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「えぇ、じゃあ、ぼくのところと同じなんだね」
「旅団天照なんて、遥か雲の上の旅団だよ…。うちは、まだ五人しかいないし…」
「人数の問題じゃないって。どれだけ確実に任務を遂行出来る力があるか、だよ」
「今回の一件で、その力もないことが分かったけどな…」
「一回くらい大丈夫だって。しかも、それだけド派手に再起不能にしてきたんなら、むしろ、傭兵としての評判は上がってるんじゃないかな。新興旅団に依頼するときなんて、失敗してもともとくらいで依頼してくるからね。料金が安いから。確実に護衛してもらいたいなら、お金が掛かっても、もっと大きな旅団に依頼するよ」
「そうなのかな…」
「まあ、依頼主も、まさか大怪我をするとは思ってなかったかもしれないけど。人気の新興旅団に嫉妬して、工作を仕掛けるような頭の悪い旅団はたくさんあるからさ。そういうことを調べもしないで依頼してくる人もいないし、生きてるなら許容範囲内だと思うよ」
「そんなものなのか…?」
「そんなものだよ」
割とえげつないことを言っているんだけど、桐華は落ち着いた様子でお茶を啜って。
テスカは、まだ何か唸ってみたりしてる。
「不安なんだったらさ、立ち直るまで、旅団天照で支援してあげるよ。ユンディナ、ラズイン、天照の三大旅団って言われる旅団は、要請された場合は、新興旅団の管理と支援を行う義務があるんだ。ひとつの旅団につき一年、三つで三年って期間が設けられてるけど。まあ、ユンディナは医療、ラズインは商売、天照は護衛って風に全然違うから、普通は自分のところに合ったところで一年だけってのが多いけど」
「お前が仕事の話をするなんて、明日は槍が降ってくるんじゃないか?」
「そんなことあるわけないでしょ。それで、どうするの、テスカ?テスカが、旅団蒼空の団長なんでしょ?」
「今はな…。でも、もともとは師匠が立ち上げた旅団だから…」
「師匠がいないんだったら、テスカの旅団だよね?」
「それは…。でも、私より有能なやつらばかりだし…」
「どんな人たちなの?テスカを抜いて、あと四人だっけ?」
「師匠も抜いたら三人だ。一人は、紅葉にも話したんだけど、狼の群れを引き連れた狼使いで、うちの旅団の参謀のような役割を担っている。そいつと、大人の狼が二匹、その狼の子供が二匹の群れなんだけど」
「へぇ、狼使い。まあ、天照にも鷹匠とか犬使いがいるんだけどね」
「さすが天照だな…」
「まあね。で、あとの二人は?」
「一人は不思議な力を使うやつで、何もないところから武器を取り出したり、姿を消したり、この前は、狼の姿になってさっきのやつの群れに混じってた…なんてこともあった」
「えぇ…。それって妖怪とかじゃないの…?ほら、なんか大和みたいなかんじでさ」
「大和というのは…?」
「可能性はなくはないな」
「でも、妖怪といえば、たしか、あいつに一番最初に会ったとき、自分は座敷わらしだの何だのって言ってた気がするな」
「…じゃあ、ほぼ確実に妖怪だな、そいつ」
「そうなのか?座敷わらしって、小さな子供の妖怪じゃないのか?」
「いや、そうでもないな」
「ふぅん…」
翡翠とか。
自称座敷わらしなんてやつは、たぶん人間にはいない。
たいがいは、テスカも思っていた通り、小さな子供の妖怪だと思ってるだろうし。
「でもさ、その人が妖怪だとして、なんでやられちゃったの?なんか不思議な力が使えるんじゃなかったの?」
「あいつは、依頼主を庇って、一番最初に斬られたんだ…。私がしっかりしていないから…」
「そうなんだ…。じゃあ、最後の人は?」
「私の弟子だ。師匠は、私が弟子を取るなんて百年早いと笑っていたが、本当にそうだな…」
「弟子かぁ。どんな子なの?」
「ん?一所懸命で、前向きで、いつもニコニコ笑ってて…。まあ、可愛いやつだよ」
「ふぅん。…みんなのこと、よく知ってるんだね」
「そりゃ、私にとっては、血を分けた家族も同然だからな」
「じゃあ、それだけ旅団のみんなのことを分かってあげて、想ってあげてるんだからさ、テスカは立派な旅団長だよね」
「えっ?」
「それだけしっかりとみんなのことを説明出来るんだったら、立派な旅団長だよって言ってるの。ぼくなんて、本隊のみんなだけで精一杯なのに」
「いや、そんな、天照と比べちゃダメだろ…。本隊だけでも、人数は段違いだろ?」
「そんなことないよ。まあ、分隊と合流したりしたら、百人二百人集まることもあるけどさ。本当は、ぼくを抜いても十人くらいなんだよ」
「でも、分隊で何百人って集まるんだったら、そりゃ一人一人覚えてられないだろ…」
「ラズイン旅団のタルニアはね、団員全員の顔と名前を覚えてて、特徴とか特技もきちんと言えるんだって。ぼくも、そういう風になりたいんだけど、なかなか難しくて」
「ふぅん…。タルニア…か」
「まあ、また旅団をやってたら、会うこともあるかもしれないね」
「旅団をやってたら…。もう、やっていく自信がない…。みんなには申し訳ないけど…」
「そうなんだ。じゃあ、天照が貰っていくね」
「えっ…?」
「だって、勿体ないじゃん。話を聞いてるだけでも、有能そうな人たちなのに」
「そう…だな。有能なやつらだよ、本当に…」
テスカは、複雑な表情を浮かべる。
旅団天照ならば、確かに仕事も生活も安定するだろうし、新興の小さな旅団なんかよりもずっといいはずだ。
だけど、血を分けた家族も同然だと言ったテスカには、なかなか思い切りがつかないことでもあるのには違いないだろう。
「…なんてね。そんな切なそうな顔されたら、貰えるものも貰えないよ」
「えっ…。でも…」
「自信持ちなって。テスカは、ぼくなんかよりもずっと、団長らしいよ。上手くやろうなんて思わないでさ、みんなで旅団蒼空を作っていけばいいんだよ」
「みんなで…」
「一度や二度の失敗でへこたれちゃダメ。みんなが帰ってきたらさ、もう一度頑張ろうよ」
「もう一度…。でも、帰ってきてくれるのかな…」
「帰ってきてくれるよ。テスカが、それを望んでいるならね」
「………」
「ほら、暗い顔しないの。もっと笑顔で」
「や、やめろよ…」
桐華は、テスカの頬を引っ張って、無理矢理笑顔にさせてみて。
笑顔というか、なんとも可笑しな顔になっているが。
…でも、いつかは、頬を引っ張ってもらわなくても笑顔を作れるように。
そうでないと、また旅団蒼空を立て直すことは出来ないからな。
「はい、笑って」
「だから、痛いって…」
「自分で笑わないからでしょ」
「はぁ…」
しかし、桐華の本領発揮といったところだな。
こいつには、なぜだか、人を惹き付ける魅力というのがある気がする。
いつもはお茶を飲んでのほほんとしているだけなのにな。
…まあ、その魅力が、こいつを大旅団の団長にさせているのかもしれないな。
まったく、長い付き合いだけど、いつまでも不思議なやつだよ、桐華は。