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「今日は見なかったな。どこに行ってたんだ」
「大和に、術の組み方を教えてもらってたんだ。でも、ちゃんと紅葉のことは見てたぞ」
「そうか。でも、自分のことをやってるときくらい、私のことを忘れてもいいんだぞ?」
「ダメだ、そんなことは。主は、我が身より大切なものなんだ。いついかなるときも、お守り申し上げないと…」
「それは嬉しいんだけどな。自分の好きなことくらいは、何も気にしないで、のびのびとやればいい。私は、澪にはそうしてほしい」
「命令なのか、それは」
「お前が命令でしか動かないと言うなら、命令だ。でも、こういうことは命令されてやるものじゃない。これは、オレの願いだ」
「………」
「まあ、難しく考えなくていいんじゃないか?何か夢中になれることがあるなら、思いっきり夢中になればいいってことだよ。術の組み方ってのが何なのか、俺には分からないけどさ」
「でも…」
「じゃあ、こういう考え方はどうだ?好きなことには真剣に取り組む。紅葉のことは、とりあえず忘れてな。真剣に取り組めば、結果も早く出てくるし、それだけ紅葉の傍に長くいてやれる。ほら、両方の結果が上手い具合に出てくるだろ?」
「むぅ…」
「二兎を追う者、一兎をも得ず、だ。一兎を捕まえてから、もう一兎も捕まえにいけば、上手くいくとは思わないか?」
「うーん…」
澪は、まだ納得がいかないみたいだった。
龍の献身というのは、目を見張るものがあるが、こういう困ったこともあるんだな。
まあ、見方を考える切っ掛けにするには、今の千秋ので充分だとは思うけど、もう一押し、大和にも言っておいてもらおうか。
あいつのことだから、もう言ってるかもしれないが。
澪は、大和に、どうやら全幅の信頼を寄せてるみたいだしな。
…私が言っても、私を守るためだと言って聞かないだろうし。
そういうところは、なかなか上手くいかないところだとも思う。
「おかーさん、見てー」
「見テー」
「ん?」
「出来た!」
「出来たヨ」
「あら、上手くやったわね。これは、何かしら?」
「これがお花で、これがチョウチョ」
「蝶々?緑色の蝶々なんているのか?」
「いや、こっちがカナブンで、こっちが玉虫だろうな。りるは、虫全般のことを指してチョウチョと言うらしい」
「ふふふ。小さい子って、そういうことがよくあるわよね。うちの子も、昔はこんなに可愛かったのにねぇ」
「先生にも子供がいるんだ」
「ええ。今は反抗期真っ盛りでね。大変なのよ」
「ふぅん…」
「まあ、大変だけど、自分の子供だし。自立心が芽生える頃だけど、やっぱり親がしっかりしてないと、道を見失っちゃうからね」
「…先生って、いい親なんだな」
「そうかしら?自分では分からないわねぇ」
「いい親だよ」
「ふふふ。ありがとね」
千秋は、あんなことがあったからこそ、身に染みてこういうことが分かるのかもしれない。
反抗していた自分の気持ちと、たぶん、ずっと後悔していた親の気持ちも。
だから、千秋のその言葉は、表面には出ない深さがあるような、そんな気がした。
「それでね、これがセトで、お花畑で遊んでるんだよ!」
「お花畑って、広場のか?」
「うん!」
「あぁ、何か掘り返してると思ったら、あそこ、お花畑になるのね」
「まだ芽が出たばかりだけどな。うちの望って子が作ってるんだ」
「へぇ。大変でしょう?」
「いや、広場のセトって龍に手伝わせてるみたいだ。花の世話は、もちろん望が主体でやってるけど、水遣りの水を汲んできたり、土を掘り返したりっていうのは、セトがやってる」
「そうなの?広場にいた、あの大きな龍が?まあ、あの龍だったら、それくらいは軽々とやってくれそうねぇ」
「ああ」
「セトが、お花を摘んで、お花の冠を作ってるんだヨ」
「あいつが作ったら、どんな巨大な冠になるんだろうな」
「意外と繊細かもしれないわよ」
「そうだったら面白いな」
「お母さんに、これあげる!」
「あげル」
「ん?そうか?ありがとうな」
「ん~」「エヘヘ」
作品を受け取って、二人の頭を撫でてやる。
誰にも見せなかったのは、こういうことだったのかもしれないな。
大作というは、人知れず完成していて、そして、見た人を驚かせるものだ。
これは、確かに、二人の大作だった。
「でも、小さい子って、こういうのには自分を入れたりするものじゃないかしらねぇ」
「どうだろうな」
「自由に絵を描かせてあげたりすると、自分の絵とか、家族の絵とか、そういう身近な人の絵から描いていくように思うけど」
「身近と言えば、身近だけどな」
「でも、まだまだお花畑は完成していないんだし、セトはともかく、二人はなかなか想像力が豊かなようね」
「そうかもしれないな」
まあ、想像と言うなら、怪獣の絵を描いたりもするだろうとも思うが。
でも、題材として、未だ見ぬ花畑と、そこにいるセトを選ぶというのは、確かに変わっているというか、なかなか着眼点がいいというか。
何にせよ、心に思い描いたものを形にするというのは、とても大切なことだ。
そういった力を、これからも伸ばしていってもらいたいものだな。
「しかし、よくこれだけ当て布があったな」
「どうしても、端っこの部分って余っちゃうからねぇ。まあ、縫い付けて服の模様にしたりもするんだけど、私はこういう継ぎ接ぎの作品にすることが多いかしらね」
「ふぅん…」
「針を持つにはまだ早い子供たちには、こうやって糊を使ってもらうんだけど、こういうのに興味を持った人たちには、本格的に教えてるのよ」
「そうか」
「衛士長さんや千秋ちゃんは、興味ないかしら?」
「オレはいいかな」
「えぇ、そうなの?残念」
「俺は、ちょっと興味あるな」
「私も!」
「あら。澪ちゃんは、針仕事はしたことあるのかな?」
「ない」
「ふふふ。じゃあ、基礎から始めないとね」
「うむ…」
「大丈夫よ。好きこそ物の上手なれって言うでしょ?興味を持ってくれたなら、上達も速いわ。すぐに、作品に取り掛かれるようになるわよ」
「ホントか?」
「ええ」
「じゃあ、今すぐ始めよう!」
「ふふふ。そうね。善は急げ、ね」
「うん!」
興奮して立ち上がる澪を、とりあえず座らせて。
その間に、佳子は道具を持ってくる。
…りるとナディアは、また新しい作品に取り掛かり始めたようだ。
大した創作意欲だな。
次も期待して待ってるよ。