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「澪ちゃんですか?裁縫の方に行かれたようですよ。もう少し練習してみるとかなんとか」

「そうか。ありがとう」

「いえ。しかし、たくさん書いてくれました」

「そうだな。…あまり上手くはないみたいだけど」

「そんなことないですよ。澪ちゃんの性格を表しているようで、すごく楽しい字です。習字は、技法とか字が整ってるとかだけではないんですよ」

「まあ、そうかもしれないけど」

「そういうものだけになってしまうと、同じ字ばかりになってしまいます。お手本を下敷きにして、上からなぞっているのと、全く変わりがないということです。衛士長さんには衛士長さんの、澪ちゃんには澪ちゃんの、人それぞれの個性があって、初めて習字だと言えるんです」

「そうだな」

「私は朱を入れたりもしますが、それは、もっと個性を出してほしいと思ってのことです。少し字を整えることで、その字の持つ個性というのが、より前面に押し出されていくんですよ」

「ふぅん…」

「たとえば、洗練されている衛士長さんのこの字。もう、お手本を具現させたような字ですが、ここの最後の払い。全体を見れば、力強く、しっかりとしていますが、書き始めの部分は非常に細く、繊細で。衛士長さんの優しさが、ここに表れています。そして、グッと太くなり、綺麗に払われている最後からは、衛士長さんの頼り甲斐がある様子と、几帳面さを窺い知ることが出来ます」

「まるで人格診断だな。当たってるかどうかはともかく」

「ふふふ。当たっていると思いますよ。とにかく、たったひとつの字を見るだけでも、個性がいろいろと見えてくるのですから、字が整っているから上手、そうじゃないから下手なんていうのは、なんとも人格を無視した決め方だと思うんですよね」

「まあ、そうだな」

「…ということで、衛士長さん。長々と話してしまいました。澪ちゃんが呼んでいましたので、裁縫の講義へお参りください」

「そうか。ありがとう」

「いえいえ。では、またお待ちしております」

「ああ」


師範に簡単に別れを告げて、裁縫の区画へと向かう。

…思わぬ特別講義が聞けたな。

あいつの、書道に対する理念を聞けたようで、なかなか面白かった。

また何か聞けるといいな。


「あ、紅葉!こっちこっち!」

「見えてるよ」


すぐ隣の裁縫の区画に着くと、早速澪に呼ばれて。

佳子の横に座って、何かを作っているようだった。


「あぁ、衛士長さん。澪ちゃん、相変わらず、手を縫うのが上手くてねぇ」

「せ、先生…」

「あはは、冗談よ。まあ、少しは上手くなったんじゃないかしらね」

「そ、そうかな?」

「朝から来てくれたら、もっと上手くなってたかもね」

「うっ…。また指を刺さないか、怖かったんだよ…」

「練習しないと、指を刺さないようにはならないわよ。まあ、よく来てくれたわね」

「うん…」

「それで、衛士長さん。何か作る?」

「オレか?オレは別にいいかな」

「なんでも上手く出来ちゃうもんねぇ。お習字、見せてもらったわよ」

「なんだ、見たのか」

「お裁縫も上手くて、字も上手くて。衛士長さんには、苦手なものはあるのかしら」

「たくさんあると思うけどな」

「そう?まあ、あとで探してみようかしら」

「他人の欠点を探すのは感心しないな」

「むしろ、完璧超人の欠点は、本当は完璧超人じゃなくて人間なんだという再確認が出来る長所になり得ないかしら?」

「別に、オレは完璧超人じゃないし…」

「じゃあ、天才超人?」

「お前は超人が好きなのか?」

「ふふふ。まあ、完璧な人間なんていないもんねぇ」

「………」

「怒らない怒らない」

「怒ってないけど…」

「そう?よかった」


佳子は、何か楽しそうに笑う。

まったく、何が面白いんだか…。

とりあえず、いいように遊ばれているとしか思えない。


「先生、これはどうかな」

「ん?なかなかいいんじゃない?本返し縫いも様になってきたわね」

「そ、そうかな」

「ええ。あとは、もう少し真っ直ぐに、縫い目を整えて縫えるようになったら、次の段階に進みましょうね」

「うん、分かった」


澪は布を受け取ると、また自分の針山のところへ戻って、一所懸命に縫い始める。

まあ、この前ので裁縫を諦めたわけじゃないようでよかった。

習字に裁縫、いい趣味じゃないか。


「澪ちゃんとはどのくらいなんだっけ?」

「ごく最近だ」

「ふぅん」

「何だよ」

「んー。仲良いなって思って」

「まあ、そうかな」

「なんか、お姉ちゃんと妹ってかんじだよね」

「そうか?」

「お姉ちゃん大好きの妹ってかんじ。いいな、そういうのって」

「そんな風に見えるのか?」

「見えるよ」

「そうか」


まあ、澪が聞いたら微妙な表情を浮かべるに違いないと思った。

あいつは、いちおう、主従関係だと思っているようだし。

今は縫い物に集中して、全く聞こえてないみたいだけど。

…と、広間の入口の方から桜が歩いてくるのが見えた。

何か、荷物を持ってるみたいだけど。


「あ、いろはねぇ」

「桜。風呂には入ったのか?」

「いきなりそれ?最近はちゃんと毎日入ってるよ…」

「そうか」

「桜ちゃん、お疲れさま」

「先生。ご希望のものは、ちゃんと揃えてきました」

「そう。ありがとね」

「いえ。お役に立てて光栄です」

「お前、そういうことも言えるようになったんだな」

「う、五月蝿いなぁ…。いいじゃん、別に…」

「いいけど。で、何を揃えてきたんだ?」

「針と、不足分の布ね。両方とも消耗品だし」

「針って消耗品なのか?」

「ずっと縫い物をしてると、針も疲れて折れるんだよ。ほら、針休めとか言って、豆腐に刺したりするでしょ?」

「あぁ。ふぅん、そうなのか」

「あ、衛士長さんが知らないこと、見つけちゃったね」

「えっ、何の話ですか?」

「今ね、衛士長さんが完璧超人だねって話をしてたところなのよ」

「違うんですか?」

「お前まで何言ってるんだよ…」

「いろはねぇってさ、なんか隙がないじゃん。まあ、完璧超人とまでは行かなくても、みんな羨むくらいの人間だってことは分かるよ」

「そうそう、紅葉は完璧超人だねぇ」

「ややこしいから、しゃしゃり出てくるな、桐華」

「えぇ、いいじゃん。ぼくも、紅葉の超人っぷりを貶したい~」

「お前な…」

「桐華さん、お茶、ありがとね」

「あはは。紅葉と違って、ぼくはこれくらいしか出来ないしぃ」

「………」


こいつが関わると、簡単なことでさえ、難解な問題に変わってしまうからな。

一刻も早くご退場願うために、ゲシゲシと直接足蹴にしてやる。

でも、そんなことはお構い無しに、どっしりと座り込んでしまって。


「至らぬ妹が、いつもお世話になっております」

「それはこっちの台詞だ」

「仲が良いのね、二人も」

「えへへ~。まあ、そうですねぇ」

「まったく、出来ない姉を持つと苦労するよ…」

「遙のこと?」

「お前のことだよ…」

「ん、とうかねぇ、このお茶、美味しいね」

「あ、分かる?さすが桜だね。これは…」

「ふふふ。もう、この話は終わりみたいね」

「そうだな…」


台風のようにやってきて、吹き荒ぶ風のように話題を変えていき。

強烈な割に、台風の目といえばお茶の話題くらい。

歩く暴風雨といったかんじだな、こいつは。

…まあ、しばらくは、お茶について語らせておこう。

その間に、次なる攻撃に備えて、力を蓄えることにする。

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