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金髪三人娘は、部屋に帰ると早速うとうとし始めて。
翡翠が布団を敷いてる間に、サンは完全に寝てしまった。
「ほら、ここで寝ろ」
「………」
サンを寝かせると、その横に二人が寝転ぶ。
布団を掛けて、しばらく頭を撫でてやると、すぐに眠ってしまった。
「よく食べたね」
「そうだな」
「お腹、こんなにしちゃって。苦しくないのかな」
「多少、苦しいんじゃないか?」
「まあ、よく食べて、よく寝る子は、よく育つって言うしね」
翡翠は、葛葉の頬を撫でてニコニコと笑っている。
なんとも平和な、と言うべきだろうか。
…これが普通の世の中になってほしいものだけど。
いつまで争い続けるんだろうな、人間は。
「おぉ、二人とも。戻ってたのか」
「…なんだよ。テスカは戻ってこなくてもよかったんだけど」
「まあまあ。そう固いこと言うなって」
どこに行ってたのか、テスカが帰ってきた。
何があったかは知らないが、また気分を回復させて。
…昼ごはんでも食べてきたのか?
腹が減ると気分が落ち込み、腹が満たされると上機嫌になるとは、なんとも野性的だな。
あるいは、単純というかなんというか。
「部屋の隅でいじけられても、鬱陶しいだけなんだけど」
「それは…ごめん…。でも、考えないといけないことが、たくさんあって…」
「それは分かるけどさぁ…」
「これからのこととか、リカルのこととか、旅団のこととか…。師匠にも、どう顔向けしたらいいのか分からないし…」
「なーにがどう顔向けしたらいいのか分からないだ、このバカ!」
「えっ?」
と、次の瞬間、テスカが誰かに殴り飛ばされ、危うくチビたちを踏むところだった。
そのあたりは、翡翠が上手くテスカを受け止めて、防ぐことが出来たけど。
「危ないだろ!何してんだ!」
「おっと、子供がいたのか。無事だったかい?」
「無事じゃなかったら、こんな落ち着いてないよ!」
「まあ、少し興奮気味ではあるけど、確かにね」
「…お前は、テスカの師匠か」
「えっ?テスカの師匠…?」
「そうだよ。あなたが、ここの衛士長の紅葉だね」
テスカを殴り飛ばすほどの力の持ち主なのに、実に線の細いやつだと思った。
それに、薄化粧をし、女物の着物を着ていて。
…事前に話を聞いていても、とても男には見えない。
「あたしは松風。よろしくね」
「松風…?本名?」
「源氏名だろ」
「そう。よく分かったね」
「いやいや…。源氏物語第十八帖だろ…」
「本名は泰斗っていうんだけど、まあ、それは男として活動するときに名乗ることにしてる」
「ふぅん…」
「それで、今日は何の用だ」
「ふん。バカ弟子に喝を入れてやろうと思ってね。飛んできたってわけよ」
「………」
「いつまでその子に抱きついてんだ。もう一発殴ってやるから、さっさと立ちな」
「師匠…。申し訳ありません…。大事な家族を…」
「お前の泣き言なんて聞いてねぇんだよ。さっさと立てって言ってんだ」
「松風さん…。泰斗さんになってるよ…」
「おっと。…いや、この際関係ないな」
松風は、今にも折れそうな細い腕でテスカの胸ぐらを掴んで、目の前まで引き寄せる。
どこにそんな力があるのかと思うが、まあ、他人から見れば、私も似たようなものだろうから、あまり何も言えない。
「いつまでメソメソしてるんだよ。そんなんで団長が務まるのか?」
「や、やっぱり、私には重荷だったんです…。師匠の代わりなんて…」
「私は、お前をそんな軟弱野郎に育てた覚えはないぞ!」
「ま、待てって!」
またテスカを殴ろうと大きく振りかぶった腕を、翡翠が止めて。
松風は翡翠を睨み付けるけど、全く怖気付かずに睨み返してくるのを見て、手を下ろした。
「なんだ。邪魔をするな」
「いくら師弟だからってな、テスカは女の子なんだぞ。痣でも残ったらどうする気なんだ」
「ふん。女ってガラかよ、こいつが。怪力だし、不器用だし、料理ひとつも出来やしない」
「だから女じゃないって理論にはならないだろ。テスカから手を離せ」
「代わりにお前が殴られるってんなら離してやる」
「僕を殴って気が済むなら、そうすればいい。でも、もうテスカは殴らせない」
「………」
「いい度胸じゃねぇか。覚悟しろよ」
松風はテスカを離すと、軽く勢いをつけて、翡翠の右頬を殴る。
…左利きなんだな、こいつ。
大袈裟で無駄な動きは全くなく、的確に狙うべき場所を捉えている。
そして、さっきテスカを殴った、殴ろうとしたのは右だった。
いちおう、手加減はしていたということか。
「…ふん。あいつと同じか、お前も」
「あいつってのが誰かは知らないけど、僕と同じようなやつはいくらでもいる」
「はぁ…。もう気が削げた。今日は終わりだ」
翡翠は、かなりの一撃をもらったはずなのに、微動だにしなかった。
右で殴られたテスカが軽く錐揉みしたくらいなのに、利き手であろう左で殴られて、それ以下ということは考えられない。
おそらく妖術の類だろうが、殴れと言っておいて、そんな術を使うようなやつでもない。
自衛のために、自動的に出てきたというところか。
…松風は、もう一度テスカを睨み付けると、その場にどっかりと座り込んで。
「泣かなくなったのだけは、成長かもしれないな。泣き虫テスカが」
「………」
「なんてったかな。座敷わらしだっけ?あたしには妖力ってのが全くないから、防御の妖術を貫通して、そういったやつらを傷付けることは出来ないんだって。それが分かってて、代わるなんて言ってたのか?」
「いや。素でそれだけの力を持っていたら、認識出来ないほどの弱い妖力でも、術の上から殴り飛ばすくらいは充分出来るからね。松風さんに妖力が全くなかったっていうのは、ある意味で幸運だったよ」
「ふん…」
「テスカ、痛むところはない?痣は?」
「いや…。大丈夫だ…」
「あたしが痣を残すようなヘマをするわけないだろ」
「万一ってこともあるだろ。あれだけの力で殴っておいて、よくそんなことが言えるよ…」
翡翠は、痣は残っていないかとテスカの顔を覗き込んだり、腕や足を押さえて痛むかどうかを聞いたりしている。
それを見て、松風は不満そうにため息をついて。
「蒼空の危機だと聞いて急いで戻ってきたけど、お前は相変わらずだな」
「すみません…」
「謝罪の言葉なんて要らねぇんだよ。…まったく、それじゃあ確かに、フィルィに会わせる顔すらないわな」
「………」
「まあ、今はあまり時間がない。ヤゥトにだって行かにゃならんし、セルタにも一言言っておかないと気が済まない」
「セルタは…今回は、嫌な匂いがするから辞退すると…」
「それだよ、それ!お前を除いて、蒼空では一番強いくせして、何かを察知するとすぐに逃げやがる。お前はともかく、フィルィを置いてだ!そんな甘ったれた根性をしてるやつは、蒼空には要らないってガツンと言ってやらんことには、あたしの気が済まない!ついでに、草平の爪の垢も持っていって、あいつに食わせてやろうか!」
「師匠は、フィルィが好きなだけでしょ…」
「そうだ。孫弟子を可愛がって何が悪い」
「………」
フィルィやセルタやソウヘイというのは、蒼空の団員のことだろう。
フィルィはテスカの弟子、セルタは狼使い、ソウヘイは座敷わらしかな。
それから、テスカと松風を合わせて、五人の傭兵旅団。
これが、旅団蒼空のようだった。
「フィルィを傷付けた、その工作員とかいうやつも、絶対にブチのめす」
「………」
「よし、もう行く」
「えっ。は、早すぎますよ、師匠…」
「何言ってんだ。こっちの仕事も押してるから、さっさと終わらせないと」
「で、でも、蒼空は、やっぱり師匠が…」
「蒼空はお前に全てを任せたんだ。あたしは、今は顧問ってところだから、団長じゃない。…蒼空の団長は、誰でもない、お前なんだよ、テスカ」
「そ、そんな…」
「あいつらには、回復したらこっちに集まるように言っておく。お前は、それまで、団長としてするべきことを考えておけ。分かったな」
「で、でも…」
「分かったな」
「はい…」
「よし。…紅葉と、座敷わらしのお前。迷惑を掛けたな。テスカはまだまだ半人前だし、至らないところはたくさんあると思うけど、出会ってしまったのは運命だと観念して、こいつの面倒を見てやってくれないか」
「ああ、そのつもりだよ」
「そう言ってくれると思った。まあ、いつかは分からないけど、また会うことになると思うから。そのときは、またよろしくな」
「もう騒ぎは起こしてくれるなよ」
「善処する。じゃあな」
そう言うと、松風は屋根縁の方へ走っていき、そのまま柵を蹴って飛び降りて。
空を飛べる種族ではなかったけど、慌てて追い掛けていった翡翠が呆れた顔をして戻ってきたから、どうやら何か秘策があったらしい。
「なんか布を広げて、ムササビみたいに滑空していったよ…」
「そうか。まあ、そのまま飛び降りても、普通に着地してそうだけどな、あいつは」
「はぁ…。なんか、台風みたいな人だったね…」
「そうだな」
翡翠はどっと疲れたのか、さっきの騒ぎも関係なく寝てる三人の横に寝転がって。
一番手前に寝てるりるの頬を引っ張ったりして、気を紛らせている。
「翡翠…」
「ん?」
「その…。ありがと…。庇ってくれて…」
「まあ、庇うとか、そんなつもりじゃなかったんだけどね。目の前で女の子が殴られそうになってるのを見て、ジッとしてられるほど、精神は強くないんだ」
「そう…か…」
テスカは、またすっかり落ち込んでしまったようで。
ただ、表情は、さっきまでよりは明るいように見えた。
…それが、何によるものかは分からないけどな。