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夕飯も食べ終わり、今日は金髪三人娘を連れて、風呂に入る。
ついでに、テスカも一緒にいるけど。
のんびりと湯船に浸かっていると、出入口の扉が勢いよく開いて。
「あっ、お母さん!」
「………」
「ん?あぁ、望に加奈子か」
「ほら、見て見てー」
「………」
「…それが噂の伝言板か?」
「うん!」
「………」
できた。
すごくかるくて使いやすいよ。
…どういう仕組みかは分からないが、加奈子が何か鉛筆のようなもので伝言板をなぞると、表面に黒い文字が現れて。
磁石と砂鉄…だったか。
まったく、発明家の発想というのは、いい意味で理解出来ない領域にあるな。
身の回りにある現象を上手く使っているだけなのに、まるで妖術や呪術を見ているようだ。
「それで、代金とかはどうしたんだ?」
「まだ計算してないから、あとで請求書を送るって言ってたよ」
「そうか」
「かな、それ何?」
「………」
くずはとおしゃべりするための板だよ。
これからは、いっぱいおしゃべりできるよ。
「おしゃべり~」
「よかったな、葛葉」
「うん!」
「ほぅ。なんとも珍妙だな。中には何が入ってるんだ?」
「砂鉄だと聞いたけど。オレにもよく分からん」
「ふぅん…。濡れても大丈夫なのか?」
「うん。雨の日とか、お風呂でも使えるようにって、なんとか加工がしてあるんだって」
「防水加工だな」
「へぇ…。世の中には、いろいろ便利なものがあるんだな」
「加奈子はね、左手で書くから、右手で持ちやすいようにしてくれてあるんだよ」
「一品物ってことか。それは気合いが入ってるな」
「壊れても、ちゃんと修理してくれるんだって」
「まあ、それだけのものは易々と作れるものでもないだろうしな。へぇ、いいなぁ」
「テスカお姉ちゃんも欲しいの?」
「いろいろ便利そうだしさ。音を立てちゃいけないときなんかも、これで会話出来るし」
「聾唖者用に作ってるみたいだから、お前にも作ってくれるかどうかというところだな」
「むぅ…。そうか…」
「えへへ。真っ黒ー」
「おい、りる。やめろ」
「うぅ…」
りるの悪戯で伝言板が真っ黒になってしまったが、加奈子が下の方にある丸い部分を押すと、ちゃんと元通りになった。
本当に、どういう仕組みなんだろうな。
不思議でならないよ。
…加奈子は、何回でもかけるし、けせるからだいじょーぶだよ、と書いて。
それから、またりるに鉛筆のような棒を渡している。
「ん~」
「りる。それは加奈子の大切なものなんだから、あまり悪戯するなよ」
「はぁい」
「本当に分かってるのかよ…」
「ん~」
まあ、不安で仕方ないが、加奈子がいいと言うのなら、私はなんとも言えない。
いつの間にか、湯船で泳いでいたサンも加わって、何かの絵を描いているみたいだったけど。
「ふふふ。可愛いな」
「まあ、可愛いは可愛いかもしれないけどな…」
「私も、ちゃんとリカルのことを見ていてやらないと、ダメなのかもしれないな…」
「考えが変わったのか?」
「紅葉とか桐華とか、あと、師匠の話を聞いて、少し考えたんだ…。強くて格好いいお姉ちゃんが、強くて格好いい団長が、私の目指すべき理想なのかなって…」
「…そうか。まあ、まだ時間はある。ゆっくり考えることだな」
「…うん」
「おかーさん!セト描いた!」
「ん?あぁ…セトは、今はここが禿げてるからな。こう描かないと」
「あ、そっかー」
「おい、紅葉…」
「誰かさんに、毛をむしられたからな」
「ハゲのセトだー」
「………」
テスカは無言で禿げたセトの絵を消して、新しく禿げてないセトの絵を描きなおす。
それから、りるたちに突き返して。
…意外と絵が上手いんだな。
そして、ハゲを描き込めないように、上半身だけを描いている。
「テスカお姉ちゃん、絵が上手だね」
「ふん。まあな」
「でも、ねーねーのほうがじょうずー」
「何っ!」
「対抗心を燃やさなくていいから…」
「いや。どっちが上手いか、はっきりと決めておこうじゃないか」
「遠慮する。さあ、逆上せないうちに上がるぞ」
「はぁい」
「望と加奈子は、身体を洗ってから出るね」
「ああ。あまり長くならないようにな」
「うん」
「………」
「りる。それ、加奈子に返してやれ」
「うん。また貸してね」
「………」
もちろんだよ。
…加奈子がそう書くと、りるはニコニコと笑って。
そういえば、りるは字は読めたんだったかな。
なんか、龍の図鑑を読んでたときは、そんな素振りはあったけど…。
まあ、読めるなら読めるでいいことだし、読めないならまた教えてやればいいことだ。
今はとりあえず、風呂から上がろう。
部屋に戻ると、チビたちは早速、敷いてあった布団に寝転がって。
テスカも一緒になって転がってるけど。
…屋根縁の方を見ると、いつも通り、翡翠が龍の姿で丸くなっていた。
「…翡翠」
「ん…?あぁ、紅葉か…。ふぁ…」
「寝てたのか?」
「ううん…。ちょっと、うとうとしてただけ…。それで、何?」
「ツカサは?」
「さあ?なんか、千秋に連れていかれたよ」
「千秋?まあ、なんでもいいか。それで、まだ喰ってくれなんて言ってるのか、あいつは?」
「紅葉がいたら、心配するからって言わないけどね」
「ふぅん…」
「心配しなくても大丈夫だって」
「それは分かってるけど…」
でも、やっぱり、心臓に悪いからな…。
それに、子供たちが真似しないとも限らないし。
まったく、困った性癖だな…。
なくて七癖と言うし、私も人のことを言えないかもしれないけど。
「くれぐれも、安全には気を付けてな」
「分かってるって。だいたい、妖術を使わないにしたって、そんなにすぐに消化出来るわけじゃないし。人間とそんなに変わらないと思うよ」
「はいはい…」
「ふふふ」
「それで、なんだけど」
「何?」
「お前は、テスカのことはどう思ってる?」
「どうって?」
「勘違いで半日睨まれて。それに、未遂だとしても、殴られかけたわけだし」
「あぁ…。それは別になんとも思ってないよ。ちょっと、リカルちゃんに対して、過保護すぎるんじゃないかとは思うけど」
「まあ、それは私も思う」
「テスカ自身に対しては…まあ、ウジウジとしてなければ、魅力的な人だな、とは思うよ」
「そうか」
「好きかどうかは分かんない。でも、なんか放っておけない気もするし…」
「ちょっと気になる女の子ってわけか」
「そんなかんじかな…。紅葉も気付いてたと思うけど、あの師匠、利き手じゃない方でテスカを殴ってたでしょ?振りも大袈裟で無駄が多かったしさ。まあ、威力もあれでかなり控えめだったんだと思う。でも、それは分かってたんだけど、なんか、代わってあげたいというか、守ってあげたいって思ったんだ。紅葉、これって恋っていうのかな…」
「さあな。でも、あれだけ彼女を欲しがってたじゃないか。告白したら、もしかしたら受けてもらえるかもしれないぞ?」
「もうそのネタはやめてよ…」
そう言って少し自嘲気味に笑うと、ため息をつく。
どうやら、翡翠も悩んでいたらしいな。
…気になりだした時期としては、テスカよりもずっと前だろう。
昨日か今日かは分からないけど。
容姿に惹かれたのか、他に惹かれたのか。
とにかく、松風が来る前には、すでに気になっていたんだろうな。
「ナナヤ防壁!」
「えぇー…。いたっ!地味に痛い!」
「ナナヤの尊い犠牲は無駄にはしない!」
「ふとんぼーへきー」
「むっ。やるな…」
「えいっ」
「いたっ!」
「私の尊い犠牲は何だったのよ…」
「私の屍を越えていけ…」
「バカなこと言ってないで反撃してよ!」
「ふん…。ついに、右腕の封印を解くときが…いたっ」
「ずっと右で投げてたじゃない」
「ナナヤとテスカ、弱い~」
「くっ…。チビっこどもはどんどん集結してくるのに、なんで大人は集まってこないんだ…」
「まだ仕事が残ってたり、どこかでお喋りしたりしてるんでしょ。そんなことはどうでもいいから、早く戦線に復帰してよ!」
「いつの時代も、戦場が私を呼んでいる…。そう、私は、流浪の傭兵テスカ…」
「分かった、バカなんでしょ」
「バカではない」
「そこだけ真面目に返しても、説得力ないから…」
「私はいつでも真面目だ」
そう言いながら、手元にあった枕を三つ投げて、それぞれを葛葉、サン、りるに命中させる。
ナナヤも反撃を続けて、いつの間にか参戦していた響とリュウに枕を当てていた。
…ただ、光だけは、テスカもナナヤも仕留めることが出来ないようだけど。
「楽しそうだね」
「人間の姿に戻って、参加してくればいいじゃないか」
「いいよ、僕は。見てるだけで。紅葉こそ、やってきたらどうなの?」
「…オレも、見てるだけでいいかな」
「そっか」
枕投げは、チビたちが帰ってくるにつれ、熾烈さを増して。
結局、風華が帰ってくる前に、全員がくたくたになってしまい、りるがうとうとし始めたところで試合終了となった。
少し埃っぽい以外は、別に変わったところはないし、チビたちも全員寝静まっていたから、風華に知られることもなく。
…さて、私も寝るとしようかな。
明日はどんな日になるだろうか。
分からないから、楽しみに出来るのかもしれないな。