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風華が眠ったところで、布団を抜け出す。

部屋を出て、どこへともなく歩き回る。

衛士長というのは、こういうときに的確な指示を出したり、テキパキと動いたりするんじゃないだろうか。

どこを歩いてみても、軽く挨拶を交わす程度で。


「ちょっと!紅葉、邪魔だよ!」

「あ…ごめん…」


香具夜には怒鳴られる始末だった。

もしかして、私って邪魔なだけなのかな…。

フラフラとしていると、いつの間にか桜の部屋の前まで来ていた。

何の気なしに入っていく。

ひんやりとした雰囲気は、全く外とは相容れない風だった。


「桜…?」


反応はない。

誰もいないんだろうか。

と思ったら、ユカラが一所懸命になって何かをやっていた。


「ユカラ」

「………」

「ユカラ」

「……?」


クルリとこちらを向くと、驚いたように目を丸くして、何かを後ろに隠す。

どうやら裁縫道具みたいだけど…。


「何してたんだ?」

「な、何もしてないよ」

「そうか」

「………」

「医療室に行くか?」

「な、なんで?」

「そんな刺し傷だらけじゃ痛いだろ」

「痛くないもん…」


後ろに回した手を、さらに隠すようにする。

針で刺した傷というのは、刺した瞬間だけが一番痛いように思うけど、それが何回も続くと痛みはますます蓄積していく。

どうしても不器用で、同じ場所を何度も刺すようなら、なおさら。


「ほら。見せてみろ」

「あぅ…」


ユカラの右手には血がじっとりと滲んでいて、どうやればそんなところに刺さるのかという場所にまで傷があった。

…それにしても、何回刺したんだろう。

考えるだけで痛かった。


「消毒だけでもしてもらおう。菌でも入ったら大変だから」

「うん…」

「桜ほどじゃないけど、少しなら教えてやれるから。な?」

「ホント…?」

「ああ」

「やった!」


今度はユカラが手を引く番になる。

夢中になれることが出来たなら、それは大変に喜ばしいことだ。

…もう、前みたいなことにはならないよな。



まずは基本から、ということで、波縫い、本返し縫い、半返し縫いあたりから始める。


「痛っ」

「針が出てくるところに指を置くんじゃない」

「だって…。布の裏じゃ見えないじゃない…」

「針を全部裏に回すんじゃなくて、表から縫う分だけ針を刺して、目標の位置に出たら一気に通すんだ。そうすれば、針は常に見えてるんだから、指は刺さないだろ?」

「うーん…」

「こうやるんだ」


百聞は一見にしかず。

実演してみせる。

すると、ユカラは分かったような分からないような、曖昧な表情を浮かべる。


「針を半分くらい刺す。そのまま布を針先に持ってきて刺す。先が出たら、そこを持って引き抜く。ほら、ちょっとやってみろ」

「えっと…」

「そうそう。うん、そうやって…。そうだ」

「出来た!」

「ああ。その調子で、もうちょっと続けてみろ」

「うん!」


チクチクと、ゆっくりだけど着実に針を進めていく。

端っこまで来たところで


「どうかな?」

「よしよし。いいぞ。じゃあ、次だ」

「うん!」


次は、連続で針を通す波縫いに挑戦。

ユカラはだんだんコツを掴んできたようで、指を刺すことも少なくなった。


「出来た~」

「うん。いいな」

「次は?次やろ!」

「分かった分かった。慌てるな」


練習用のボロから、少し良い布へ。

ユカラは目を輝かせて、指示を待つ。


「次は刺し子だ。好きな模様を縫おうか。波縫いだけでも出来るからな」

「よし!」

「あー、待て待て。ただ縫うだけじゃ皺になるからな。しっかり皺を伸ばしながら縫うんだ」

「うん、分かった」

「糸も、いろんな色を用意してもらってるから。綺麗なのを作ってくれよ」

「うん!」


そして、縫っては伸ばし、縫っては伸ばし。

少しずつ、綺麗な模様を作っていく。



賑やかな足音。

桜が帰ってきたらしい。


「あー、疲れた!かぐやねぇ、人使い荒すぎ!」

「ご苦労様」

「あ、いろはねぇ。いたんだ」

「ああ」

「ユカラ、何してるの?」

「刺し子だ。だいぶ上手くなったぞ」

「へぇ~」

「出来…たっと」

「見せて見せて~」

「あ、桜。戻ってたんだ」

「うん。ついさっきね」


ユカラから完成した刺し子を受け取って見てみる。

線が歪んでるところはあるが、なかなか上手く縫えていた。


「すごいすごい!ボクより上手いんじゃない?」

「そ、そんなことないよ…」


頬を赤らめて、嬉しそうにうつむく。


「あとは桜先生に教わるんだ。オレはここまで」

「せ、先生って…」

「よろしくね。桜先生」

「う、うん」


先生と言われて、得意げに、でも、何か恥ずかしそうに笑う。

桜のその様子がまた面白くて。

いつの間にか、みんなで笑っていた。

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