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「………」
「どーも、わたしがじょきょーじゅです」
「…お前が発明家なのか?」
「いいえ。わたしはじょきょーじゅです」
「………」
意味が分からないが、ここの家の子なんだろうか。
見たところ、望より少し下といったところだけど。
ブカブカの白衣を引きずって、こちらまで歩いてくる。
「えじちょーさん、握手しましょう」
「いいけど…。なんで衛士長だって知ってるんだ?」
「せんせーが言ってました」
「先生?」
「握手握手」
よく分からないが、握手をしておく。
白衣の子は笑顔になると、奥の机の方へ戻っていって。
それから、大きな椅子によじ登って座る。
…誰なんだ、こいつは。
いきなり出てきたけど。
話が分かりそうな望と加奈子は、誰もいなくて暇だからと庭に出ていったし…。
「あ、どーぞ、お構いなく」
「意味が分からないからな…」
「じょきょーじゅは大変なのです。次は、この辺の書類を整理しましょう」
「………」
きちんと整えてあった書類を、一度バラバラにして、また整えていく。
…ままごとか?
これは、ままごとの一種なのか?
とりあえず、順番が滅茶苦茶になってしまったようだけど、大丈夫なんだろうか。
「…おい、助教授」
「はい。なんでしょう」
「教授はどこにいるんだ」
「きょーじゅ?誰ですか、それは?」
「じゃあ、誰の助教授なんだよ…。んー…先生ってのは誰だ」
「先生は先生です。わたしに、お習字を教えてくれます」
「あぁ…。あの師範か…」
「しはん?」
つまり、こいつも寺子屋に来ていたというわけか。
こんな奇抜な格好じゃなく、もっと普通の服装で。
それで、私と師範が話しているのを聞いていた、と。
「えじちょーさん!」
「なんだ」
「わたしに字を教えてください」
「なんだ、突然」
「昨日、せんせーが、えじちょーさんはせんせーより字が上手いって言ってました」
「…いや、先生の方が上手い。だから、オレに習うより、先生に習った方が、ずっといいぞ」
「そうなんですか…。でも、わたしは、えじちょーさんが格好いいなって思ってたんです」
「格好いい?」
「そうです。わたしは、何をするにもダメで…。じょきょーじゅなのに…。この前は、おじいちゃんの大切な時計を壊してしまいました…」
「ふぅん…。まあ、失敗は誰にでもある。失敗したくらいで、くよくよするな」
「えじちょーさんも、失敗をしますか?」
「するさ。いくらでも」
「えへへ…。わたしと同じですね」
「そうだな」
頭を撫でてやると、また笑顔に戻る。
名前も知らないチビっこを慰めてるなんて、なんとも変なかんじだけど。
「お母さん、発明家さん、帰ってきたよ」
「待たせてしまいましたかな」
「あっ、おじいちゃん!」
「ただいま、リカル。お客さんの相手をしてくれてたのかな」
「えじちょーさんだよ」
「ほぅ、衛士長さんでしたか。すみません、外せない用事があったもので」
「いや。それで、望。加奈子はどこに行った」
「家の中にいるんじゃないかな。先に入っていったけど」
「どこにいるんだよ…」
「分かんない」
「まったく…」
「あの、用件を先にお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ。耳が聞こえない子がいるんだ。加奈子っていうんだけど」
「なるほど。私の新発明がお目当てなんですね」
「そうだ。作ってやってくれないか?今は、砂の箱を持ち歩いているんだ」
「もちろんですとも。喜んで作らせてもらいますよ」
「そうか。有難い」
「いえいえ。じゃあ、リカル。ちょっと探してきておくれ」
「うん!じょきょーじゅの出番だね!」
「そうだね。いつも助かってるよ」
「えへへ~」
おじいちゃんに褒められて、ご機嫌のようだった。
鼻唄なんかを歌いながら、部屋を出ていく。
「まあ、リカルにお任せください。どうぞ、お掛けになって」
「ああ」
「…リカルは、何か粗相をしませんでしたでしょうか」
「いや、いい子だったぞ。ちょっと意味が分からないところもあったけど…」
「そうですか。よかったです」
「リカルちゃんはいい子だよ」
「ん?やっぱり、望、知り合いなのか」
「うん。寺子屋にいたでしょ?」
「いや…。オレは気付かなかったんだけどな…」
「いつもは、すっごく可愛い服を着てくるんだよ」
「あの子の両親共に、仕立屋をやってましてね。あの白衣は私のものですが、いろんな服を着せてもらってるみたいですよ」
「ふぅん…」
さすがに、あんな白衣を着てこられたら、私でも気付くだろう。
しかも、師範との会話を聞けるくらい、近くにいたんだったら。
まあ、そうでなくとも、気付いてやるべきだったのかもしれないけど…。
「…ところで、なんで助教授なんだ」
「今のように、私の手伝いを、よくしてもらっているのです。それで、補佐役として助教授という人がいるんだと、どこかで覚えてきたようで、それ以来は、ここに来たときは助教授と名乗っているようですね」
「ふぅん」
「まあ、可愛いものですよ、孫娘というのは」
「そうだろうな」
リカルがいるだけで、その場の空気が明るくなるようだったからな。
…最初は、かなり戸惑ったけど。
でも、なんだろうな、リカルには、そういう不思議な雰囲気があるんだと、今の短い時間にも分かった気がする。
「おじいちゃん、加奈子、見つけてきたよ」
「おぉ、相変わらず早いな。偉い偉い」
「えへへ」
「………」
「加奈子。この人が、お前の伝言板を作ってくれる人だ」
「………」
「よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。では、早速だけど…」
まあ、これからは私の出番はないだろうな。
仕事が終わって、少し退屈そうに隣に座ったリカルの頭を撫でて。
そしたら、またニコニコと笑ってくれる。
…さて、どんな伝言板が完成するのやら。
楽しみだな。