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「そういえば、旅団天照って、お茶農園を持ってるんですってね」
「うん。ぼくが管理を任されてるんだ」
「お前くらいしか管理する手が空いてるやつがいないの間違いだろ」
「そんなことないよ。みんな、ぼくのこと信頼して任せてくれてるんだよ」
「まあ、お前はお茶だけが取り柄だからな…」
「まあまあ、抑えて抑えて」
「別に褒めてないからな」
「ふふふ。やっぱり面白いわね、桐華さんは」
「面白いと言うのか、これは…」
私からしてみれば、全く面白くない。
むしろ、相当鬱陶しい。
「お母さん、見てー」
「出来タ」
「………」
「ん?どれどれ」
「なんか、どれどれって、年寄り臭い言い方だよね」
「そうかしら。私は結構使うけど」
「先生は、気が若いから大丈夫ですよ」
「まあ、若いとは言えない年齢かしらね、哀しいことに」
「ぼくは、まだピチピチだね」
「苦労してないからな」
「早く見て!」
「はいはい」
「はいはいも、年寄り臭いよね」
「そうかしら。私は結構使うけど」
「お前ら、いつまで続けるんだ」
「いろはねぇが年寄り臭いのがダメなんだよ」
「はぁ…。年寄り臭くて結構だよ…」
とりあえず、服にしがみついて早く見ろと催促するりるを横によけて。
それから、三人の力作を広げてみる。
「…何かしらね、これは」
「白犬じゃない?」
「明日香だよ!」
「明日香?あぁ…。あいつ、最近見ないけど、どこにいるんだ?」
「紅葉、知らないんだ。伊織と蓮の家にいるよ。昼間は、広場にいたり、なんか外に行ったりしてるけどさ」
「ふぅん…」
「お座りとかお手とか教えても、全然言うこと聞かないんだ。フンとか鼻を鳴らしたりして」
「バカにされてるんだな」
「そんなことないよ。きっと、明日香の機嫌がたまたま悪かっただけだよ」
「明日香と、遊んでるところだよ」
「そうか。明日香と遊ぶのは楽しいか?」
「うん。楽しい」
「楽しイ」
「そうか」
加奈子は、さすがに来たばっかりだし、知らないようだ。
誰なんだろうかと、興味津々にみんなの会話に耳を傾けている。
「ね、ね!すごい?」
「ああ、すごいな。大作だ」
「えへへ。やったね、ナディア、加奈子」
「うん!」
「……!」
「それで、また作るのか?」
「ううん。今日はもうお終いにする」
「そうか」
「まあ、ちょうど、端切れが足りなくなってきた頃だしねぇ」
「そうなのか?」
「ええ。りるちゃんたちが素晴らしい作品を作ってくれるお陰で、布を余すことなく使えて嬉しいわ。ありがとね」
「うん!」
三人とも、褒められて嬉しいようだった。
まあ、ものを無駄にしない精神を、ここで学んでくれればいいと思う。
「で、これからどうするんだ?」
「りるとナディアは、レオナのところに行くの」
「算数か。まあ、邪魔しないようにな」
「うん」
「大丈夫だヨ」
「それならいいけど。加奈子は?」
「………」
みおと一緒に、おさいほうしたいな。
およめさんだから、と例の砂箱を引っ張ってきて書いている。
「お嫁さん?」
「澪が、加奈子が見つけてきた二つの勾玉の片割れを買ったから、加奈子の運命の人なんだと。まあ、澪も満更じゃないみたいだし」
「へぇ。澪ちゃんも、隅に置けないねぇ」
「半ば無理矢理だったけどな…」
「でも、両方お嫁さんなんて、なんだか面白いね。ぼくも、遙をお嫁さんに貰おうかな」
「即刻却下されるだろうな」
「えぇ…」
「まあ、とりあえず、まずは加奈子ちゃんの腕前を見せていただこうかしら」
「……?」
「この布に、右から波縫い、半返し縫い、本返し縫いをしてもらいます。どういう縫い方かは分かるかな?」
「………」
コクリと頷いて、早速澪の横の針山から糸のついた針を取って縫い始める。
手付きは滑らかなもので、瞬きをしている間に三本の線を縫いあげてしまった。
「あら、なかなか上手じゃない。これなら、すぐになんでも作れるわね」
「………」
「澪ちゃんは、もう少し練習が必要ね」
「うぅ…」
「ふふふ。まあ、とりあえず、加奈子ちゃんには刺し子でもしてもらおうかしら」
「……?」
「やってみれば分かるわよ」
「………」
佳子は、手元にあった布に、鉛筆を使って絵を描いていく。
魚の形を描き終わると、加奈子にも鉛筆を渡して。
「好きな絵を描きなさい。それを、上から縫ってもらうわ」
「………」
頷いて、しばらく鉛筆をクルクル回していたが、考えが纏まったようで、ガリガリと何かの絵を描いていく。
布に絵を描くのって、なかなか難しいんじゃないだろうか。
引っ掛かったりして。
…一所懸命に描いていた加奈子が顔を上げたので、手元を見てみると、何かの紋章のようなものが描かれていた。
旅団天照の団章に似てるような、似てないような。
桐華は何の反応も示さないけど。
これを縫うのは骨が折れそうだが、加奈子には大満足の出来のようだった。
「力作ね、加奈子ちゃん。魚なんて描いた私の方が恥ずかしいわ」
「………」
「じゃあ、縫っていきましょうか。縫い方は好きなのでいいわ。線の上を縫っていってね。糸が足りなくなったら、そこにあるのを好きに使っていいから」
「………」
またコクリと頷いて、早速縫い始める。
見事な手捌きで、細かい模様を難なく縫い付けていって。
…相変わらず、澪はその隣で四苦八苦していたけど。
「先生、これでどうかな」
「加奈子ちゃんに置いていかれた焦りが、この辺に出ているわよ」
「うっ…」
「これじゃダメね。もう一回やり直し」
「はぁい…」
なかなか上手くいかないようだった。
縫い目を見ると、確かに最後の方がかなり乱れていて。
…隣で目を見張るような速さで縫われていては、立つ瀬がないと思っているのかもな。
人それぞれなんだから、加奈子のことなんか気にせずに、自分の速さで上手くなっていけばいいと思うんだけど。
「………」
「………」
「ふふふ」
澪は、なかなかそうは思えないようだな。
とりあえず、また肩に力が入っていたから、適当に揉みほぐしておいてやる。