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「生、あるいは、死について、古今東西様々な人間が熟考を重ねてきた。生物学的に言えば、自らの種を増殖、保存するために生き、その種が飽和しないために死ぬ…といったところだろうか。しかし、ある者は、生ある者は、いずれ来る死のために生きているのだと言った。生きていなければ死ぬこともない。つまり、今生きているのは、いずれ死ぬためである、と」

「………」


テスカは、半ば強引に桐華に連れ出されて、今は私と同じ哲学の講義を受けている。

その桐華はというと、広間の隅で寝てるけど。

あいつには、今日の講義は難しすぎたらしい。

…外で体育の講義を受けてくればいいとも言ったんだけど、眠たいとか言って昼寝を始めた。

まったく、子供より子供らしいかもしれないな。


「またある者は、生とは次の死までの第一の人生であると。これは輪廻転生の考えが基にあるようだ。死とは第二の人生の始まりであり、死が生の終わりであるように、生こそが死の終わりである、と」

「………」

「…さて、私が話すのを聞いているだけではつまらないだろう。今から少し、みんなにも考えてもらおうと思う。哲学は考える学問だ。考えないと哲学ではないからな。先人の考えを学ぶことも大切だが、自らも考えないと。じゃあ、みんな立とうか」

「えっ?」

「机の前に座って考えるだけが哲学ではない。停滞は死だ。いや…死とは何かを、今、考えるのだったな。まあ、考えるためには、新鮮な空気も必要だ。外に出て、少し生と死について考えてみよう」

「外だってさ、テスカ」

「えぇ…。私は…」

「なんでだよ。授業は真剣に聞いてたのに」

「それとこれとは…。リカルもいるんだろ…?」

「さあな。確認したのか?」

「いや、私はしてないけど…。紅葉は見たんだろ?」

「見てないけど」

「いたんだろ、リカル」

「自分で確認しろよ」

「なんで、そんな意地悪をするんだ…」

「どうしたんですか、お二人さん」

「あ…。先生…」

「先生なんてガラじゃないですけどね。どうです、外に出てみませんか。せっかく、私の講義を受けにきてくださったんですし」

「…あの、なぜ先生は、今は敬語なんですか?」

「講義中は、やっぱり箔を付けたいじゃないですか。ほら、こうやって普通に話していると、なんとも頼りない老人にしか見えないでしょう?」

「いや、そんなことは…」

「ふふふ。まあ、行きたくないと仰るのであれば仕方ないですね。強制は出来ませんし」

「いや、えっと…」

「生と死について。あなたたちも、是非とも考えてみてください。では、失礼いたします」

「あっ…」

「どうしました?」

「行きます、私も…」

「そうですか。では、行きましょう」

「は、はい…」


テスカは、先生の後ろについて。

まあ、私も行くとするか。

…リカルは、たぶん、まだ広場にいるだろうけど。

でも、会ってしまっても、そのときはそのときだ。

テスカも、いつまでもこんなままじゃダメなんだから。

お姉ちゃんとしての自分を、取り戻してくれるといいんだけどな。



空を見上げると、鳶が飛んでいた。

旅団蒼空も、またあんな風に空へ舞い上がるときが来るんだろうか。

…来るんだろうな、きっと。


「たとえば、この小さな草の芽も生きている。これからどんどん大きくなり、花を咲かせ、実を付け、種を残して枯れていく。その種はまた小さな芽を出し、大きくなって…。そういった生命の連鎖の中に、生と死はある。では、なぜ、我々は生きて、そして、死ぬのか。この大空の下にいる我々の、いかに小さなことか。しかし、生命の連鎖の中にある我々の存在も、遥か太古から連なってきた鎖の一部に過ぎない。だから、ここで考えるんだ。生とは何か。死とは何か。時間はたっぷりとある。散歩しながらでも、寝転んで空を見ながらでも、あそこの子供たちと遊びながらでもいい。ゆっくりと考えてみてくれ」

「はい」


先生が手を叩くと、みんなは思い思いの方へ散らばっていった。

私は引き続き、セトにもたれ掛かりながら、空をぼんやりと眺めて。

…テスカは、セトの陰に隠れるようにして、子供たちの様子を窺っている。

そんなにビクビクしなくても、あいつらはこっちのことなんて気にも止めていないけど。


「いる…。リカルがいるぞ…」

「リカルは妖怪やお化けじゃないんだから。挨拶してこいよ」

「バカか、お前は…」

「バカはお前だろ」

「むぅ…。反論は出来ない…」

「ふん」


今は、当たりの真っ最中のようだった。

ただし、二人三脚でやっている。

お互いに上手く連携を取れなければ、逃げることも、捕まえることも出来ないということだ。

…まあ、広場の端っこで医療班の連中が待機してるから、転んでも大丈夫ということだろう。

ときどき、そちらへ向かう子供もいる。


「あ、えじちょーさんだ」

「えっ、わっ、危ない!」

「うわっ」

「おっと」

「…何してるんだ、お前ら」

「何って、ねぇ?」


転びかけたリカルを、翡翠が上手く支えて。

それから、体勢を整えると、なんとも息の合った様子でこっちに歩いてくる。

…もちろん、テスカはセトの陰に完全に隠れてしまって。

まったく…。


「えじちょーさん、こんにちは」

「ああ、こんにちは。なんで二人三脚で当たりなんだ?」

「他者と連携するということを学ぶ訓練だってさ。二人組はくじ引きで決めたんだけど」

「ふぅん…。だから、お前とリカルか」

「あはは…。体格も全然違うのにね…。まあ、仕方ないよ」

「翡翠お兄ちゃん、彼女いないから、リカルが翡翠お兄ちゃんの彼女だね」

「え、えぇ…」

「なんだと」

「えっ…?紅葉、何か言った?」

「いや。オレは何も言ってないけど」

「そっか…。ちょっと寒気がしたんだけど…。気のせいかな…」

「さあな」

「まあいいや。それで、紅葉は何してるの?」

「哲学の授業を受けている」

「えっ?哲学?ここで?」

「ああ。考えるのにも、新鮮な空気は必要だからな」

「ふぅん、なるほど。何を考えてるのかは知らないけど、頑張ってね」

「どうも。お前らもな」

「うん」

「えじちょーさん、またね」

「またな」


そして、二人は慣れた足取りでまた戻っていって。

…しかし、こいつは、仕方のないやつだな。

隠れるなら隠れるで、徹底しろよ。


「今の、リカルの彼氏だっていうのは本当か」

「バカなんだな、お前。分かったよ」

「どういう意味だよ」

「面倒くさい。本当かどうか知りたいなら、翡翠にでもリカルにでも、どっちにでもいいから聞いてこいよ。今なら二人揃ってるぞ」

「いや、しかしだな…。じゃなくて、知ってるなら教えてくれよ」

「知らないから聞きにいけ」

「うぅ…」


まったく…。

妹のことがそんなに心配なら、自分で確かめに行ってもよさそうなものだけど。

まあ、今のテスカには難しいことなのかもしれないな。

…とりあえず、もう一度空を見上げて。

この姉妹がどこへ行くのか、思いを馳せてみる。

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