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「最近はどうだ」
「何がだよ」
「私たちが来て、いろいろ変わったんじゃないのか?」
「…変わったと言えば変わったし、変わらないと言えば変わらない」
「ふむ。まあ、ここは、様々なものが集まる場所のようだからな」
「ああ」
それは確かだ。
何もしなくても、いろんなものが集まってくる。
人間だったり、龍だったり、妖怪だったり。
人でなくとも、事件だったり、面倒事だったり、喜ばしいことだったり。
縁の集う場所、とでも言うのだろうか。
「ふふふ。大変だろう」
「そういう言葉に、楽しげな笑いは似合わない」
「そうか?」
「…いや。まあ、大変だけどな」
「ふむ。面倒なことは面倒なことだ。それに変わりはないだろう?」
「なんだ、ミケ。お前、家猫じゃなかったのか」
のっしのっしと、ミケが広場を横切ってくる。
…興味津々についてくるセトに威嚇をしながら。
門はまだ開いてないけど、どこから入ってきたんだろうか。
まさか、堀を泳いで、武者返しを爪を立てて登ってきたわけでもないだろう。
何か、空間を移動する妖術や呪術があるんだろうか。
縮地とか。
「小生自身も、あの屋敷を出るのは久方振りだな」
「尻に根でも張ってるのかと思ったけど、そうでもないんだな」
「何を言うか。この美しい肢体を保つために、毎日運動は欠かせないのだぞ」
「そうだな」
「…まあ、そんなことはよい。この大噛みは何なのだ。お前の下僕か?」
「強ち間違いではないな。私は大和と言う」
「ふむ。小生は…さっき聞いただろうが、ミケだ」
「そうか。よろしく。しかし、珍しいな。猫又で、ここまで妖力を持つのは」
「ふん。まあ、小生は純粋な猫又ではないからな」
「ほぅ。やはりな」
「純粋な猫又ではない?」
「猫又というのは、いつまでもしぶとく生き残った死に損ないの猫が妖怪となるものだが、小生は死に損ないではなく、もとより猫又として生まれてきたのだ。猫又と犬神の間の子として。普通の猫が妖怪になったところで、得られる妖力など知れているが、妖怪として生まれてきた小生は、妖怪としての本来の妖力を得ることが出来るというわけだ」
「ふぅん…」
「まあ、忌み子として親共々迫害されたものだが、親は一所懸命に小生を育ててくれたよ」
「そうか」
「…ふん。しんみりとしてしまったな」
「いや、興味深い話を聞けたよ。親は、もういないのか?」
「さあな。小生が自立したあとは、二人で放浪の旅をしているようだが。どこかで野垂れ死んでるやもしれん」
「そうか」
ふんと鼻を鳴らすと、ミケは顔を洗い始める。
今日は雨なんだろうか。
…まあ、誰にでも過去はあるものだ。
ミケがどれだけ苦労したのか、私には分からないが、今のミケは、どこか誇らしげだった。
それは、いつもの自信過剰とは違ったもののような気がしたが。
「それで、ミケ。お前は、ここに何をしに来たのだ?まさか、自分の身の上話を語りに来たわけではあるまい」
「おぉ、そうだった。紅葉。秋華は来ているか?」
「今日はまだ来てないけど。そろそろ、門が開くのを待ってるんじゃないか?だいたい、秋華のことが気になるなら、秋華の家に行けばいいだろ」
「小生は秋華の家を知らない。だが、城なら分かるのでな。屋敷からでもよく見える」
「そうかよ…」
「あ、隊長。おはようございます」
「あぁ、おはよう。ちょうどよかった。早く門を開けてくれ」
「お出掛けですか?」
「いや、秋華に用があるんだ」
「そうでしたか。分かりました。すぐに開けますね」
「ああ」
今日の門番は、周太らしい。
門まで小走りで行って、開門の操作をする。
ミケは、橋が降りるのをしばらく見ていたが、飽きたのか、四分の一ほど開いたところでまた顔を洗い始めた。
そして、完全に橋が降りると、早速渡ってくる者がいる。
一人は郵便配達員で、もう一人が秋華だった。
「秋華、こっちだ」
「あ、師匠。おはようございます」
「おはよう」
「あ、ミケです。ミケ、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「大和さんも、おはようございます」
「…おはよう」
「待て。小生だけ呼び捨てなのか」
「オレは名前すら呼ばれてないが」
「名前でなくとも、お前のは最高の敬称にも等しいだろう」
「すみません…。では、ミケちゃんでしょうか?」
「なぜ、ちゃん付けなのだ」
「えぇ…。では、ミケ太郎…」
「新しい名を付けるな。…もう、ミケでいい」
「うぅ…。すみません…」
「まったく…」
「それで、ミケ。秋華に何か用事があるんじゃないのか?」
「あぁ、そうだったな」
「えっ、何でしょうか」
「お前、呪術を使えるのだったな」
「は、はい…。すみません…」
「どうして謝る。…まあ、暇な折に、また呪術を上手く扱うための稽古をつけてやろう、ということを言いに来たのだ。お前は御札を書いたりする能力に長けていて、他はあまり発現していないようだが、無意識に呪術を振り撒かれても困るのでな」
「えっ、振り撒いていましたか?」
「今はまだ、そういったことはないようだが」
「予防策としては有効なのではないか?私もそれには賛成だ」
「うむ」
「あ、あの…。私も、知らない間に、みなさまに迷惑を掛けたりはしたくないので…」
「では、決まりだな。時間が空くようなことがあれば、六兵衛の屋敷まで来い。中に入らずとも、外から少し声を掛けてくれれば、すぐに向かう」
「あのっ、どこから声を掛ければいいのですか?」
「どこでもいい。小声で呼び掛けるくらいで充分だ」
「は、はぁ…。分かりました。でも、どうして、それで分かるのでしょうか?」
「誰かが近くに来たという気配くらい、すぐに分かる。それが、単に通り掛かっただけなのか、小生を訪ねてきたのかを確認するために、声を掛けろと言っているのだ」
「なるほど。よく分かりませんが、分かりました」
「…まあ、正直でよろしい」
「時間が空きましたら、またお会いしに行きますね」
「うむ」
「ありがとうございます」
「しかし、秋華。もうあまりゆっくりもしてられないのではないか?」
「そ、そうでしたっ。では、失礼しますっ!」
いつものように、きっちりとしたお辞儀をすると、そのまま門の方へと駆けていった。
偶然、郵便配達員とも一緒になって。
二人の様子を見るに、どうやら顔見知りらしい。
…まあ、たびたび一緒に開門を待ってるみたいだしな。
「小生も帰るとするか。腹も減ったしな」
「そうか」
「うむ。…面倒なことが面倒なのは確かだが、それ以上のものがあることくらい、小生も分かっているのだからな」
「ああ。分かってるよ」
「ふん…。では、また会おう」
「ああ」
ミケはのっそりと立ち上がると、のっしのっしと歩いていった。
何かと構いたがるセトに威嚇をしながら。
…まあ、私も朝ごはんにするか。
誰が当番かは知らないが。
美希や進太あたりの、ごく少数の早起き組ならいいんだけど。
厨房からいい匂いがしてこないあたり、望みは薄そうだな。
大和に合図だけしておいて、とりあえず、城に戻ることにする。