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私の挨拶は軽く済ませ、利家に譲ろうとしたが、利家もあっさりしたもので。
「もうちょっとやっても良かったんじゃないか?」
「長い挨拶ほど退屈なものはない。あまりに長すぎて、ごはんが冷めるのも勿体無いからな。それに、こうやって食卓を囲んでいる方が交流も出来るし」
「そうかもしれないけど…」
…まあいいか。
みんな、楽しそう。
代表という重き荷を下ろしてゆっくりできる、数少ない時間だもんな。
「あんまり近寄ると、ぶっ飛ばすのら~」
「ワゥ」
…あんまり忘れられるのも困るけど。
酒に酔った空は、明日香とおかずの取り合いをしていた。
「明日香。あとでまた貰えるだろ。それに、いくら美味しくても、人間の食べ物はお前には毒だ」
「………」
そして、渋々といったかんじで空の皿から下りる。
「よしよし。良い子だ」
「………」
「拗ねるなよ」
「………」
「はぁ…。分かった分かった」
交換条件とは、ちゃっかりしてるな…。
まったく、誰に似たんだか…。
「そういえば、今日は桜も望も来ないんだな」
「あそこ見てみろ」
端の方の机を指す。
そこでは、新たに増えた人員に、何かを一所懸命に話す二人がいた。
様子からするに、この戦場で生き残る方法を伝授しているんだろう。
こちらをチラチラ見てるので、目標についても説明しているらしい。
…まあ、人海戦術とはよく言うけど、全く実戦経験がないようなヒヨッコがいくら束になろうとも、意味を為さないだろう。
たとえ、桜が鬼才の将であっても。
「今日はもう来ないだろうな」
「そうなのか?」
「ああ。優秀な兵士は、戦わずとも相手との力量の差を見抜くものだ」
「……?」
桜、望の二人だけならともかく、多人数に加えて足並みが揃わないとなれば、結果は見えている。
そんな勝負を挑むくらいなら、その時間を基礎固めに使うのが最良。
それが分からない二人ではあるまい。
「…まあ、今日はゆっくり食べられるってことで良いんだな」
「ああ」
しかし、各個人が力を持ってきたら大変だろうな。
そのときは、覚悟しなければいけないだろう。
嵐の前の静けさ、と言うのだろうか。
極上の夕飯は、もう少しお預けだな。
片付けが始まるか始まらないかというところで、広間を抜け出す。
子供たちは早々に部屋に帰っていったが、大人たちの酒宴はまだ続いていた。
各村特産の酒の良い匂いに打ち勝つのは至難の業だったが、なんとか耐えた。
酔って、あの案件を解決出来るとも思えないし…。
広場に行くと、やはり巨大な銀龍はそこにいて。
「出来るなら、夢であって欲しかったんだけど」
「……?」
首を傾げる姿を、不覚にも可愛いと思ってしまった。
いや、可愛いものは可愛いんだから、不覚も何もないだろ。
…誰に対しての言い訳なんだ。
「グルルルル…」
タシ、タシ、とゆっくり近付いてきて、私の腹に額を擦りつける。
甘えているんだろうな。
毛の流れに沿って丁寧に撫でてやると、満足そうに喉を鳴らす。
「あ、姉ちゃん。こんなところにいたんだ」
「ん?風華か」
「うん。広間にいると、どうにも耐えられなくて…」
「そうか。ちゃんと禁酒してるんだな」
「うん」
風華の歳で"禁酒"なんて言葉を使うこと自体おかしいんだけど。
「ところで、後ろのそれ、何?」
「銀龍だ」
「ふぅん」
私が触ってるからか、何の警戒もなしに近付く。
そして、ペタペタと頬のあたりを撫でてみる。
「グルルルル…」
「へぇ~。龍って、こんなに毛が生えてるんだね。それに、すごく柔らかい」
「ああ。まあ、鱗のやつもいるけどな」
「見たことあるの?」
「昔に一回だけな」
「ふぅん」
風華は、興味津々といった風にあちこちを見たり触ったりするけど、銀龍は大人しく。
静かに目を閉じて、されるがままだった。
「尻尾の毛は結構硬いんだね。でも、たてがみはすごくフワフワ。手もガッシリしてるし。羽根は四枚。前の二枚は小さくて、後ろの二枚は強くて頑丈に出来ている。鼻先から額まではなだらかな曲線になってて額はだいぶ広いから、頭突きをよくするのかな」
「響に聞いたら、教えてくれるかもな。さっきちょっと聞いたんだけど、一般には気性が荒いみたいだ」
「この子は大人しいね」
「ああ」
「ウゥ…」
風華がその広い額を軽く叩くと、嬉しそうに前の翼を羽ばたかせる。
「あはは、可愛い~」
横に回って翼に触れる。
引っ張ってみたり、翼膜に触ってみたり。
銀龍の方もそれが楽しいのか、尻尾の先を上下させている。
「ん?」
龍の目の周りに隈取りのような模様が現れている。
…なんだ?
「龍紋。嬉しいとき、怒ったとき、哀しいとき。感情が昂ったときに出てくるんだ」
「ふぅん」
「わたしや光も出るんだよ。こう…」
そう言って、目の下をなぞる。
…いつの間に来てたんだろうか。
「どうするの?この子」
「そうだな…」
「え?ここで飼ってたんじゃないの?」
「そんなわけないだろ。夕飯の前くらいに迷い込んできたらしいんだ」
「じゃあ、飼ってあげようよ!」
「簡単に言うけどなぁ…」
「…この子は、行くあてはないって言ってるよ」
「でもなぁ…」
「お願い!姉ちゃん!」
拝み倒されても困る。
これだけの龍を養うには相当な量の餌もいるだろうし、家もない。
それに、最近ただでさえ出費がかさんでいるのに、これ以上抱え込むのも…
「良いんじゃないか?」
「え?」
「ただし、寝床と食べ物は自分で確保すること。お前と明日香とではわけが違うんだ」
「グルル…」
「ああ。それが出来るなら、ここにいてくれても構わない」
「………」
「いいよ、そんなの。あんな条件を呑んでもらってるんだ」
「ウゥ…」
「はは、そうかもな。でも、ごめんな。ちゃんと迎え入れてやりたいけど、今は無理だ」
「………」
「うん。ありがとう。よろしくな」
また何か夢でも見てるんだろうか。
…利家は龍と話していた。
響も話してたけど、それよりもずっと驚いた。
「ん?どうした?」
「兄ちゃん、この子と話せるんだね!」
「え?話せないのか?」
「わたしは話せるよ」
「そうか。響だけなのか…」
「ねぇねぇ、どうやったの?」
「紅葉に教えてもらった通りに。思ったよりも簡単なんだな」
「あ…そうなのか…?」
…あとでやってみよう。