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厨房に着くと、美希が葱を刻んでいた。
味噌汁にでも入れるんだろうか。
葛葉が席に着いたところでようやく気付いたのか、手を止めてこちらを向く。
「昼ごはんか?」
「ああ」
「もう少し待ってくれ。今、味噌汁を温め始めたところだから」
「じゃあ、待たせてもらおうかな」
「そうだね」
翡翠と、葛葉を挟むようにして座る。
葛葉は待ち切れないのか、もう箸入れに手を伸ばしていて。
「んー…」
「ほらほら、倒すだろ。…はい、これ」
「ん~」
「翡翠、葛葉の好きな箸が分かってるんだな」
「まあね」
「そんなのがあるのか?」
「紅葉は、もう少し注意を払うべきだな」
「そうかもしれないな…」
「葛葉は、こうやって、ここに梟の模様を彫ってある箸が好きなんだ。その次が花の模様」
「ふぅん…。なんで梟なんだ?」
「福を呼ぶからじゃないの?」
「目が真ん丸で大きくて、可愛いからだろ。ほら、意匠で彫られてる梟は特徴付けがされてるからな。な、葛葉」
「うん」
「へぇ、さすが美希だね」
「これくらい、調理班なら知ってて当然だ」
「でもさ、女の子だったら、花とか兎とかの方が好きそうだけど」
「葛葉にとっては、あんまり可愛くないからだろ。兎は、可愛いというか、むしろ遊び相手だろうしな。花とか兎が好きな子もいるけど、葛葉はそうじゃないってだけだ」
「ふぅん…」
「他の子はどうなんだ?たとえば…りるとか」
「おかーさん!」
ちょうど、りるが厨房にやってきて、私に飛び付いてきた。
とりあえず、隣に席を移動して、私のいた席に座らせる。
「りるは、大人用の長い箸が好きだな。色は黒。意匠は少ない方がいいが、真っ黒はダメ」
「注文が多いな、お前は…」
「んー?」
とりあえず、私の箸がそれに近かったから、渡しておく。
すると、早速箸を持って、食べる体勢は万全のようだった。
「うーん…。あんまり箸は関係ないみたいだけど…」
「じゃあ、それを取り上げて、別の箸を持たせてみろよ」
「えぇ…。可哀想だし、いいよ…」
「なら、真相は謎のままだな。…よし、とりあえず、おかずだけ」
「肉じゃがか、今日は」
「夕飯にも出るからな。早々に飽きないようにだけしておけ」
「肉じゃが~」
「紅葉、ご飯をよそってやってくれ。私は味噌汁をよそうから」
「はいはい…」
立ち上がって、ご飯釜の方へ。
しゃもじを取って、茶碗とどんぶりを前にしたところで、そういえば、葛葉もりるもよく食べるよなと思い出して。
どうしたものか、翡翠か美希に聞こうと振り向くと、サンがいつの間にか増えていて、私の肉じゃがを食べていた。
「葛葉とりるは、どんぶりに入れてやれ。サンは、茶碗に気持ち多めで。それは、どれを使っても大丈夫だから」
「そうか…」
「あとな、サン。それは紅葉のだ。新しく入れてやるから、ちょっと待ってろ」
「えぇー…」
「ちょっとの間も我慢出来ない子なのか、お前は」
「むぅ…」
「よしよし、いい子だ」
とりあえず、どんぶり二杯と、茶碗に気持ち多めが一杯、普通のが二杯。
二つずつ持っていって、それぞれの前に置く。
…しかし、箸を選んだり、ご飯をよそったりするだけでも、こんなにも私は何も知らなかったのかと思ってしまう。
サンに食べられて、肉がほとんどない肉じゃがを突つきながら、そんなことを考えて。
「サン。肉ばっかり食べてたらダメだって、いつも言ってるだろ」
「だって、美味しいんだもん…」
「それはそうかもしれないけどな」
「りるもお肉欲しい!」
「ダメだ。みんな同じ分だけだ」
「うぅ…」
「唸るやつの肉は取り上げるぞ」
「唸ってない!唸ってないもん!」
「じゃあ、静かに食べることだな」
「はぁい…」
「まったく…」
「…美希は、みんなのこと、いろいろ知ってるんだな」
「ん?あぁ、いや、ごはんに関しては、そりゃ紅葉よりは知ってるだろ。いつも見てるし」
「オレは、みんなの箸の選び方も知らなかった」
「箸の好き嫌いなんて、本当に細かいことだろ。私は、もっと大事なことを、紅葉は知ってると思うけどな」
「もっと大事なことねぇ…」
「一人で全部を知ってやる必要はないと思うけどな。私が知ってること、翡翠が知ってること、紅葉が知ってること。全部足し合わせて、こいつらが知ってほしいと思ってることを網羅出来たら、それでいいと思う」
「私が知ってることって何なんだろうな…」
「さあな。それは、そのときにならないと、自分でもなかなか思い出せないことだと思うし、表に出てこない限りは他の人にも分かりっこない。まあ、だから、考え込むことでもないんだろうな。そのときになったら分かるのなら、それまでは考えなくてもいいってことだろ」
「そうなのかな…」
「どっちにしても、私はこの子の何をどれだけ知ってる、とひけらかすものでもないし。それに、紅葉は、この子たちのことをよく知ってやってると思うよ。箸の選び方とか、何にご飯をよそえばいいのかとか、そんなことは知らなくても」
「ふむ…。でも…」
「だから、それはそのときにならないと分からないんだって。今は、ごはんが冷めないうちに、早く食事を済ませることだけを考えていればいい」
「はぁ…。そうかもしれないな…」
「…羨ましいよ、私は。紅葉ほどのやつが、まだ、これ以上こいつらを愛するためには…なんて考えてるっていうのが。前にも言った気がするけどな」
「ふん…。私なんて、まだまだだよ…」
「ふふふ、そうか」
美希はニッコリと笑うと、また葱を刻みに戻っていった。
隣を見ると、サンが、小さな花が描かれた白塗りの箸で、ジャガイモを取ろうと四苦八苦しているところで。
…仕方ないな。
小さく切り分けてやると、サンは嬉しそうに笑って。
「お母さん、ありがと」
「大きいものは、小さく切り分けてから取るんだ。そしたら、取りやすいだろ?」
「うん」
「まあ、ジャガイモは固いからな。切れなかったら、私が切ってやるから」
「分かった」
「…お前は、糸こんが好きなのか?」
「糸こんも好きー」
「そうか。ほら、私のをやるよ」
「でも、サン、お肉食べちゃったから…」
「いいよ、そんなの。私は、お前たちがたくさん食べて喜んでくれるのが、一番嬉しいから」
「んー…」
「たくさん食べないと、大きくなれないぞ」
「うん…」
糸こんにゃくをサンの器に移すと、少し複雑な顔をしていたけど。
頭を撫でてやると最後には笑ってくれて。
うん、これだな、やっぱり。
…でも、美希はああ言うけど、私はそうは思えない。
さっきのを見るだけでも、美希や翡翠の方が、よっぽどこいつらのことを知っていて。
羨ましいのは私の方だ…。
愛し足りないとは言わないが、もっと愛してやれるんじゃないかと思う。
もっと、こいつらを…。
もっと…。