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「紅葉、加奈子を知らないか?」
「ん?澪か」
「そんなに加奈子が大事なら、お得意の妖術でも掛けておいてやったらどうなんだ?」
「むぅ…。翡翠には聞いてないだろ…。あと、妖術はまだ練習中で…」
「そうかそうか。愛する許嫁には、未完成の妖術なんて掛けられないってか」
「ち、違っ!紅葉も好きだからな!」
「えぇ…。そっちなんだ…」
「そりゃ、あのときは未完成だったかもしれないけど…。でも…!」
「はいはい、分かった分かった…」
「うぅ…」
「加奈子は、まだ街だと思うぞ。今日は、例の伝言板を取りに行くって言ってたらしいし」
「ふぅん…。そうか、分かった」
「あんまり付き纏ってると嫌われるよ」
「つ、付き纏ってなんかない!」
「はぁ…。いちいち大声を出すなよ…」
「翡翠のせいだろ!」
「分かった分かった…。もうどっか行け…」
「何なんだよ、まったく…」
「澪、今日は、かなとあそぶの?」
「ん?いや、遊ぶってわけじゃないけど…」
「葛葉は、ねーねーとあそぶんだよ」
「ふぅん。…ねーねー?」
「オレのことらしい」
「そうか。まあ、ねーねーってかんじがするしな、うん」
「…澪、適当言ってるでしょ」
「う、五月蝿い!」
「図星かぁ。可愛いなぁ」
「うぅ…翡翠なんて嫌いだ!」
「いてっ!」
澪は、翡翠の頭を一発殴ると、半ベソでどこかへ飛んでいってしまった。
まったく、どっちも子供だな…。
「いったぁ…。思いっきり殴ってったぞ…」
「自業自得だ、お前は」
「なんだよ…。ちょっとからかっただけだろ…」
「ふん。そんなことを言うようでは、お前もまだまだだな」
「うぅ…」
「まったく…」
「いたいのいたいの、とんでけー」
「えっ、あ、葛葉…」
「翡翠、いたいのなおった?」
「あぁ…うん、治った治った」
「えへへ。葛葉が、いたいのとばしてあげたんだよ」
「そうだな。ありがと、葛葉」
「ん~」
翡翠に頭を撫でてもらって、すっかり上機嫌のようだった。
ニコニコと笑って、翡翠に抱きついたりもして。
「甘えん坊さんだな、葛葉は」
「えへへ」
「可愛いなぁ、本当に」
「んー」
「ん?」
「でも、翡翠は、おちちない」
「えっ?お乳?」
「さっき、テスカに抱き締めてもらってたんだ」
「あぁ…。まあ、僕は男だからね…。固い胸板でごめんな」
「ねーねーの方が、やわらかい」
「紅葉は女だし。胸がなくたって、柔らかいは柔らかいだろうな」
「なんだ、その言い方は」
「だって、実際にないじゃん」
「見るな。減る」
「あはは。これ以上、減りようが…いってーっ!」
思いっきり殴ってやる。
もちろん、葛葉は避難させておいて。
翡翠は頭を抱えて転げ回っているが、まあ、いい気味だな。
「紅葉は無駄に妖力が高いんだから、少しは手加減してくれよ…」
「誰が手加減なんかするか」
「いってー…。葛葉…。また頼むよ…。妖力の痛みは、そういうまじないがよく効くから…」
「ダメだ、葛葉。あいつに近付くと、バカが伝染るぞ」
「翡翠はバカなの?」
「大バカだ。ほら、こっちに来い」
「うん…」
また座って膝のところを叩くと、少し迷いながら、私の方にやってきて。
でも、抱きつくときは、いつも通り勢いよく。
「ねーねーが一番いい」
「そうだろ」
「おちちないけど」
「それはもういいだろ…」
「ん~」
「…そういえば、最近はどうだ。友達は出来たか?」
「いっぱい出来た!」
「そうか。よかったな」
「昨日はね、みんなで当たりをやったんだよ」
「知ってるけどな」
「いっぱい、いっぱい、走ったんだよ」
「楽しかったか?」
「うん!」
「そうか」
「…なんか、仕事が忙しくて普段なかなか構ってあげられない父親と、最近遊び盛りになってきた娘の会話みたい」
「お前は黙ってろ」
「………」
「撫子がね、ふしぎな力を使ったらね、翡翠がすっごくおこったんだよ。ズルっこはダメだって。葛葉も、ズルっこはダメかなって思ったんだけど」
「そうだな。ズルはダメだな」
「えへへ。それでね、りると千秋の二人がすっごくはやかったんだよ。撫子のふしぎな力を使ってるみたいに!」
「へぇ。まあ、あいつらは息が合ってたみたいだしな」
「あとね、かなが走るのがはやくて、ナナヤがいっしょけんめい走ってるんだけどね、それでもおそいって言ってた」
「ナナヤは運動不足だからな。もう少し、身体も引き締めた方がいいと思うんだけど」
「まあ、ぽっちゃりしてるって言っても、どことなく、どこというわけではないけど、少しシュッとしてる方が、男たちのウケはいいと思うしね。ナナヤは、別にぽっちゃりしてるってわけじゃないけど、同じじゃないかな」
「彼女もいないくせに、女を見る目だけは肥えてるんだな」
「うっ…。その話は、今は関係ないだろ…」
「どうだか」
「ねーねー」
「ん?あぁ、続きを聞かせてくれ」
「うん。それでね、サンは、ピューって飛んでおいかけたかったんだけど、光はそれもズルだって。ニニンサンタクだから、ちゃんと二人で走らないとダメだって言ってた」
「二人三択って…。一人目を選ぶか、二人目を選ぶか、どっちも選ばないか…」
「黙ってろ、翡翠」
「はい…」
「翡翠は、リカルといっしょだったんだよ。ニニンサンタクなのにね、走るのがすっごくはやかったんだよ。りると千秋よりはおそかったけど」
「ふぅん。さすが恋仲だな」
「だから違うって!そんなこと言ったら、またテスカに目を付けられるだろ!」
「大丈夫だ。今は話を聞いてない」
「そういう意味じゃなくて…」
テスカは、また部屋の隅でどんよりとしていて。
うっかり近付いたら、カビでも生えるんじゃないかという雰囲気だな、あれは。
いろんな意味で近付きたくない。
…まあ、いつまでもそんなことは言ってられないんだけど。
団員が回復し次第、こちらに向かわせるようにしようか。
本当に、今テスカが思ってる通りのテスカになってしまったのか、確認する必要もあるしな。
もうついていけないと言うなら、こっちで引き取って、一から立て直すという方向で行ってもいいんだけど。
たぶんそうはならないだろうと、私は思う。
「ねーねーも、こんど、いっしょに当たりしようね」
「そうだな。また機会があったらな」
「紅葉が参加すると、なんか壮絶な当たりになる気がする…」
「まあ、オレも負けたくはないからな」
「大人気ないなぁ…」
「本気の相手には、本気で挑まないと、失礼に値する」
「子供相手に何言ってるんだか…」
「子供相手でも、だ。まだまだ甘いな、翡翠も」
「はいはい…」
「ねーねー、それでね…」
それからしばらく、昨日の当たりについて、葛葉からの報告を受けることとなった。
ときどき、翡翠の補足なんかも入ったりして。
…しかし、リカルの名前が出るたびに、微妙ながら反応するのはやめてほしい。
聞きたいなら聞きたいで、こっちに来ればいいのに。
まあ、でも、簀巻きで転がされた夜の記憶も思い出されるのかもしれない。
だから、こんな中途半端な位置関係なのかもしれないな。