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「望ちゃんたちの様子は見にいかなくていいの?」
「二人とも一所懸命になって話し込んでたし、別にいいんじゃないか」
「望、来てるんだ」
「彼氏として、気になるのかな?」
「いや、別に…」
「えぇー」
「俺も仕事ですし、望と加奈子の邪魔をしても悪いし」
「歳上の彼氏なんだし、もっと望ちゃんの世話を焼きたがると思ったんだけど」
「望は、俺が世話を焼かなくても、しっかりしてますから」
「あ、そっか。ツカサが甘える側なんだ」
「ち、違いますよ!」
「歳下の彼女に、にゃんにゃん甘えちゃってるんだ」
「だから、そんなことしてません!」
「はぁ…。いいよな、そんな話が出来るだけでも…」
「翡翠、僻んでるんだ」
「目の前で、こうもノロケられたら、僻みもするよ…」
「ははは。そっかそっか。まあ、大丈夫だって。翡翠にも、歳上の素敵な彼女が出来るって」
「なんで歳上なんだよ」
「歳下が好みなの?」
「この際、別にどっちでもいいよ…」
「ダメダメ、そんなんじゃ。歳上が好きなら、絶対歳上の彼女を見つけてくる!って思ってないと。見つからないよ」
「………」
「翡翠お兄ちゃん」
「ん?」
「おじいちゃんに、彼女が出来る装置を発明してもらったらいいよ」
「………」
「ダメだよ、リカル。運命の人なんて、何かの発明に頼って見つけるものじゃないんだから」
「でも、それじゃ、いつまでも出来なさそう」
「………」
「ダメよ、トドメを刺すようなことを言ったら」
「トドメ?」
「はぁ…」
翡翠は机に突っ伏して、大きなため息をつく。
…まあ、こうなると、むしろ哀れだな。
「なんで僕には彼女が出来ないんだろうか…」
「卑屈だからじゃない?」
「………」
「翡翠お兄ちゃん、面白いよ?」
「まあ、そうかもしれないけどさ」
「仕事なんて放り出して、今すぐ放浪の旅にでも出たい気分だ…」
「あはは。いいんじゃない?探して見つかるものでもないと思うけど」
「はぁ…」
まあ、それって軟派じゃないかとも思う。
形振り構わずっていうのは、やっぱり自爆のもとじゃないかな。
「ここで仕事してる方が、むしろいいかもしれないね」
「………」
「しっかり頑張ってよ」
「それなりに頑張ろう…」
翡翠は、またため息をついて。
…まあ、期待しないで待っている方がいいのかもしれないな。
躍起になればなるほど、そういう機会っていうのは遠ざかるとも言うし。
翡翠の彼女を見る日はいつになるのだろうか。
食堂を出て、翡翠とリカルとで散歩に出掛ける。
翡翠は相変わらず意気消沈している様子で、どうも影と一緒に歩いてる気しかしない。
「翡翠お兄ちゃん。あまり気を落としちゃダメだよ」
「落とすよ…。それより、リカルは、今日はもう助教授はしなくていいのか?」
「今日はお休み」
「そっか…」
「おじいちゃん、耳が聞こえない人の伝言板を作るときは、すごく一所懸命なんだ。わたしは、一所懸命なおじいちゃんも好きなんだけど、そのときは、あんまり邪魔しちゃダメだって思うんだ。じょきょーじゅは、よく失敗するし…」
「失敗することなんて、気にしちゃダメだよ。リカルは一所懸命だってことは分かってるから、誰も怒ったりしないし」
「えじちょーさんも失敗するんだよ」
「えっ、紅葉が?嘘だぁ」
「いやいや…。お前は、どんなオレを想像してるんだよ…」
「なんでも完璧にこなしてしまう人間」
「そんな人間いないからな」
「えぇー」
「えじちょーさんは、翡翠お兄ちゃんと、どういう関係なの?」
「んー、姉弟かなぁ。たぶん、それが一番しっくりくると思う」
「お前が兄か」
「紅葉がお姉さんだよ」
「お姉ちゃん!リカルにも、お姉ちゃんがいる!」
「へぇ、そうなんだ。どんな人?」
「すっごく強くて、格好いいの!」
「ふぅん。紅葉とどっちが強いんだろ」
「なんでオレが基準なんだ」
「えぇ?だって、身近にいる強い人って、紅葉くらいしかいないし」
「大和とか、澪とかもいるだろ」
「大和も澪も、紅葉の配下じゃないか」
「いや…。配下とか、そういうのじゃないけど…」
「じゃあ、何なんだよ」
「配下とかそういうのは、表向きの話だろ。オレ自身は、あいつらを配下とは思ってないし…あいつらは、家族の一員だ」
「ふぅん…」
「リカルのお姉ちゃん、いつも、みんな家族だって言ってる!」
「みんな家族?何かな、仕事関係かな」
「そうじゃないか?何をしてるのかは知らないけど」
「ようへいだって言ってた。お父さんとお母さんは、すっごい心配してるけど」
「傭兵?なんで、そんな物騒な…」
「いや、戦場に出るだけが傭兵じゃないからな。旅団天照だって、護衛が主な仕事だが、あれも傭兵集団には変わりないし」
「ふぅん…」
「まあ、何をしてるんだろうな」
「何してるんだろうね」
噂をすれば影と言うし、もしかしたら、もうすぐ目の前に現れるかもしれない。
リカルの強くて格好いいお姉ちゃんとは、どんな人なんだろうな。
…と、どうも前のあたりが騒がしい。
この雰囲気は…何か事件が起きたか。
「何かな」
「噂のお姉ちゃんかもな」
「えっ?」
「とりあえず、行ってみようか。本当に事件だったら、衛士の出番だし」
「あ、うん…」
「リカルは、ここで少し待ってろ」
「うん」
翡翠を連れて、騒ぎの中心へ向かう。
人だかりが出来ていて、なかなか前へ進めない。
「あ、隊長。こっちです」
「勝平。何があったんだ」
「かなり錯乱した者が、突然街に迷い込んできたようで。今、戦闘班と医務班に応援を出したところなんですが。武器を持っていて、かなり危険な状態です」
「錯乱?他国の兵士が亡命でもしてきたのか?」
「いえ。無国籍の傭兵のようです」
「そうか」
「紅葉、傭兵って…」
「ああ」
人混みを掻き分けて、やっと事件現場に辿り着く。
輪の真ん中には服を赤黒く染めた女がいて、血走った目で周りを見回していた。
「尋常じゃないね…。妖術で押さえようか?」
「いや、オレ一人で充分だ。それより、勝平は応援の通り道の確保と、拘束具と鎮静剤の用意。翡翠は、リカルを家か食堂に帰しておけ」
「えっ。じゃあ、やっぱり…」
「乾いた血の匂いが強いが…リカルと同じ匂いがする。まったく、噂をして、こんな影に出られたら、堪ったものじゃないな…」
「そうなんだ…。あっ、望と加奈子は?」
「まあ、二人だけでも大丈夫だろうが、オレは一緒に帰られなくなったと伝えておいてくれ」
「分かった…」
「勝平。付近の衛士にも伝達、迅速に行動してくれ」
「はい」
「じゃあ、行くぞ」
勝平は通路の確保を始め、翡翠はリカルのもとへ。
そして、こっちは少し骨が折れそうだが。
…いつぞやのユカラのときを思い出す。
あのときは、たしか、香具夜と二人掛かりだったな。
「………」
「あっ、衛士長じゃないか?」
「衛士長だ!」
「みなさん、少し静かにしておいてください。大声を出すと、彼女を刺激することになり、衛士長の任務遂行に支障をきたしかねません。ご協力お願いします」
「………」
勝平や、集まってきた衛士たちが上手く抑えてくれているようだ。
静まり返った中、一歩ずつ近付いていく。
「………」
「………」
対峙。
今までの怯えた様子はすっかり消え、ゆっくりと戦闘体勢へ移行する。
そのあたりは、さすがは傭兵といったところだろうか。
刀を鞘に収めて、横へ投げ捨てる。
「掛かってこいよ。オレが目を覚まさせてやる」
「………」
一瞬、眉間に皺を寄せると、強く地面を蹴って一気に間合いを詰め、足払いの滑り込み。
その滑り込みを横にかわし、少し低めの体勢で構える。
相手はそのまま反転して立ち上がり、間合いの内から、強力な掌底を差し込んでくる。
それを間一髪といったところで受け流し、その勢いのまま、背負い投げをして。
そのまま相手の上に転がり込んで袈裟固めへと移り、気絶しない程度に絞めあげる。
「うぅ…。うぅーっ!」
「確保!」
「はいっ!」
合図と同時に、待機していた班員が集まってきて、手枷と足枷を噛ませる。
まあ、さすがというかなんというか、その金属製の枷も、今にも引き千切られそうだった。
しかし、医務班に注射を打たれると、そのままゆっくりと眠りに落ちていって。
「城に連行しろ。地下牢は使えないから、場所は任せる」
「はい」
リカルの姉は、担架に乗せられ、上から布を被せられて。
死体を運ぶようで嫌なかんじだが、さすがに血塗れでは目を引きすぎるしな。
それに、これなら万一リカルに見られても大丈夫だし。
仕方ないだろう。
…どうして、こういうことになったんだろうか。
傭兵が、しかも一人で。
今日、リカルと初めて会ったのも、偶然なのだろうか。
このことの準備だったんじゃないだろうか。
「………」
こんなことを疑っても仕方ないんだけど。
…とりあえず、服に血も付いてしまったし、人の少ない道を通って、私も城へと戻る。