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「か、回復が早いんですね」
「まあな…」
「風華、緊張しすぎだろ」
「だって…あっ。す、すみません…」
「いや。さっきまで錯乱していた者に恐怖心を抱くのは至極当然だ」
「す、すみません…」
「だから、なぜ謝る」
「えっ、いや、あの…」
「なかなか隙間は埋まりそうにないな…」
「すみません…」
「はぁ…」
リカルの姉は、わざとらしく大きなため息をついて。
それが、また風華をあたふたとさせる。
…風華の様子を見て楽しんでるな、こいつは。
もう、体調の心配をする必要はないみたいだ。
「…そういえば、名前は聞いたの?」
「なんでオレに聞くんだ」
「うぅ…」
「そういえば、名乗ってなかったな。私はテスカという。まあ、知っての通り、傭兵をやっている。いや…やっていた、か」
「テスカさん?」
「テスカトルから取っているのか?」
「そうだと聞いている」
「テスカトル?」
「たしか、北の伝承の破壊と創造の神だ。姿は黒豹とされているな。まあ、そういうことは、テスカの方が詳しいかもしれないが…」
「黒豹?テスカさんにピッタリじゃない」
「破壊の、神としてはピッタリだな」
「あっ…。そういうわけじゃ…」
「冗談だ。父も母も、テスカトルになぞらえて、古き悪習を打ち破り、新しい時代を創造出来るように、との願いを込めてくれたそうだ。まあ、物理的な破壊力を持つようになるとは思っていなかったようだけどな」
「あはは…。あ、あの、姉ちゃんから、テスカさんの闘い方は、北の拳法の派生系だって聞いたんですけど、北の国とは縁が深いんですか?」
「両親の祖父母が北の出身で、母は北育ち、父は幼少期にこちらに越してきたらしい。それで、紆余曲折あって、私とリカルがルイカミナで生まれ、私が十のときに、ユールオへ越してきたというかんじだ。父も母も、北の文化に馴染みがあるから、名前も、北風に、ごまんといる神の名から取ったみたいだな。北の拳法は父方の祖父に教えてもらった」
「へぇ…。じゃあ、リカルは何の神さまなんですか?」
「文明と文化の神だ。正しい名前は、キツアコリカルム。伝承では、テスカトルの実の妹で、小さな鳥の姿をしており、人間に火の使い方と文字を教えたとされている」
「ふぅん…」
「まあ、豹の妹が鳥なんてハチャメチャさは、伝承や神話ならではだろうな。でも、キツアコリカルムの名に恥じない聡明な子だよ、リカルは」
「そうですね。お習字も、すごく一所懸命に取り組んでるみたいですし」
「…そうか」
「あ、あれ?どうしました?」
「いやな。姉である私より、こう言っては悪いが…他人である風華の方が、リカルのことをよく知ってくれている。なんか、複雑な気持ちだよ。リカルの傍にいてやっていない私が悪いのは、充分に分かっているんだけどな…」
「そんな、仕方ないですよ。テスカさんは、お仕事で忙しいんですし…」
「たまに考えることがあるんだ。本当の家族…リカルを蔑ろにしてまで、旅団のみんなを家族と呼んでいいのかってな。どうしても、答えが出ないんだ」
「…それは、テスカさんにとって、リカルちゃんも、団員のみなさんも、大切な家族だからなんじゃないですか?」
「………」
「人間って、二つのうち、どっちかが欲しいってなったときに、なかなか決められないじゃないですか。人間の強欲さを表してるって言う人もいますけど。私は、どっちも欲しいから決められないんじゃないかなって思うんです」
「…同じじゃないか」
「違いますよ。どっちも欲しいっていうのは、どっちも自分にとって大切なものだと考えてるってことなんです。強欲ってのは、とにかくどっちも欲しいって考え方でしょ?」
「………」
「テスカさんは優しいから。どっちも大切だから、迷うんですよね」
「…さあ、どうだろうな」
「私は、そう思います」
「ふん…。今日会ったばかりだってのに」
「私ね、薬師…の卵ですけど、患者さんと話したり、関わり合ったりしてるうちに、その人の性格とか、なんとなく分かるようになってくるんですよね」
「ふぅん…」
「テスカさんは優しい方です。私は分かりますよ」
「………」
風華の笑顔を見て、テスカは居心地が悪そうに布団の中でもぞもぞとする。
照れてるんだろうか。
「でも、刺青はあまり感心出来ませんね。一生取れないんですよ?」
「…だから彫ったんだ。これは、私と家族との繋がりなんだ」
「ダメですよ。せっかく綺麗な肌をしてるのに。お嫁に行けないですよ」
「私のような厄介者を引き取ってくれるようなやつはいないよ」
「そんなことないですよ。テスカさん、すごく美人ですし」
「ありがと。初めて言われたよ、そんなこと」
「えぇ、そんなの嘘ですよ」
「怪力女とか、雌豹とかは言われたことがあるけど」
「酷い!誰に言われたんですか?」
「まあ、いろいろとな」
「信じられないです。なんで、そんなこと…」
「…ふふふ」
「ど、どうしたんですか?」
「いや。風華と話していると、私も女の子になれたような気がして」
「えっ?どういう意味ですか?」
「傭兵集団なんて、汗臭くてむさ苦しくて…。あ、旅団天照と旅団天元は違うらしいけどな。でも、普通は、女がたまにいたと思っても、私みたいに男より腕っ節が強かったり、女みたいな男だったり…」
「お、女みたいな男?勲さんみたいな…」
「イサオ?」
「いや、あれは単なるオカマだろ」
「あぁ、オカマか。でも、近いな。女の格好をしてても、全く違和感のないやつってのがいるんだ。それで、そういうのが妙に強くて。美少年を侍らせたりな」
「へぇ…。ま、まあ、いいじゃないですか、それは。あの、こういうのは不謹慎かもしれないですけど、今はちょうど、他の旅団蒼空の人たちも治療安静中なんですから、少しの間だけでも、本来の女の子として、このお城で生活してみたらどうでしょうか?」
「本来の女の子ねぇ…」
「テスカさんって、何歳なんですか?」
「今年で二十歳になる」
「えっ。じゃあ、姉ちゃんと同じなんだ。姉ちゃんは、異様に老成しちゃってるけど…」
「余計なお世話だ」
「そうか。紅葉と同い年か。でも、実力はかなり差をつけられてるな」
「やっぱり、姉ちゃんの方が強いんですか?」
「強いってもんじゃないよ、紅葉は。滲み出てる」
「いや、出てないから…」
「強者の匂いがする」
「はぁ…」
全く意味が分からないからな。
だいたい、私のことを買い被りすぎというものだ。
実力は拮抗してるか、むしろテスカの方が上だろう。
…でも、風華も、もう普通に話せるようになったみたいでよかった。
やはり、心配は無用だったな。
テスカの回復もかなり早いし、リカルに合わせてやれる日も、きっと近いだろう。