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澪が、広場に着地する。

そのまま身を屈め、加奈子を降ろして。

それから、また人間の姿に変化する。


「速すぎるぞ、大和」

「まだまだ若造には負けていられない」

「むぅ…」

「あれ、姉さん。どこ行ってたの?」

「ん?ツカサか。今帰りか?」

「うん」

「そうか。まあ、ちょっとルイカミナまでな」

「へぇ。何か用事?」

「いや、暇だったから、大和に連れ出された」

「ふぅん…。暇なら、下町に来て、俺たちと一緒に働けばいいのに」

「また考えておくよ。そういえば、翡翠はどうした」

「降龍川の様子を見てくるって。夕飯までには戻ると思うけど」

「そうか」

「それで、その子は?」


近寄ってきたセトの鼻面を撫でている加奈子を指して。

でも、何の反応も示さないから、少し首を傾げて。


「もしかして、耳、聞こえてないんだ?」

「ああ。声も出ないみたいだけど。まあ、加奈子だ」

「ふぅん。カナコ」

「わけあって、うちで住むことになった」

「へぇ。なんか、いつも通りってかんじだけど」

「そうだな、まったく…」


ようやく気が付いたようで、加奈子はセトを撫でるのをやめて、ツカサの方を見て笑う。

それにツカサも笑顔で返して。

…澪には、あまり好ましくない光景のようだったけど。


「分かるかな。俺はツカサっていうんだ」

「………」


その場に屈み込んで、つかさ、と地面に書く。

それから、その下に、加奈子、と書き足して。


「へぇ、読唇術が使えるんだ」

「そうみたいだな」

「………」


加奈子は、みおのいいなずけだよ、と書いて。

その隣に、澪の本来の姿らしき龍を書く。


「許嫁なんだ…」

「らしいな」

「でも、なんか変なかんじだね。澪は、今は女の子の姿だし」

「そうだな」

「そのうち、ちゃんと加奈子に相応しい男の姿に変化出来るようになる」

「そっか。頑張ってね」

「うむ…。期待されてないか、もしかして?」

「そんなことないよ。まあ、とりあえず戻ろうよ。もうすぐ夕飯でしょ?」

「ああ」

「って、大和はもういないし…」

「さばさばしたところがあるからな、あいつは」

「そうだね…」

「加奈子、行こうか」

「………」


澪が手を差し出すと、またニコニコと笑って、その手を取る。

二人は、そのまま城の方へと歩いていって。


「いいねぇ、澪も。ツカサもさ、望とイチャイチャしてるしさ」

「わっ、ビックリした。翡翠、帰ってたんだ」

「僻みは醜いぞ」

「ふん。僕だって、そのうち、飛びきりの彼女を連れて帰ってくるんだからな」

「高望みはやめておいた方がいいぞ」

「それなりの彼女を連れて帰ってくるんだからな」

「目標は高く持った方がいいんじゃないかな」

「それなりで、飛びきりの彼女を連れて帰ってくるんだからな」

「もはや、意味が分からないな」

「彼女を連れて帰ってくる!」

「妥当だな」

「今に見てろよ!」


憤慨して、そのまま一人、翡翠は城に戻っていく。

ツカサは苦笑いを浮かべながら、それを追い掛けて。

…まあ、翡翠にも出会いはあるだろうな。

どの出会いが、そういったものになるのかは分からないけど。

今は、とりあえず、恵まれてはいないようだった。



夕飯も食べ終わり、風呂にも入って、部屋に戻る。

今日は、屋根縁の翡翠も、布団を敷いているツカサもいないようだった。

でも、とりあえず、屋根縁で夜風に当たることにする。


「今日はどうだった?」

「どうだったも何も、お前が仕組んだことだろう」

「あの蛇の子のことは知らないよ」

「加奈子って名前だ。それに、そこまで仕組まれてたなら、お前が人間かどうか疑うよ」

「あはは。まあ、いい経験になったんじゃない?いつもと違う場所に行ってさ」

「それはそうだけど…」

「ここでぼんやりしてないでさ、もっと人生を楽しまないと」

「楽しんでるよ、充分」

「えぇ、そうかな。趣味は?」

「ここからの眺めを楽しむこと」

「ダメダメ、そんなんじゃ。もっとね、買い物とか言えるようにならないと」

「買い物なんてしてどうするんだよ。無駄にものが増えるだけだろ」

「そんなこと言って、じゃあ、何のために買い物するのよ」

「いや、無駄だと思うから、してないしな。動機を聞かれても分からない。…強いて言うなら、子供たちにお菓子やぬいぐるみを買ってやって、喜ぶ顔を見るためだな」

「そんなの、年寄りの発想だよ?」

「いいじゃないか、別に」

「給料、無駄に貯め込んでるんでしょ。パーッと使っちゃって、経済の発展に貢献しなよ」

「はぁ…。また考えとくよ…」

「まったく、ホントにだよ」


香具夜に殴られる。

それから、もう一度殴られる。


「利家も可哀想に。こんな年寄り臭いのが妻だなんてさ」

「ふん」

「他のピチピチの女の子に盗られても知らないよ」

「そのときはそのときだ」

「何バカなこと言ってんのよ。とにかく、紅葉ピチピチ化計画は、まだまだ続くんだからね」

「なんだ、その恥ずかしい計画名は…」

「今決めた。あの手この手で、年相応の娘にするからね」

「それを私に言ったら、全く意味がないと思うが…」

「覚悟しとけってこと!」


屋根縁の柵を叩くと、そのままドシドシと足音を立てて、部屋を出ていった。

…まあ、そういうことをやってくれるのはいいけど。

この性格は、もう変えられないかもしれない。

と、また足音がやってきて。


「………」

「お前か」


香具夜と入れ替わりで加奈子が入ってきた。

何か、底の浅い木の箱を持っているけど。

手招きをすると、こっちまで走ってくる。


「………」

「なんだ、砂が入ってるのか?」


コクリと頷いて。

そして、砂の上に置いてあった棒で、のぞみ、と書く。

望が考えたということだろうか。

これだけ短い間に、よく考えたものだな。


「でも、もう少し改良が必要そうだな」

「………」


重たいし、すながこぼれる。

まあ、妥当な感想といったところだな。

…そういえば、この前、澪に掛けられた妖術の中に、砂塵というのがあったような気がする。

また大和にでも聞いて、考えてみよう。


「ふむ…」

「………」


おっきい家だね。

なんにんかぞく?


「さあな。大家族だ」

「………」


りるとなでぃあと、おともだちになったよ。

あと、のぞみと、りゅうと…。

それから、おおよそ思い付く限りの名前を書き出していく。

砂箱がいっぱいになると、どこに書こうかと困ったように私を見る。


「みんな、ここに書いておけばいい。たくさん友達が出来たことは分かったから」

「………」


胸のところを突いてやると、加奈子は小さく頷いて、ニッコリと笑う。

そして、名残惜しそうにさっきの名前を消すと、心にちゃんとなおしておくね、と書いて。


「そうだな」

「………」


それから、心という字だけを残して砂を綺麗にすると、空を見上げて。

ゆっくりとため息をついて、また笑う。

…どんなことがあっても笑って乗り越えてきただろう加奈子は、今まで、心に何をなおしてきたんだろうか。

これから、何をなおしていくんだろうか。

こんな小さな砂箱には書き切れないくらいの、たくさんのことで…たくさんの楽しさや喜びで、満たしてやりたいな。

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