455
「旅団はいつからやってたんだ?」
「ほんの二年ほど前からだ。もともとは、私の師匠が立ち上げた旅団で…」
「ふぅん」
「師匠は、ここ一年ほど行方不明なんだ。ちょっと出掛けてくるとか言って…」
「所在も分からないのか?」
「いや…。行く先々で、師匠の話は耳にするんだけど…。師匠は師匠で、神出鬼没だから…」
「そうか」
「はぁ…。師匠、すごく怒るだろうな…」
「裏切ったやつは、いつから旅団に入ってきたんだ?」
「半年ほど前かな…。浪人で雇ってくれる先もないから、使ってくれないかって…」
「怪しいところはなかったのか?」
「怪しいところ…。真面目だったし、仕事熱心だったし…。でも、そういえば、今回の仕事は、あいつらが持ってきた仕事だったな…」
「そうか」
人目の少ない場所を通る仕事を選んできたのか、依頼主もそちら側の人間なのか。
まあ、その依頼主もかなりの大怪我をしているという話だし、前者の可能性が高いかな。
「師匠にいつも言われてたんだ…。私は人を信じすぎるって…。人を信じすぎた結果がこれだ…。師匠にも、会わせる顔がないな…」
「………」
「リカル…。ごめんな…」
「まったく…」
いつも、こんなかんじなんだろうか。
落ち込むときは、とことん落ち込んで。
昨日は、あれだけいろいろと喋っていたのに。
兆候はあったけど…。
一晩考えたせいか?
「師匠…。私は、やっぱり師匠がいないとダメみたいです…」
「お前、今日は卑屈の極みだな」
「師匠…」
「…師匠って誰なんだよ」
「………」
「まったく…」
「私の尊敬する人だ。傭兵として生き残る知恵や、女としての心得なんかを教えてもらって…。感謝してもしきれない」
「師匠は女なのか?」
「いや、男だけど」
「…じゃあ、女としての心得って?」
「紅葉や風華が昨日言っていた、オカマが一番近いかもな。師匠自身は、自分は女だと言っていた。それに、そんじょそこらの女じゃ太刀打ち出来ないくらいの美形でな。女の格好をしていれば、誰も男だとは気付かないくらいだった」
「ふぅん…」
「旋棍が上手くて、私は一度も勝ったことがない」
「お前も旋棍を使うのか?」
「まあ、使うこともあるけど、素手と半々といったところだな」
「ふぅん…」
「紅葉は、旋棍も扱えるのか?」
「ある程度はな。戦闘班は、もともと戦をするために作られた部隊だから、あらゆる武器に対応出来るように訓練されているんだ。今はあんまりやってないけど」
「戦では、何を相手にするか分からないからな…。動物を使う者もいるようだし」
「私は好かないがな、そういうやり方は。飼い慣らして訓練した犬や狼なんかを使うんだろ。あいつらは、人間よりもよっぽど強い」
「ああ。私の旅団にも、狼の群れを率いているやつが一人いるんだけどな。今回の任務は嫌な匂いがすると言って、辞退していた」
「まあ、群れを守るための正しい判断だったというわけだ。ああいうやつらは、こういうときに、一番先に毒を盛られたりするからな」
「ちゃんとあいつの言うことを聞いておけばよかったと、今更ながら思うよ…。群れの狼も、裏切った二人には絶対に懐かなかったし…」
「まあ、そういうことに対しては敏感だからな。あいつらは、群れの中の家族を傷付けようとしているやつの匂いは、きっちりと嗅ぎ分けてる」
「そうだな…。はぁ…」
「ため息をつきたいのはこっちだっての」
「そうか…。そうだな…。すまないな…」
謝りながら、まだいじけている。
だから、そういうのもやめてほしいんだけど。
…まあ、今のこいつに何を言っても無駄なのかもしれない。
いつになったら、こんな陰鬱な状態から回復するんだろうか。
「今日はどんより曇り空だ…」
「お前だけな」
「はぁ…」
「外に出て、少し身体を動かしてみたらどうなんだ。気分もスッキリするかもしれないだろ」
「今は、そういう気分じゃない…」
「そういう気分じゃないからやるんだろ」
「そうかもしれないけど…」
「まったく、いつまでいじけてる気なんだよ」
「何?何してるの?」
「また面倒くさいのが増えた…」
医務室の入口に立っていたのは、いつも通りに巨大な水筒を背負った桐華だった。
私とテスカを交互に見比べながら、中に入ってきて。
「あ、この人ってあれだよね。昨日暴れてた人!」
「そうだけど」
「紅葉、格好よかったなぁ。背負い投げだけで倒しちゃったんだもん」
「…お前、見てたのか」
「うん。お茶を買いにいった帰りに、人混みが…いたっ!な、何するのさぁ…」
「見てないで手伝えよ。何が格好よかったなぁだ」
「だ、だって…。紅葉一人でも倒せそうだったんだもん…。実際倒したし…」
「あのなぁ。だからって、手伝わなくていい理由にはならないぞ」
「いたっ!何回殴るのさ…。頭が悪くなったら、紅葉のせいだからね…」
「これ以上悪くならない」
「うぅ…」
水筒を置いて、付属の湯呑みに、不満そうにお茶を入れ始める。
それから、それを自分で飲んで。
「意地悪紅葉にはあげない」
「要らないけどな」
「うぅ…」
「…お前たち、なんだか仲のいい姉妹みたいだ」
「みたいっていうか、まあ、ほとんど姉妹のようなものだし。いちおう、一般的には幼馴染みって言うのかな」
「腐れ縁だろ」
「ちなみに、ぼくがお姉ちゃんで、紅葉は妹」
「ここまで頼りない姉は、お前以外にはいないだろうな」
「そんなことないよ。ねぇ?」
「………」
「あー。今は、そいつにそういう話題は振るな」
「え?なんで?…って、痛いよ!なんで、また殴るの!」
「お前が面倒くさいからだ」
「むぅ…。お姉ちゃんに逆らっちゃダメなんだよ!」
「そんな規則はない」
「あるよ!」
桐華は不満そうな顔をすると、また湯呑みにお茶を入れて飲む。
いつもこれだけガブ飲みしてるのに、厠に行きたくならないんだろうかと思うんだけど。
こいつが、私たち以上に厠へ通ってるというような様子は全くない。
…あるいは、こいつの膀胱は特別容量が大きいのか?
考えられなくはないが…。
まあ、どちらにせよ、こいつの能天気な空気が、テスカの暗い雰囲気を吹き飛ばしてくれないかと、少し期待してみようか。