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前を歩く小さな影が二つ。
朝日の逆光を浴びてるのを見てると、何か神々しいかんじがしないでもない。
「………」
「かな、はやいよ」
「……?」
「ねーねー、はやくー」
「はいはい」
葛葉に催促されて、少し小走りで。
でも、二人はどんどん先に行ってしまうので、結局距離は変わらない。
「かな、どこに行くの?」
「……?」
「どこに行くもないと思うけどな。朝の散歩だろ」
「ふぅん、そっか。さんぽは、葛葉も好きだよ」
「そうだな」
「あっ。師匠ですっ」
「秋華だー」
「………」
「葛葉ちゃんと加奈子ちゃんも、おはようございます」
「おはよー。今日も、どーぞーに行くの?」
「道場ですよ。今日も道場です」
「ふぅん」
「葛葉ちゃんは、今日は何をするんですか?」
「葛葉は、うーんと…ねーねーとあそぶ!」
「そうですか。お姉さまと」
「オレのことだけどな」
「えっ!師匠、葛葉ちゃんのお姉さまだったんですか?全然知らなかったです…」
「まあ、姉といえば姉だけど、お前、まだ寝惚けてるんじゃないか?」
「はっ、えっ?あぁ…血縁関係ではないんですね」
「ああ」
「今日は、ねーねーとあそぶ!」
「分かったから、まとわりつくな…」
足にしがみつく葛葉を抱き上げて。
すると、加奈子も近付いてきて、催促するように手を上げて跳ねる。
…葛葉はいいけど、加奈子はさすがに重いと思うんだけど。
まあ、とりあえず抱き上げてみる。
「わっ、師匠、すごいですっ。二人もっ」
「いや、かなり重たいから…。葛葉、頼んでいいか?」
「あ、はいっ」
「よっと…」
「秋華ー」
「えへへ。葛葉ちゃん、重たくなりましたね」
「んー」
「でも、身長は、私よりもまだちっちゃいですっ」
「力が入ってるな」
「はいっ。…って、違いますよ!私は、別に、ちっちゃいとか、そんなこと、全然気にしてないですから!」
「はいはい。お前はまだまだ大きくなるんだから。大丈夫だよ」
「うぅ…」
「えへへ、秋華ー」
「わっ、危ないですよ、葛葉ちゃん!」
「んー」
葛葉に抱きつかれて、秋華はフラフラとしてる。
何がそんなに嬉しいのかは分からないけど、嬉しいならそれでいい。
「………」
「嫉妬してるのか?」
「………」
「まったく…。蛇の気性か?」
「………」
「いたた…。分かった分かった…」
加奈子も、葛葉に対抗してか、グイグイと抱き締めてきて。
まったく、こいつもまだまだ子供だな…。
「そうだ、秋華。どーぞー行かなくていいの?」
「あっ、そうですっ」
「今日は、だいぶゆっくりだったな」
「はい。師匠がここまでいらっしゃっていたので」
「そうか。じゃあ、毎日散歩に出てみようかな」
「えっ、そんなっ。わざわざ私なんかのために、師匠を早起きさせてしまうなんてっ」
「早起き自体は悪いことじゃないからな」
「し、しかし…」
「ふふふ。まあ、考えとくよ。お前とも、またゆっくりと話をしたいしな」
「は、はいっ!」
「じゃあ、行ってこい」
「はいっ!行ってきます!」
葛葉を降ろして一礼すると、元気よく走っていってしまった。
それを、三人で見送って。
…可愛い愛弟子だよ、まったく。
「ねーねー。おなかすいた」
「そうだな。加奈子も帰ろうか」
「………」
「まだ怒ってるのか?仕方のないやつだな…」
「なんでおこってるの?」
「なんでだろうな」
「んー…」
「別に考えなくてもいいからな…」
眉間に人差し指を立てて考え込む葛葉の頭を撫でてやる。
どこでそんな格好を覚えてくるのかは知らないけど…。
とりあえず、貼り付いて離れない加奈子はそのままだっこしておいて。
余ってる方の手を葛葉と繋いで、城へと帰っていく。
部屋に着いたところで、やっと加奈子が離れる。
…離れたはいいが、そのまま布団を被って不貞寝を始めた。
それを、今起きたらしい風華が、何か物珍しそうに眺めて。
「…何してんの、加奈子」
「さあな。不貞寝じゃないか?」
「不貞寝?また姉ちゃん、何かやったの?」
「またって、人聞きの悪い…」
「お母さん」
「あ、葛葉。起きてたんだ、珍しい」
「むぅ…。めずらしくないもん…」
「えぇ、そうかな?いつもお寝坊さんなのは、誰だろうなぁ」
「うぅ…。お母さんなんてきらいだもん!ねーねーとあそぶ!」
「そう。じゃあ、私は加奈子と遊ぼっかなぁ」
「………」
「いてっ…」
接近を察知した加奈子に、布団の中から蹴り上げられてるけど。
それを見て、葛葉はケラケラと笑ってる。
「ご機嫌斜めだね…」
「…ちょっと羨ましかったんだろうな」
「えっ?何が?」
「葛葉はまだ小さいし、思いっきり甘えられるけど、加奈子くらいになったら、なかなかそうはいかないだろ?」
「あぁ…。そんな理由で?」
「まあ、たぶんな。でも、そんな理由でも、加奈子にとっては大問題なんだろうよ」
「そうかもしれないけどね」
亀のように布団の中で丸くなって、ときどきモソモソと動いている。
そんな様子を見てると、葛葉よりも年齢を少し重ねているとはいえ、やっぱり子供なんだということが分かってしまうようで。
…それが、可愛くもあるんだけどな。
「まあ、しばらくこうさせておこう」
「そうだね。無理矢理引き剥がしても、ますます怒るだけだし」
「ああ」
「ねーねー、ごはんー」
「まだ当番は来てないんじゃないかな」
「オレもそう思う」
「うぅー…」
「早く起きるだけ損だね、ここは」
「朝ごはんに関してはな」
「はぁ…。当番の瞼に山葵を塗ってやりたい気分だよ…」
「まあ、罰則として考えておこう」
「いやいや…。言っといて何だけど、いろいろと危ないから…」
「そうか?」
でも、それくらいしないと、本当に起きないだろうしな。
いや、しても起きないか。
…とりあえず、腹を出して寝てるりるの寝間着を整えて、布団を掛けておいてやる。
また下着を穿いてないけど…。
まあ、それはいい。
「行くだけ行ってみる?」
「そうだな」
「おなかすいたー」
「はいはい。分かってるよ」
風華が寝間着から着替えてる間に、みんなの様子を見て回って。
ナナヤだけは何か腹が立ったので、間抜けな寝顔に枕をそっと乗せておく。
「窒息するよ」
「大丈夫だろ、たぶん」
「もう…」
加奈子は眠ってしまったようだ。
静かになった布団を、きちんと整えてやって。
起きたら、ちゃんと機嫌を直しておいてくれよ。
…それから、一足先に行ってしまった葛葉を追って、風華と一緒に厨房へと向かう。