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「ふむ、美味いな。なんという料理だ?」
「それはリゾットとかいうやつだったんじゃないか?」
「ミゼット?」
「…リゾットだ」
「そうか。外国の食べ物も、なかなか美味いものだな」
「そうだな」
しかし、外国では箸を使わないんだろうか。
匙とホークとナイフとかいうものしか出ていない。
私にとっては使い慣れない道具ばかりだが、大和はなんとなくそれらしいかんじで、ステイクを上手く食べている。
「このような肉片を食べる場合には、確かに箸では力不足かもしれないな。とても、箸だけで切れるとは思えない。先に切り分けられているなら別だろうが。噛み千切るのも行儀が悪い」
「お前は上手く使うんだな」
「利き手で切り分けるのだろう?利き手でなくとも、ホークで押さえたり、口に運ぶくらいのことは出来るからな。聞いた通りのことをやっているだけだ」
「大和は、左利きなのか?」
「ふむ。そうだろうな」
「私も左利きだ」
「では、匙は左に持つことだな」
「おぉ、何か食べにくいと思ったら、そういうことだったか」
「ふむ」
「左で食べる方が美味いな!」
「気のせいだろ…」
「まあ、よいではないか。美味いと言ってるのだから」
「まあな…」
心なしか、右手の方が持つのは上手かった気がする。
効率は左手の方がいいみたいだけど。
「よければ、私のステイクも食べるといい。私は、もう充分なのでな」
「本当か?」
「ああ」
「そうか。ありがとう」
「いや、いいんだよ」
「美味いな、外国の食べ物も」
「そうだな」
それを言うのも二回目だけど。
ニコニコとご機嫌で食べてる澪を見てると、私の料理もさらに美味しくなるようだった。
フィッシュエンドチップスのジャガイモを、ホークで刺して口に運ぶ。
「本来ならば、刺し箸と言って行儀が悪いとされることだがな」
「外国の文化、ということだろうな。そもそも、これは箸じゃないし」
「うむ。確かに」
「紅葉、それも美味いか?」
「自分で食べてみればいい。ほら」
「いいのか?」
「ダメだったら渡さないだろ。好きなだけ食べろ」
「うん」
「ふふふ。食欲旺盛なのは、よきことだ。見ているこちらも、気分がいいしな」
「そうだな」
「そうか?」
「ああ。だから、たくさん食べろ」
「うん!」
頷いて、またリゾットを食べる。
大盛りを頼むと、大皿いっぱいになって来たんだが、澪ならちゃんと食べてくれるだろう。
揚げ魚をホークで刺しながら、澪の食べっぷりを眺めて。
「なあなあ、紅葉。さっき、面白そうな店を見つけたんだ。食べ終わったら、そこに行こう」
「ああ。そうだな」
「きっと、何か面白いものがあるに違いない」
「あるといいな」
「美味いな、この肉も」
「………」
外に目を向けると、住宅地に隣接した広い公園で、街の人が思い思いに昼寝をしたり、談笑したりしているのが見えた。
大通りから外れた、穴場的なこの静かな店を見つけたのは、本当に偶然だったけど。
大和は静かさに満足し、澪は料理に満足し。
見つけられて、本当によかったと思う。
…そうして、ゆっくりと昼の時間が流れていった。
澪の見つけた面白い店というのは、どうやら質屋のようだった。
質流れしたらしい、いろいろなものを売っていて、共通していることと言えば、どれも一様に古いということくらいだった。
「この輪っか、八咫鏡の一部だって。本当かな」
「さあな」
「八咫鏡といえば三種の神器のひとつであるな」
「うん。あ、天叢雲剣の切っ先って書いてある」
「黒曜石の打製石器に見えるが」
「天叢雲剣は、黒曜石で出来ていたのかもしれないな」
「八尺瓊勾玉はないのかな」
「勾玉ならここにあるけど」
翡翠色の勾玉のようだった。
どこの遺跡を盗掘してきたのかと邪推してしまうが。
値札によると、どうやら卑弥呼の勾玉らしい。
こういう出鱈目さも、こういう場所ならではかもしれないな。
「その勾玉、いいな」
「五十円…。とても、卑弥呼の勾玉に付けられる値ではないようだが」
「古物の価値は、値段じゃ決められないんだ」
「ふぅん…」
澪に勾玉を渡してやると、何か嬉しそうにそれを眺めていて。
偽物は偽物だと思うが、まあ、楽しんだ者勝ちということか。
「この店には、店主はいないのだろうか」
「奥で昼ごはんでも食べてるんじゃないか?」
「ふむ…」
「気になるなら、呼んでみればいい」
「それはそうだが」
店の番台らしきところに置いてある呼鈴を鳴らしてみる。
しばらく待ってみるが、何の反応もない。
…近くにあった紐なんかも引っ張ってみる。
どういう仕組みかは分からないが、今度は、店の奥から足音がして。
正面の扉が開いたかと思うと、ひょっこりと望くらいの年格好の子が顔を出して。
番台の座布団に座ると、ニコニコと笑顔になる。
「来たぞ、大和」
「うむ。いや、私は、用はないのだが」
「なんだ」
「………」
幼い店主は、相変わらずニコニコ笑っていて。
少なくとも、愛想のよさは天下一品のようだった。
「紅葉。この勾玉、お土産に買ってもいいかな」
「ああ。おい、店主。あの勾玉はいくらだ」
「………」
「ん?」
澪の方を指差してみると、そちらの方を向いて、すぐに勾玉に気付く。
笑顔は絶やさずに澪に近寄っていって、手を差し出す。
「これが欲しいんだ」
「………」
小さく頷いて、澪から勾玉を受け取ると、また番台まで戻る。
そして、算盤を取り出して。
何の計算を始めるのかと思って見てると、首を傾げながら、珠を慎重にひとつずつ動かして、納得が行かないとまた計算し直していた。
…そもそも、算盤の使い方は分かっているのか?
そこから疑問だった。
「…紅葉」
「ああ、そうだな」
「なんだ、二人で。何かあったのか?」
「澪は気付かなかったか?」
「何に」
「この子は耳が聞こえていないんだよ。言葉も話せない」
「えっ、そうなのか?」
「たぶんな」
あの紐は、視覚的に客が来たことを報せる仕掛けに繋がっているのだろう。
だとすると、呼鈴は何なのかということになるが、おそらく、今は不在らしい本来の店主を呼ぶためのものではないだろうかと思う。
「ありゃあ、お客さんかね。こりゃ珍しい」
「ん?」
「あぁ、すんませんねぇ。ほれ、加奈子。ただいま」
「……!」
どこからか帰ってきた、いかにも好好爺といった老人は、店の奥へと歩いていって。
カナコと呼ばれた女の子は、爺さんに気がつくと、算盤を投げ出して、飛びきりの笑顔を見せる。
それから、座布団を手で払って、席を空ける。
「はいはい、どうも」
「……!」
「あぁ…。お前さんが拾ってぇきたやつなぁ。こりゃあかなりの値打ちもんだで、売れてよかったなぁ。でぇ、いくらだったかな」
「値札には五十円と書いてあるが」
「では、五十円いただきましょうかね」
「いいのか、そんなので」
「いいんすいいんす。この子が値段さ決めて、ここに出品しとるもんだから。この子が五十円と書いてたんなら、五十円だ」
「そうか」
財布から五十円を取り出して、背中のすっかり曲がった爺さんに渡す。
爺さんは、それをそのままカナコに渡して。
「お前さんの借金は、これでチャラさ。こんな胡散臭い質屋なんぞ、とっとと離れ、どこへなりとも好きなところに行きん。ジジイからの小遣いも、ちょっと足してやるでな」
「………」
「遠慮せんでええ。それに、質に入れるもんさ持たん娘子には用はないんでな」
「………」
「はよ行きぃ」
今来た私たちにとっては全くわけの分からないことだが、カナコにとっても、たぶん突然のことだったに違いない。
渡された一万円もの大金を突き返そうと必死に抵抗していたが、爺さんに追い立てられ、ついには目に涙を溜めて、カナコは店を飛び出していった。
爺さんが言っていたことは、耳が聞こえずとも分かるのだろうか。
しかし、専用の呼鈴まで作っていた爺さんが、カナコを本心から追い出したとも思えない。
…何か、また事情があるんだろう。
こういう事件が、私たちの周りについて回るのは、どうしてなんだろうな。
そして、それに関わらずにはいられない。
まあ、困ったときはお互いさまということだな。