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「ははは。紅葉ちゃんのところは、話題に事欠かなくていいねぇ」
「笑い事じゃないぞ、まったく…」
「助教授は、今日は仕事ないの?」
「涼さん、すごくお腹大きくなってきた」
「そうだね。もうすぐ生まれてくるからね」
「ふぅん」
「そういえば、随分大きくなったな」
「まあ、臨月だしね」
「そうか」
「紅葉ちゃんの子供は、いつ見られるのかな?」
「当分見られないだろうな」
「えじちょーさんも、お腹おっきくなるの?」
「利家くんと、やらしいことをしたらねー」
「……?」
「余計なことを教えるな」
「えー。大切なことじゃない」
「それより、この食堂は、客に料理も出さないのか」
「食べてくの、ここで?」
「じゃあ、何のために来たんだよ…」
「私と話しに」
「そんなわけないだろ」
「えぇ…」
「リカルはね、たまごそばがいいな」
「たまごそば?なんだ、それは」
「裏注文っていうか、賄い料理っていうか。まあ、そば飯を卵でくるんだ料理だよ。リカルちゃんのお父さんがよく作ってくれるんだって、教えてもらったんだ」
「ふぅん…。じゃあ、オレもそれにしようかな」
「はいはい。たまごそば二つね」
涼が厨房に向かって手を振ると、すぐにツカサが出てきて。
…ついでに翡翠も出てくる。
「なんだ、翡翠。ここにいたのか」
「ん?昼は、ツカサと一緒にここにいるけど」
「そうそう。格好いい男の子が二人も働いてるって話題なんだから」
「ふぅん…」
「あ、たまごそば二つね」
「はい、たまごそば二つ」
ツカサは、そのまま厨房の奥へ戻っていって。
そして翡翠はなぜか、涼の隣に座る。
「お前は戻らなくていいのか」
「僕は、正式に雇われてるわけじゃないからね」
「だからって、適当な仕事されても困るけど」
「適当な仕事はしてないだろ。今は、紅葉たち以外に客もいないし」
「まあね」
「…翡翠お兄ちゃん」
「ん?どうしたんだ、リカル」
「おじいちゃんの発明、また手伝ってあげてね。この前、すごく喜んでたから」
「あぁ…。別に、手伝ったって感覚はなかったんだけどな」
「わたしも来てほしい。翡翠、面白い」
「面白い?翡翠が?ははは、傑作だね」
「失礼だな…」
「で、何を手伝ったの?」
「いや、普通に、どんなものを作ったらいいかとか、どうやったら使いやすくなるだろうかとか、そんな案を出してみたり。あとは雑用だな」
「ふぅん。あのおじいちゃんの発明に口出し出来るなんて、なかなかやるじゃない」
「どういう意味だよ」
「あのおじいちゃん、なかなか完璧な発明家だから、文句の付けようがないらしいんだよね」
「ふぅん」
「どんなことを言ったの?」
「えぇ?取っ手を付けてみたりとか?」
「何によ」
「持ち運びしにくい何か」
「何か?」
「よく分からない発明だよ。説明しにくい」
「あぁ。多いよね、そういうのも」
「多いのか…」
「まあ、確かに、多かったな」
あいつはいったい、何を作っているんだろうか。
家の中は、予想に反して綺麗だったけど…。
「このお腹が軽くなる発明とかないかな。結構大変なんだよね」
「生命の重みだろ、それは」
「まあ、確かにそうなんだけど」
「僕には一生分からないんだろうな」
「男の子だしね。でも、生命の大切さは分かってくれるでしょ。こういうのを見るだけでも」
「それはそうだけど」
「はぁ。母親の特権か、これも」
「そうだな」
「紅葉ちゃんも、早いとこ、生命の重みってやつを体験しちゃいなよ」
「…お前は、そればっかりだな」
「だってぇ。紅葉ちゃんの子供って見てみたいじゃない」
「あ、それは僕も思うかな」
「でしょ?すっごく気になる!」
「いや…。期待されても…」
「今夜にでも、利家くんとやっちゃっいなよ」
「お前な…」
「大丈夫大丈夫。最初は怖いかもしれないけどさ」
「そういう問題じゃない」
「じゃあ、どういう問題?あ、喧嘩してるとか?」
「してない」
「えぇ。やりたいとは思わないの?」
「まったく…。昼間からそんな話をするな」
「それだったら、いつするのよ。夜に、利家くんと紅葉ちゃんの間で囁いたらいいの?」
「やめろ」
「早く紅葉ちゃんの子供が見たいなー」
「子供か、お前は…」
ここに来ると、いつもこれだ。
どうにかならないのか、まったく…。
…首を傾げて聞いているリカルの頭を撫でて、ため息をつく。
「えじちょーさん、何の話をしてたの?」
「お前はまだ知らなくていい話だ」
「性教育だね」
「お前の下世話な興味であって、教育ではないだろ」
「セイキョーイク?じょきょーじゅと関係あるの?」
「ないよ、別に…」
「ふぅん」
「まあ、紅葉ちゃんはいいや。それでさ、翡翠は彼女とかいるわけ?」
「な、なんで僕の方に話が飛んでくるんだよ」
「だって、年頃の男の子って、四六時中そんなことを考えてるんじゃないの?」
「考えてないって!」
「そうなんだ。で、彼女は歳上?歳下?」
「まだいないけど…」
「えぇ、いないんだ。歳上が好きなの?歳下が好きなの?」
「どっちでもいいだろ、そんなこと…」
「気になるなぁ」
「う、五月蝿いなぁ…」
「お前は、そういうことに興味を持ちすぎだ」
「おばさんだからね。紅葉ちゃんも、いずれこうなるよ」
「ならないよ…」
「ふふふ」
まったく…。
涼の変な好奇心には困ったものだな…。
だけど、翡翠はやっぱり、まだ彼女は見つけられてないのか。
いや、隠してるだけの可能性もあるけど。
その辺は、どうなんだろうか。
…って、これじゃ、涼と同じじゃないか。
はぁ…。
私も、あんな風になってしまうのかな…。