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「ふぁ…。なんで、私も行かないといけないのだ…」
「秋華と一緒に妖術師になるんじゃないのか」
「呪術師になるとは言っていないぞ…」
「ふん。まあ、お前の覚悟はそんなものなんだろうな。秋華と共に歩むなどというのは、結局、睡魔に負けてしまうくらいに弱い決心だったわけだ」
「むぅ…。そんなことはないが、しかしだな…」
「だいたい、いつも寝過ぎなんじゃないか?いつ起きてるんだ」
「巳の刻ぐらいだけど…」
「寝過ぎだ。いつも亥の刻にはチビたちと一緒に寝てるし、六刻も寝てるのか。チビたちでも、卯の二つには起きてるぞ」
「いたっ…。なんで殴るんだよ…」
「秋華の代わりだ」
「意味が分からない…」
そう言いながら、また欠伸をして。
まったく、こいつは…。
「えへへ。撫子、今日はいい天気でよかったですねっ」
「はぁ…。そうだな…」
「あ、あれ?もしかして、私と外出するのはイヤでしたか…?」
「いや、そういうわけでは…」
「申し訳ありません…。私の勝手で連れ出してきてしまって…」
「いや、だから…」
「まだ眠たかったですよね…。あ、あの、私は大丈夫ですので、撫子はお城に帰ってください。無理を言って申し訳ありませんでしたっ」
「あ、秋華…」
さて、どうするんだろうな。
撫子は、まだまだ秋華のことを把握出来ていないようだけど。
…真っ直ぐなのが災いして、すぐに自分が悪いと思い込み、ついでに、話を聞かなくなる。
まあ、つまり、相手が面倒くさそうな態度を取っていれば、たとえ自分は悪くなく、相手も本心ではないにしても、謝罪一辺倒になってしまって。
撫子の対応の仕方に要注目だな。
「秋華と撫子、何してるの?」
「何をしてるかは…まあ、見ての通りとしか言えないが、撫子にとっての重大な場面だな」
「ふぅん…」
「望は、たとえば、加奈子と一緒に外に出てくるのを、面倒くさいと思ったりしたか?」
「思わないよ」
「じゃあ、大丈夫だ」
「……?」
「…撫子も、面倒くさいというわけではないんだろうけどな」
「ふぅん…」
望は首を傾げて、また加奈子の横に戻る。
まあ、望もそんなことを思う子じゃないからな。
むしろ、加奈子の伝言板を早く作ってもらおうと、洗濯のときから息巻いていたし。
加奈子が、逆に気圧されていたくらいだった。
「秋華…。もういい、私が悪かったから…」
「しかし…」
「紅葉の言う通りだ…。私には、秋華と共に歩むという自覚と覚悟が足りなかったんだな…。私は、秋華のことを、まだ何も分かってはいなかった…」
「えっ?」
「いや、こっちの話だ…」
「そ、そうですか…」
「とにかくだ。もう頭を下げるのはやめてくれ。確かに、いつもより早い時間に起こされて、少し機嫌は悪かった。それでぞんざいな態度も取ってしまった。でも、秋華についていくのが嫌だとか、そういうことは、本当に全く考えていない。今更こんなことを言っても、信じられないかもしれないけど…。だから、私が悪かった。今日は、秋華の好きなようにやってくれ。どこにでもついていくし、なんでも言うことを聞くから」
「…そうですか、分かりました。では、ひとつだけ」
「何だ?気に入らないやつを喰ってほしいのか?誰かを呪い殺したいのか?ひとつと言わず、いくつ言ってもいいんだぞ?」
「そんな物騒なことではありませんし、ひとつで充分です」
「何なんだ?」
「…私と、ずっと一緒にいてください。今日一日だけでも。こんな性格ですし、面倒くさいこともあるでしょうが、私は撫子のことが大好きですから」
「そんなこと、わざわざ言われなくとも…。いや…世界最強の妖術師になるためには、今のままでは確かにダメだな」
「えっ、世界最強?」
「分かった。これからは、私も、秋華と一緒に精進する。頑張る」
「えっと、あの…。私が言ったのは、お友達として、ずっと仲良くしてほしいという意味であって、世界最強の妖術師を目指すとか、そういう意味では…」
「秋華、早くミケを倒しに行こう!」
「え、えぇ…。し、師匠ぉ…」
「まったく…」
暴走気味に興奮している撫子の頭を叩いて、とりあえず、話を聞く態勢にさせる。
撫子は、頭を押さえて少し涙目になっていて。
「な、何をするんだ…」
「興奮しすぎだ。目が覚めたのはいいことだけど、まるで支離滅裂になってるじゃないか。秋華が言ってることも、全然聞いてないし」
「何か言っていたのか?」
「そら見ろ。頭を冷やせ」
「いたっ…。うぅ…。殴るなよぉ…」
何回も殴られ、撫子は目に涙を溜めながらも、私を睨み付けてきて。
ふん、なんとも威勢のいいことだな。
秋華はあたふたしてるばかりだけど。
「あ、あの、撫子…。とりあえず、世界最強よりも、もっと仲良しのお友達になりましょうと、言っていたのですが…」
「友達?私たちは、もう友達なんじゃないのか?」
「それはそうなんですが…。あの、だから、もっと親密な仲の…」
「あぁ、百合か」
「ゆ、百合…ですか?」
「なんでそうなるんだよ。飛躍しすぎだ」
「でも、親密な仲って…あっ」
自分で言っておいて、急に恥ずかしくなってきたらしい。
撫子は顔を真っ赤にさせて俯く。
…普通に考えたら分かりそうなものを、なんでそういう風に考えるんだろうか。
やっぱり、まだ頭が冷えてないのかな。
「い、今のはなしだ!」
「あの、撫子、百合って何なのですか…?なぜ百合が…」
「う、五月蝿い!」
「えぇ…」
「早く行くぞ!」
「あっ、そっちは反対方向ですよっ」
恥ずかしさのあまりか、ずんずんと適当に突き進んでいく撫子。
まあ、自爆したな。
秋華が意味を知らなかっただけマシだろうか。
…いや、二人とも真っ赤になっているのを見るのは、非常に面白いかもしれない。
「あっ、師匠。ここですよ、発明家さんのおうちは」
「ん?そうか。ありがとう」
「いえっ。あの、鍵は開いてると思いますので、そのまま中にお入りください。発明家さんもそうしてほしいと仰っていますし、呼び鈴を鳴らしても全然気付かない方なので」
「ふぅん…」
「あとですね、あまり変なものは触らない方がいいと思います。私、この前に来たとき、何かすごくビリビリしましたっ」
「…よく分からないが、注意しておこう。おい、望、加奈子。ここらしいぞ」
「あ、うん」
「………」
「じゃあ、ミケによろしく」
「はい。師匠のお役に立てるようになるために、一所懸命頑張ってきますっ」
「ああ。撫子もな」
「………」
まだ火照っている撫子の頬を引っ張って、頭を撫でてやる。
鬱陶しいとばかりに振り払うけど。
…まあ、しっかり頑張ってきてくれ。
お互いに、切磋琢磨しあって。
「では、行ってきますっ」
「行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃーい」
それから、しばらく秋華と撫子を見送って。
二人が角を曲がったところで、望と顔を見合わせる。
…さて、発明家とは、いかなる人物なのか。
私の偏見では、奇人変人といったかんじだが。
まあ、すでに玄関を開け放っている加奈子について、家の中へと踏み込んでいく。