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「もうすぐ夕飯ですよ」
「ああ」
「あれ?隊長、ここにいたんですか?」
「悪いか?」
「悪くはないですけど」
行くところがないんだから仕方ないじゃないか。
それに、二人とも夢中になって気付いてないみたいだし。
「まあ、代表挨拶、頑張ってくださいね」
「分かってる」
「では」
そう言って、灯は部屋を出ていった。
部屋を出て、隣の部屋の二人に声を掛ける。
「おい。桜、ユカラ」
「………」
「………。あ、何か言った?」
「ああ。もうすぐ夕飯だってさ」
「うん。分かった」
「………」
「ユカラ」
「………」
「ユカラ」
「…ん。あ、何?」
「夕飯だから」
「うん。もうちょっと待って」
夢中になって、刺繍を施している。
これがまた個性的で、いろんな色を使って、星とか月を描き出す。
「よし」
「キリの良いところまで行ったか?」
「うん!」
「じゃあ、夕飯だね!」
「ああ」
ユカラは縫いかけの針を針山に刺し、立ち上がる。
身体をグッと伸ばすと、関節が小気味良い音を立てて。
「っはぁ~。疲れた~」
「でも、楽しいだろ?」
「うん!」
大きく頷くユカラは、本当に良い顔をしていた。
広間へ向かう途中、何か不穏な空気を感じた…気がした。
「ちょっと、先に行っててくれ」
「え~何~?厠~?」
「ああ」
「はぁ…。無くなっても知らないよ」
「分かってる」
軽く手を振って、二人と別れる。
気のせいだと良いんだけど…。
「紅葉」
「ああ」
香具夜も何か感じ取ったらしい。
同じ方向へ進む。
…村の代表が集まったことと、いきなり現れたこの空気が何の関係もなければ良いんだけど。
行き着いた先は、広場。
目を凝らして見る…必要はなかった。
広場の真ん中、城への出入口の真正面。
そこに、それはいた。
「…何、あれ」
「銀龍。気性の荒さは黒龍並。龍では珍しく肉弾戦が得意で、銀龍と対峙して無事に帰れるとは思うなとも言われるくらい」
「響…?」
「どうするの?あれ、追い払うの?」
「そうだな…」
ずっとあそこにいられても困る。
もう少し様子を見ていたいんだけど…その余裕はないみたいだ。
こちらに気付いたらしい銀龍は、少しずつ歩み寄ってくる。
「グルルルル…」
ある程度距離を置いたところで止まり、四枚の翼のうち下の大きな二枚を畳み、頭を下げる。
「なんだ…?」
「ウゥ…」
「大丈夫みたい」
「あ!響!」
銀龍に走り寄り、頭を撫でる響。
その頭だけでも響くらいはあるんだけど。
銀龍は目を細め、気持ち良さそうに額を響に擦りつける。
「えへへ、痛いよ~」
「何なんだ…?」
「大人しい子みたい!」
「それは、その様子を見たら分かるけどね…」
気性が荒いんじゃなかったのか…?
心配して損した気分だ…
「そこに置いておいて大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思うよ。…うん、響も大丈夫だって言ってるし」
「……?」
「そうか。じゃあ、とりあえず夕飯だ。夕飯が終わってから、また考えよう」
「うん。じゃあね。ここで良い子にしといてね」
「グルル…」
「ダーメ。またあとで来るから、ね?」
「………」
「良い子良い子」
自分の何倍、何十倍大きな龍を飼い犬のように扱う響は、まさに猛獣使いといったところ。
…それにしても、龍なんて見たのは、いつぶりだろうか。
狼時代に、綺麗な蒼龍を見たきりかな…。
でも、蒼龍とは違って、この銀龍には鱗がなくて。
フワフワの毛…特に、たてがみがすごく気持ち良さそうだ。
しかし、ここは触りたい気持ちをグッと抑えて、夕飯の席へと向かった。