んだように俯いて。
こいつも、感情の浮き沈みが激しいのか。
まったく、師弟は似るものなのか?
…それにしては、秋華はあまり私に似ていない気もするが。
まあ、それは今はいい。
「と、ところで、紅葉さんは、テスカ師匠とはどういったご関係なんですか?」
「どうということはない。錯乱していたあいつを取り押さえただけだ」
「そうなんですかぁ。てっきり、お友達なのかな、なんて思っちゃったりしたんですが」
「まあ、友達といえば友達だ」
「えへへ、そうですか。よかった。テスカ師匠、同年代のお友達が少なくて、気兼ねなく相談が出来るのは、蒼空のみんなだけみたいで。でも、やっぱり、旅団の外にも、そういう人がいた方がいいんじゃないかなって思ってたんです」
「…お前、案外しっかりしてるんだな」
「そうですかぁ?セルタさんには、もっとしっかりしろって言われるんですけど…」
「ふぅん…」
「ぼく、テスカ師匠に負けないくらい、立派な傭兵になりたいんです。へなちょこだし、全然頼りないかもしれないけど…。でも、いつかはきっと、師匠の背中をお守り出来るような、立派な傭兵に…!」
「そうか。夢を持つことは大切なことだ。向かう場所が見えているのなら、あとは向かっていくだけだからな」
「はい。松風師匠も、同じことを言っておられました。まあ…松風師匠の背中を守れるような人間になれと、よく仰られますが…」
松風は、どうもフィルィを気に掛けてるというか、溺愛している風にも見られたからな。
ぼんやりしていると、フィルィを奪われるかもしれないぞ、テスカ。
「そうだ。お前は、何か武器は持つのか?」
「はい。あの、ぼくは筋力もあまりないので、棒術と十手ですね」
「棒術?充分筋力を使うじゃないか」
「使うのは旋棍なんです。そんなに長くないので、筋力もそこまで使いませんし。それに、棒術と言っても、旋棍でどう防御するか、どう受け流すか、ということが主で、ぼくは攻撃自体はあまりしないんです。旅団天照のように護衛任務が主ですし、副業の行商にしても、積荷を守るのはぼくの役目なので」
「ふぅん。お前が敵の攻撃を止めたり、武器破壊をしている間に、他のやつらが背後から攻撃を仕掛けるのか」
「ぼくは、まだ自分の身の回りを守るだけで精一杯なんですけど、他のみんなは、攻守共にこなしてしまうんです。他のみんなが、二人三人と倒してる間、ぼくは一人を止めるのに精一杯で。やっぱり、みんなすごいです」
「力はあっても、自分の身すら守れないやつはいくらでもいる。そういう意味では、お前は一歩秀でているということだ。自虐的になる必要はない。自分の腕に自信を持てないで、これからどうやって強くなっていくんだ?」
「…ふふふ。紅葉さんの言うことは、本当に松風師匠とそっくりですね。あ、もしかして、ご兄妹なのでは?」
「冗談きついからやめろ…。だいたい、あいつとは種族も違うじゃないか…」
「男を捨て、女となった松風師匠。しかし、数奇な運命により巡り会った紅葉さんに、心が動かされてしまう…。あぁ、どうしたんだろうか、あたしは…。胸を冷たい鉄の棘が貫いてゆく。そして、それが切ない恋の心だと知ると同時に、ある衝撃的な事実も知ることとなる。それは…実は、紅葉さんは、幼い頃に生き別れた腹違いの妹だったのだ!この胸の想いはどうすればいいんだ!あたしは…あたしは…!」
「…盛り上がってるところを悪いんだけど、フィルィ」
「あ、はい。なんでしょうか、紅葉さん」
「オレは何も言ってないぞ」
「えっ?」
それから、やっと自分の背後から落ちる影に気付いたようで。
おそるおそる、後ろを振り向く。
「あたしと、紅葉が、なんだって?」
「ま、松風師匠…。ど、どうして…」
「ちょいと、ここに住んでるとかいう天照の団長への手紙を渡し忘れていてねぇ。ついでに、フィルィが無事にここまで来れたかどうかを確認しようと思ってたんだけど…」
「あわ、あわわ…」
「どうやら、元気満々みたいねぇ。お得意の妄想を爆走させられるくらいに」
「ち、違うんです…!あ、あの、松風師匠…!」
「紅葉。この子、ちょっと借りていっていいかな?」
「どうぞ、ご自由に」
「い、紅葉さぁん!」
「まったく…」
わけの分からないことを喚き散らすフィルィの首根っこを掴んで、松風はそのまま城の裏側まで引きずっていってしまった。
何をあんなに恐れているのかは知らないが、まあ、自業自得といったところだろうか。
だいたい、松風は予想外かもしれないが、私のことをネタにしておいて、それを本人の前で堂々と披露するというのもどうかと思う。
「松風師匠ぉ…!も、もうしませんから、それだけはぁ…!あぁっ…!」
「………」
何をしているのかは、城の陰になっていて分からないが、フィルィの声だけは筒抜けで、洗濯をしにきた他のみんなの注目も集めてしまっていた。
そして、しばらくすると、フィルィが陰から出てきて、そのあとを松風が追い立てるようにしてついてきていて。
私の前まで来ると、フィルィは顔を異様に赤くし、周りを気にしながら素早く座り込む。
「紅葉、迷惑を掛けたな。いや、これから掛けるのか」
「迷惑だなんて思ってない」
「ありがとな。…じゃあ、今度こそ、本当にさよならだ」
「そうか。また来いよ」
「気が向いたらな」
松風は軽く手を振ると、広場の方へ歩いていった。
あいつとは、また会える気がするな。
いつか、また。
「あ、あのぉ…。紅葉さぁん…」
「なんだ、そんな小声で」
「よ、よろしければぁ…あ、あとで、下着を貸していただきたいかなぁ…なんて…」
「下着?…お前、脱がされたのか?」
「はいぃ…。松風師匠は、優しいんですが、恐ろしい方なんですよぉ…」
「まったく…」
フィルィは少しの風にもビクビクして、着物の端を押さえている。
私以外に誰も気付いてるやつなんていないし、もちろん、着物の端がめくれた程度では全く見えないだろう。
…しかし、羞恥心に訴え掛ける罰とは、なかなかに強烈だな。
下着はどうしたんだろうか。
松風が持っていったのか?
それとも、堀にでも投げ入れたのか。
まあ、何にしろ、洗濯の効率は著しく悪くなるだろうな。