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テスカは、相変わらず、リカルと翡翠の二人組を睨み付けていて。
そんなに気になるなら、今すぐにでも出ていって、翡翠を伸すなり、リカルを奪還してくるなりしてくればいいのに。
なんというか…ヘタレだな。
「はぁー…。休憩休憩…」
「なんだ、ナナヤ。もう疲れたのか」
「あ、お姉ちゃん。いたんだ」
「………」
「加奈子も座りなよ。あー、疲れた」
「……?」
「加奈子、走るの速いんだもん…。全然ついていけないよ…」
「運動不足なんじゃないのか?」
「そんなことないよ…。たぶん…」
「まったく…。訓練だって、最近やってないし」
「それは、お姉ちゃんだってやる気ないんじゃないの?」
「お前がやる気を見せてくれれば、オレはやりたくなくてもやってやるよ」
「はぁ…。そうですか…」
「………」
ななや、走るのおそい。
…まあ、ナナヤが、加奈子が速いと感じるなら、加奈子はナナヤが遅いと感じるだろうな。
表と裏の関係というやつだろうか。
「うぅ…。だから、私が遅いんじゃないって…」
「………」
「捕まえたー」
「おい、りる、危ないって」
「わっ、捕まった…」
「えへへー。あ、おかーさんだ!」
「千秋はりるとか」
「ああ」
「くじ引きも、たいがい適当だな…」
「そうか?俺は、ちょうどいいかんじだと思うけど」
千秋はそういいながら、りるとの足布を解いて。
解き終わると、りるはすぐに私に飛び付いてくる。
「おかーさん!」
「なんだ…。大きな声を出すな…」
「りるもかくれんぼしたい!」
「かくれんぼ?…いや、あいつはかくれんぼをしてるんじゃなくてだな」
「じゃあ、何してるの?」
「あっ。あの人ってさ…」
「ああ。昨日の騒ぎは、お前も知ってたか」
「当たり前だろ。あれだけ城でも騒がしくしてたし…」
「そうだな」
「…誰かを見張ってるみたいだけど」
「リカルの姉なんだよ。さっき、リカルと翡翠が来て、彼女だなんて言ったから」
「翡翠が?」
「リカルが、だよ」
「あぁ…。まあ、それは分かったけど…」
「そうそう。妹が心配なら、なんであんなところに隠れてるのさ」
「かくれんぼー」
「かくれんぼなの?」
「だから、違うって…。リカルに会うのを怖がってるんだよ。あいつは、強くて格好いいお姉ちゃんだって思ってるみたいだからな。今の弱い姉を見せて、リカルに幻滅させたくないんじゃないか」
「ふぅん…」
「かくれんぼー」
「かくれんぼがしたいなら、先生に言ってみろよ。当たりから変えてくれるかもしれないぞ」
「んー…」
「お姉ちゃんとやりたいんじゃない?」
「そうなのか?」
「お母さんは、何してるの?」
「オレは、哲学の講義を受けているんだ」
「テツガク?面白い?」
「まあ、オレは面白いけどな。哲学ってのは、考える学問だ。一所懸命に考えて、答えの出ない問題に挑戦するんだ」
「答えの出ない問題?どんなの?」
「今、考えてるのは、なぜ生きているのかってことだ」
「なんで生きてるか?」
「まあ、難しい問題だな、確かに」
「私はダメだなぁ、そういうのは」
「………」
生きてるから、生きてるんだよ。
…まあ、そうなんだけど、そういうことじゃない。
いや、ある意味では深い言葉なのかもしれない。
「あっ!」
「えっ、な、何?」
「いきなり大きな声を出すな」
「だ、だって、リカルが…」
「だから、そんなに気になるなら、直接翡翠に抗議でもなんでもしに行けよ」
「いや…それは…」
「なんだよ、はっきりしないやつだな。そんなんだったら、俺が呼んできてやるぞ」
「や、やめろ…。それは…」
「…なぁ、紅葉。こいつは何なんだ」
「さあな。まあ、今はこんなだけど、普段はかなり腕の立つ傭兵なんだぞ」
「ふぅん…。とてもそうは見えないけど…。というか、仕事はどうしたんだよ」
「そこまでは聞いてないか。…休業中なんだよ。こいつが団長を務めてた旅団ごとな」
「そうか…」
「………」
じゃあ、りかるとたくさんあそんであげられるね。
…まあ、それが出来れば一番いいんだけどな。
でも、今のテスカには難しいことなのかもしれない。
「そういえばさ、澪はどこにいるの?」
「なんでだ。用があるのか?」
「そういうわけじゃないけど、ほら、いつもお姉ちゃんにベッタリだったじゃない。今日はいないのかなって」
「大和に妖術の稽古でもつけてもらってるんじゃないか?」
「そうなの?」
「いや、知らないけど…」
「でも、妖怪って、体力の回復も早いんだね。昨日一昨日は、なんか今にも死にそうなくらいでへばってたのに」
「オレには、割と元気そうに見えたけど…」
「いいの、そういう細かいことは」
「ナナヤは大雑把だな、相変わらず」
「そんなことないよ。あ、それでさ、千秋」
「なんだよ」
「今度、この前言ってた本、貸してよ」
「いや、だから、あの本は図書館に寄贈したって言っただろ」
「あぁ、そうだった…。面倒くさいな、探すの…」
「受付に聞けば探してくれるだろ」
「えっ、そうなんだ」
「お前、それでよく今まで利用出来てたな…」
「前から面倒くさいとは思ってたんだけどさ。へぇ、最近はそんな仕組みになってるんだ」
「昔からだからな」
「まあまあ」
「まったく…」
「あっ!また…」
「五月蝿いなぁ。何に反応してるんだよ」
「だって、あいつ、リカルにピッタリくっつくんだぞ?」
「二人三脚なんだから当たり前だろ。何言ってるんだ」
「邪な気持ちでリカルに近付いているんだ…きっと…」
「何なんだよ、こいつは…」
「………」
やきもちやきだね。
ひすい、かわいそう。
…そうだな。
翡翠は、むしろ被害者だ。
「ォオン…」
「おい、テスカ。セトの毛をむしるのはやめてやれ」
「なんか、すごく過保護ってかんじだね」
「はぁ…」
翡翠とリカルの二人三脚が気に入らないくせに、焼き餅だけはしっかり焼いて。
それでいて、リカルの前に出ようとはしない。
もう、どうすればいいんだよ。
…セトの悲痛な鳴き声が、蒼い空の下に響き渡っていた。