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「ははは、そうかそうか。あいつが色恋に目覚めるとはな」
「テスカも恋くらいするだろ」
「まあ、そうかもしれないな。しかし、あたしが切っ掛けで好きになるなんて、なんか照れくさいじゃないか」
「ふん。照れくさいってガラかよ、お前が」
「昨日少し会っただけなのに、あたしの何が分かるっていうんだい?」
「まず、本当に照れくさいなら、胸を張っては言わないだろ」
「ふむ。なるほどな」
「なるほどなじゃないだろ…」
「この胸が羨ましいというわけか」
「いやいや…。なんでそんな話になるんだよ…」
「言っておくが、これは詰め物をしてるわけじゃないぞ。自前の胸だ」
「オレとそんなに変わらないじゃないか…」
「いや、これはサラシを巻いてるだけだ。女性化乳房というらしい。まあ、これのお陰で、女として生活していても問題ないんだけど」
「お前の場合、胸がなくても、充分女としてやっていけるよ…」
「そう?嬉しいね」
「はぁ…」
「羨ましいのため息かい?」
「違うよ…。お前と話してると疲れるからな…」
「ふふふ」
しかし、女性化乳房なんてのがあるのか。
別に見る気はないが、たぶん、名前からして、男なのに女そっくりの乳なんだろう。
風華や利家なら知っているだろうか。
「おっ。そういえば、この龍は、テスカが毛をむしった龍なんじゃないか?」
「どこで聞いたんだよ…」
「あたしは今、旅団天照にいてね。まあ、月読の仕事もやってるってわけ。どんな仕事かは、衛士長ともなれば知っているだろ?」
「情報の収集と売買だろ」
「そうそう。情報ってさ、玉石混淆なわけよ。ある国が密かに軍隊を整えてる…なんて情報は隣国に高く売れる、価値ある情報なんだけど。テスカが今どこにいるとか、テスカが龍の毛をむしったとか、そういう下らない無価値の情報もあるわけ」
「ふん。お前にとっては有用な情報なんじゃないのか?毛をむしったってのはともかく」
「まあな。でも、人の居場所なんて情報は、手に入れにくい分、安くはない。いくら下らない情報でもな。テスカの場合は、旅団のいる場所が、あいつのいる場所だから、まだ安く手に入る方だけどな」
「どの街に行った、どんな仕事を受けた、というのは、組合で管理されてるからな」
「そうそう。さすが、衛士長さんだね。でも、手数料が掛かるんだよな、組合に調べてもらうにしても。まったく、調べるくらいタダで調べろよ」
「向こうも仕事なんだから、無茶言うなよ…」
「セルタが定期連絡を怠らなければ、あたしの大事なおゼゼを使うこともないんだ」
「ていうか、なんでお前は、蒼空から離れて、天照なんかで仕事してるんだ?」
「いろいろあるんだよ」
「まあ、詳しくは聞かないが」
「…あいつの心を鍛える意味合いもあるんだよ。旅団長って役割を通して、心の強さとは何ぞやということを学んでほしいんだ」
「ふぅん」
「まったく、手間の掛かる弟子を持ったものだ」
「嬉しそうだな」
「ふん。なんでも、手間の掛け甲斐があるのはいいことだよ」
「そうかもしれないな」
「ボケ防止にもなる」
「ボケる年齢でもないだろうに…」
「人は、いつまでも若いままではないんだぞ?」
「そりゃそうだけど…」
「ふふふ」
松風は楽しそうに笑うと、少し空を見上げる。
何を考えているんだろうな。
テスカのこと、蒼空のこと。
…次に気付いたときには、こっちを向いて、また笑っていた。
「さて、もう行くかな」
「テスカには会っていかないのか?」
「あいつの無事を知れたなら、それでいいさ。…そうだ。フィルィが、こっちに向かっている。いや、まだ起きてないかもしれないが。とにかく、今日中にこっちに来ると思う」
「フィルィって、テスカの弟子か?」
「ああ。フィルィ自身の怪我は、ごく軽いものだったそうだ。草平が、防護の妖術を咄嗟に掛けておいてくれたらしい」
「ふぅん…」
「で、回復も早かったんだけど、草平の目が覚めるまではと、ずっと付き添っていたらしい。師匠より出来た弟子だよ、まったく」
「そうだな」
「それで、あいつの面倒も見てやってほしいんだけど」
「ああ。もちろんだ」
「そう言ってくれると思ったよ。じゃあ、二人をよろしく頼む」
「分かった」
「…ふむ。とりあえず、これで全部かな」
「そうか」
「じゃあな」
「ああ。また」
軽く手を振ると、松風はゆっくりと立ち上がって、門の方へ歩いていった。
入れ違いに、秋華がやってきて。
…何か一言二言、言葉を交わしているようだけど。
秋華はいつものお辞儀をすると、またこちらに向かって走ってくる。
「師匠、師匠!」
「おはよう、秋華」
「おはようございますっ!」
「今日も道場だったか?」
「はいっ。あ、あの、今、すっごく綺麗な方が出ていかれましたが…」
「あいつ、男だからな」
「えっ!で、でも…」
「テスカの師匠だ。松風という名前なんだけど」
「ま、松風さんですか…。あ、あの、姉さまみたいな方なのですか?」
「まあ、千秋の逆だな」
「は、はぁ…。あんな雰囲気の女の人になりたいと思ってしまいました…」
「それを聞いたら喜ぶんじゃないか、あいつは」
「そうですか…。よかったです…」
「まあ、今日もしっかり頑張ってな」
「はいっ。ありがとうございますっ」
「行ってらっしゃい」
「行ってきますっ」
秋華はきっちりとお辞儀をして、駆け足で戻っていった。
まあ、いつも通りの風景だな。
「………」
「………」
セトのたてがみに埋もれて、少し空を見上げる。
朝の赤と夜の青が混じり、なんとも言い難い時間を作り出していた。
まるで、幻想の中にでもいるような。
セトも、いつの間にか空を見上げていて。
「いいことが起こる前触れかもな」
「ォオン」
「ふふふ。そうだといいんだけど」
「………」
まあ、フィルィとかいう弟子も来るみたいだし。
セトの言う通りになればいいんだけどな。