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「賑わしい街だな」
「ルクレィで一番の商業都市だからな」
「ほぅ」
「…それで、お前もちゃんと人間の姿になれるんじゃないか」
「なれないとは言っていない」
「そうだけど…」
「あの姿は趣味だと言っただろうに。まあ、本来の姿を残していない分、こちらの方が力は使うが。しかし、この前のような重労働をしなければ問題はないだろう」
「ふぅん…」
大和は初老の紳士といった風で、どこかウォルクを思い出させた。
そういえば、あいつも千秋の世話係だったな。
そういう意味では、二人は似てるのかもしれない。
「あの城の周辺に比べると、やはりかなり騒がしいのだな」
「そりゃそうだろ。人の密度も段違いだし」
「ふむ。私はやはり、あの適度な静かさというのが好きだな。お祭り騒ぎも嫌いではないが」
「そうか」
「それに、たくさんの匂いがありすぎる」
「…お前は文句が多いな」
「年寄りの僻事だよ」
「ふん」
「まあ、それも、お前といると楽しくなるようだがな」
「よかったな」
「なんだ。素っ気ないな」
「頬でも赤らめればいいのか?」
「ふむ。まあ、それは、想い人との逢瀬のときまで取っておけばいい」
「………」
大和と二人で大通りを歩いていくが、どうも、盛り上がりに欠けるな。
風華やナナヤがいれば、また違うんだろうけど。
「む?煙管か」
「興味があるのか?」
「いや。煙をわざわざ身体に入れるなど、考えられないな」
「じゃあ、煙管がどうしたんだ」
「美しい細工をしてあると思ってな」
「こういうものに興味があるのか」
「美しいものは好きだよ、私は」
「そうか」
「うむ」
「…欲しいなら買ってやるぞ」
「いいさ。手が届かないものほど美しい」
「ふぅん…」
暗い店の中に飾られている煙管を眺めながら、大和はため息をついて。
…まあ、その考え方も、分からないでもない。
憧れがそれを美しく見せるのは、たぶん確かなことだ。
買い物は手に入れるまでが楽しいと言うのも、そういったことなのかもしれない。
「人間の華やかしさは、他の動物たちにはないものだ。そういったものには、心惹かれるな」
「そうか」
「扇子なども、機能美と言えよう」
「機能美と言うなら、生物自体も機能美の塊のようなものだがな」
「ふむ。そういえばそうだな。しかし、人間の女の胸の膨らみなどは、本来は不要なものだろう。そういう意味では、お前は機能美を追求しているのか」
「五月蝿いぞ、お前」
「ふふふ」
「まったく…」
と、ちょうど扇子屋の前を通る。
店先には、たくさんの扇子が広げられていて。
龍や虎の絵が描かれていたり、風神雷神だったり。
金魚や風鈴の絵が描いてあったりすると、なぜだか他の絵のものより涼しく感じられるのは気のせいなんだろうか。
まあ、きっと気のせいだろうが。
それから、見せ棚の横では、店の人が扇子作りを実演していて。
今は、扇子の骨組みを作っているようだった。
「ほぅ…。器用なものだな」
「そうだな」
「形を揃えるだけでも大変だろうに」
「まあな」
「ふむ…」
大和は完全に足を止めて、扇子作りに見入っている。
店員はそんなことはお構い無しで、黙々と作り上げていって。
まあ、そんなにすぐに出来るものでもないけど。
「…あぁ、すまない。行こうか」
「見たいなら見てればいい。オレは構わないから」
「いや、充分楽しめたよ。行こう」
「まあ、お前がそれでいいんだったら」
「うむ」
大和に押されて扇子屋を離れ、また大通りの人混みの中へ戻る。
ユールオの市場と比べても、段違いに人は多いし、道も広い。
馬車が四台並んでも、まだ余裕があるといったかんじだった。
…それと、たまに来る馬車に、通行人が飴やお菓子を放り込んでいるのは、何なんだろうか。
そういう習慣があるのか?
「かつては、馬車に風俗のチラシなんかを入れていたらしい。昔は、馬車に乗るのは貴族か金持ちばかりだったからな。それから、三大旅団が主軸となって馬車が普及すると、今度は普通の店もチラシを入れるようになる。しかし、次第に収拾がつかなくなり、馬車の中がチラシで溢れ返ってしまった。そこで、ルイカミナの条例として、チラシや店の宣伝は馬車に投げ込んだりしないように定められた。まあ、それで店側は何を投げ入れることも出来なくなったが、すでにそれ自体が風習として広まっていて、どうしてもゆっくり通らざるを得ないこの場所で、通行人が馬車に乗っている者との関わりを作る切っ掛けとして、お菓子などを渡すようになった、ということらしい」
「よく知ってるんだな」
「事前知識として、香具夜に叩き込まれたものだ」
「ふぅん…」
「私なら連れ出せると思ったのか知らないが、ここに来てから、ほとんど缶詰だ」
「あいつは、無駄に鼻が利くからな」
「そうらしいな」
まったく、そんな算段をつけていたとはな…。
どうせ、大和がいなくとも、他の誰かに頼む予定だったに違いない。
そんなことを考える暇があるなら、もっと有意義なことを考えてほしいものだ。
「香具夜も、紅葉のことを心配しているのだろう」
「はぁ…。そうかもしれないけど…」
「あまり責めてやるな」
「まったく…」
「あっ!やっと見つけた!」
「ん?」
上から声が聞こえたかと思うと、次の瞬間、目の前に黒いものが降りてくる。
…澪だ。
そういえば、こいつも心配性だったなと思い出す。
「どこに行ってたんだ!」
「どこって…ここだけど」
「なんで、私に報せない!」
「いや、報せる間もなかったし…」
「まったく…。私がどれだけ心配したか…」
「まあ、よいではないか。こうやって合流出来たのだから。お前も、今日一日楽しめばいい」
「う、うむ…」
澪はすぐに小言を取り下げて、戸惑い気味に頷く。
…まあ、二人より三人だしな。
今まで、あまり乗り気ではなかったけど。
澪も来たことだし、仕方ない、楽しんでみるか。