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質屋に戻ると、番台には大和が座っていた。

梅吉はどうやら、奥の部屋にいるらしい。


「加奈子はどうだった」

「まあ、いろいろ聞けたよ。そっちは」

「やはり、孫娘のように思っていた加奈子と別れるのは辛いそうだ。しかし、思うところは多いみたいだな」

「そうか。…もう、一緒に住む気はないのか?」

「ふむ。女の子一人を養うほどの余裕も、もうないようだな。あいつ自身も、店を畳んで、息子の家へ行く予定だったらしい。それを、あの子がいる間だけ、引き延ばしていたようだ」

「ふぅん…」

「店を畳もうとしていた日、あの子が来て、五百円ほど貸してほしいと言ってきたらしい。わけを聞けば、どこからか放浪してきて、なけなしのお金も尽き、どうしようもなくなっかったから、どこかで掘ってきたという勾玉やら何やらを寄せ集めて、質入れを頼みにきたのだと。梅吉も最後の仕事だと思って、一ヶ月ほど面倒を見ていたらしい。さっき渡していた金は、その一ヶ月で稼いだ分のようだ」

「…まあ、似たような話を聞いたよ」

「そうか。それで、あの子は」

「今は澪と一緒にいる。梅吉は、店を畳むということは秘密にしていたらしいが、加奈子は薄々分かっていたようだ」

「ふむ」

「あまりに突然だったから動転したが、今はもう、一緒に暮らせないなら仕方ないとも思っているらしい。この店を出る覚悟は、出来ているようだな」

「だ、そうだ、梅吉」

「…その方が、加奈子のためでもありますんで。一ヶ月、なんとか頑張ってみましたが、もう無理なんすねぇ。息子夫婦に迷惑掛けるのも何なんすが、こう歳を取っちゃならんもんですわ。ここさ出る覚悟が出来てるんなら、ちょうどよかったです。このまま、私も消えることといたしましょうかねぇ」

「最後の別れくらい、きちんと言ったらどうだ」

「衛士長さん、最後の別れなんてのはないんす。別れは、常に次の出会いのためにあります。私と加奈子はもう会えんかもしれませんが、加奈子と衛士長さんたちが出会うことが出来ました。それは、私にとっても嬉しいこってすし、加奈子にとってもよきことです。それに、別れを言えば、それだけ離れ難くなります。このまま、静かに別れるのが、私たちにとっては一番いい選択なんです」

「加奈子は、そうじゃないみたいだが」

「えっ?」


澪と加奈子が、店の前に立っていた。

加奈子は、また目に涙を溜めていて。

いつから聞いてたのかは分からないが、梅吉の言葉を澪が伝えていたようだ。

澪に背中を押されると、すぐに店の奥へ走っていって、扉を開ける。


「加奈子…」

「……!」


身振り手振りで、とにかく何かを伝えようとする加奈子。

その姿を見て、梅吉も涙を堪えることが出来なかったようだ。

ここからは見えないが、嗚咽を漏らすのが聞こえてくる。


「紅葉」

「ああ。…そうだな」

「………」


しばらく、店を離れることにする。

二人の時間を邪魔しないように。

…二人が今日ここで別れてしまうのは確実だろうが。

だからこそ、あんな別れ方ではダメなんだと思う。


「………」

「………」


私は今まで、どんな別れを経験してきただろうか。

どんな別れ方をしてきたのだろうか。

…そんなことを考えながら。



再び店に戻ると、店にあった質流れしたらしい椅子に座って、二人は空を見ていた。

私たちが戻ってきたのを認めると、ゆるりと手を振って。


「二人で話し合いましたんで。ありがとうございます」

「いや。それで、どうするんだ」

「息子夫婦んとこには、やっぱこの子は連れていけません。この子も、それを望んではいませんし。加奈子が、澪という方の許嫁になったとかで、一緒に城さ帰る言うておりますが、よろしいんでしょうか、衛士長さん?」

「それは別に構わないが」


澪の方を見ると、決まりが悪そうに俯いていた。

まあ、加奈子の行く先がないのなら、それを申し出てみようかと私も思っていたところだったから、ちょうどよかった。

…しかし、本当に許嫁になるのか?

澪は顔を赤くするばかりだし、大和は知らん顔を決め込んでいる。


「衛士長さんとこのお世話んなるんなら、私も安心出来ますよってに。どうか、よろしくお願いいたします」

「…ああ、分かったよ。ところで、なんで、お前はオレが衛士長だと知ってるんだ」

「ははは。何かと思えば。簡単なこってす。私と、ユールオの一徹っちゅー頑固親父なんですが。ずっと昔からの文通友達…まあ、文友(ふみとも)ってわけです」

「そんな略称は聞いたことがないが…。それで、なんでオレが衛士長だと分かるんだ」

「一徹は、紅葉という美人でしっかり者の娘と、灯という明るくて料理の上手い娘のことしか書かんのですよ。親バカというんすかねぇ。衛士長さんに会うんは今日が初めてですが、見たかんじと名前ですぐに分かりました」

「ふぅん…」

「衛士長さんが可愛いんでしょうなぁ。面白い親父ですよ。まあ、私の方が、随分歳は取ってるんですがねぇ」


…世間は狭いと言うが、こんなところで意外な繋がりを見つけるとは思わなかった。

あの父さんが文通してるなんてな。

しかし、梅吉との接点は何だったんだろうか。

気になる。


「人生は生との出会いから始まる。そして、死との出会いで終わるのだ。そこから先に何があるのか、私には分からないが、きっと、新しい出会いがあるのだろう。生が出会いで始まり、出会いで構成されているのなら、出会いで始まる死も、出会いで構成されていくのは想像に難くないことである。そして、死は生との出会いで終わるのだろう」

「輪廻の考え方か」

「そんな大したもんじゃあないです。どこかの誰かが考えていた、ちょっとしたぁ哲学ですよ。この世との別れでさえ、死との出会いの切っ掛けなんですから、最後の別れなんてもんは存在しないんす。加奈子にも、これからたくさんの出会いがあるでしょう。今日の別れが、その出会いの切っ掛けとなるなら、私は嬉しいです」

「………」


加奈子は、また笑っていた。

梅吉も笑っていた。

…こんな別れがあるのなら、次の出会いも、きっと素晴らしいものに違いない。

そして、その出会いは、意外と近くにあるのかもしれない。

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