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朝ごはんを食べ、洗濯も終わり、することも早速なくなってしまったので、部屋でぼんやりと外を眺めることにする。
いつも通りなんだけど、もう少し何かないかと思ってしまう。
かと言って、仕事もないし、出掛ける用事も趣味もない。
とても、二十歳の娘とは思えない枯れ具合だな。
「…何をしているのだ、紅葉」
「暇を持て余している」
「何かしら、やることがあるだろう」
「今日は寺子屋もないし、秋華もいないし、出掛ける用事もないし、子供たちもみんな外で遊んでるし。本当に何もすることがない」
「何か趣味とかはないのか?」
「あったら苦労してないよ」
「苦労はしていないだろう」
「お前にそうやって問い詰められることが、苦労の内訳だ」
「ふむ」
大和は首を傾げて、私の横に座る。
それから、後ろ足で耳の裏を掻き、欠伸をして。
「翡翠はどうしたのだ」
「街に行って、ツカサと一緒に市場で働いてる」
「ふむ」
「すっかり友達だな」
「そうだな。お前には、友達はいないのか」
「城から出るようになったのは最近のことだから、外へ会いに行くような友達は、今のところ、あまりいない」
「どこかの旅団からの客がいるようだが」
「桐華もロセも、客と言うほどのものでもないし、別に応対しなくとも勝手に居候してる」
「何か話してきたらどうだ。そんなことでは、早々に枯れてしまうぞ」
「もう充分枯れてるよ…」
広場を見ると、いつの間にか桐華が子供たちに混じって遊んでいた。
相変わらずだな、あいつは…。
横の花畑を見ると、ロセが望と一緒に土いじりに勤しんでいる。
…意識したら、あいつらがいるということが分かったけど、さっきぼんやりと眺めていたときは全く気付かなかった。
いよいよダメかもしれないな。
「私がどこかへ連れていってやろうか?」
「いいよ、別に…」
「外の世界を見て回ることで、何やらいろいろ変わるやもしれんだろう。ルイカミナ程度なら、今から行って、ゆっくり買い物でもして、また帰ってくるということも出来る。あるいは、この国の外周を、一日掛けて回るとかだな」
「はぁ…。香具夜にでも入れ知恵されたのか?」
「いや、私の意見だが。主が何の主体性もなく、ただ立ち枯れしていくのを見るのは、私としても心苦しいのでな」
「ふむ…」
と言っても、買いたいものがあるわけでもないし、何か景色を眺めたいわけでもない。
そういう考え方がダメなのかもしれないが…。
「どうするのだ」
「まあ…しばらく考えるよ…」
「………」
大和はため息をつくと、何かを呟き始める。
どこかで聞いたことがあると思ったら、前に翡翠が使っていた妖術の呪文と同じものだった。
「すまないな」
「………」
そうだろうとは思っていたが、大和は私を咥えると、そのまま一瞬で呑み込んでしまって。
…まあ、わざわざ抵抗することもないだろう。
しばらくすると、真っ暗な中で、大和の心音だけが聞こえてきて。
「………」
居心地がいいとは言えないし、やり方もかなり乱暴だとは思うが、仕方ないだろう。
…ミケに、尻に根が生えているのかと思ったと言ったが、それは私のことだったな。
まったく、灯台下暗しというわけか。
久しぶりに光を見た気がした。
後ろで大和がまだ咳き込んでいる。
「はぁ…。ツカサの気分は味わえたか?」
「まあな。でも、ツカサほどは好きにはなれないと思う」
「そうか。とりあえず、これがお前の財布と着替え、あとは、身分証明書らしい」
「やっぱり、香具夜あたりに頼まれたんだな」
「よいではないか。何事にも切っ掛けというものは必要だ」
「まったく…」
向こうの方に、ユールオの街が見える。
そんなに遠くまで来たわけでもないらしい。
「それで、出発はいつだ」
「少し待ってくれ…。私の腹は、何かを運ぶためにあるわけではないのでな…」
「ふん。正直に言えばよかったのに」
「正直に言えば、すんなりとついてきたのか?」
「そんなことはないな」
「やはり、こうするくらいしかないであろう。まあ、今日一日、私に付き合ってくれ」
「はぁ…。分かったよ…。まあ、香具夜が首謀者なら、連絡はみんなに行ってるだろうな」
「心配はするなということだ。お前が居らずとも、ちゃんと回していけるらしい」
「普段からそうだからな」
「ふむ」
大和は首を傾げると、地面に伏せて、前足の上に顎を乗せる。
言ってるほど、しんどそうではないんだけど。
…とりあえず、この間に、私も着替えることにする。
「しっかりと引き締まった、美しい身体だな」
「ふん。どうも」
「胸の発育はよろしくないようだが」
「五月蝿い」
「ミケは、自分で美しい肢体だとか言っていたが、あの過剰な自尊心は羨ましくもあるな」
「まあ、実際に、しなやかな猫らしい身体付きだけどな」
「ふむ」
香具夜が用意した服は、何か活発な街娘が着るような服で、とても私に似合うようなものとは思えなかったけど。
丈は、ちょうどいいかんじだった。
「似合っているぞ」
「オレはそうは思わないが」
「若々しい娘が着るには、ちょうどよい色合いではないか」
「若々しい娘ねぇ…」
「まあ、気が老けると、身体も老けてしまうぞ」
「ふん。そうかよ」
「今日くらいは、小娘らしくしてはどうだ。そんな不遜な態度では、男も逃げてしまう」
「お前に独占してもらえて、ちょうどいいじゃないか」
「まったく…。捻くれたものの見方だな」
「そういう性格だからな」
「お前が気老けしている理由が分かるようだ」
「そうだな」
「…まあよい。さて、そろそろ行こうか」
「ああ」
大和は、たぶん背中に乗れという風に合図をして。
背中に乗せるのと、腹の中に入れてるのとでは、やはり違うのだろうか。
とりあえず、荷物をまとめて、大和の背中に乗り、しっかり掴まる。
「ルイカミナでいいか?」
「ああ」
「分かった。では、行こう」
大和はゆっくりと立ち上がって。
そして、出発する。
…まあ、何か変わればいいな。
そんな期待を持ちながら。