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銀次の生徒が数人、昼から集まることが出来たらしい。
広間に戻ると、例の区画で待っていて。
だから、銀次は急遽裁縫は取り止めて、数学の授業をすることになった。
私は、またりるたちが騒ぐといけないから、裁縫の講義に戻ったけど。
…銀次、嬉しそうだったな。
数学を教えるのが、本当に楽しいんだろう。
ここからも、その様子を見ることが出来る。
「先生、これでどうかな」
「んー。これじゃあ、腕が通らないでしょ?縫い合わせちゃダメよ」
「あ、そうだな…。やり直すよ…」
千秋はまた糸を抜いて、縫い直し始める。
上手く真っ直ぐに縫うことは出来るんだけど、いつもどこかが抜けていた。
縫い忘れがあったり、縫いすぎたり…。
器用なのか不器用なのか、よく分からない。
「それで、桜ちゃんは才能があるのね。どんなものでもすぐに作り上げちゃって」
「そ、そんなことないですよ。みんなの服とかを作ったりしてたら、慣れてきただけです…」
「それも才能のうちじゃないかしらね。好きで続けられるっていうのは」
「うーん…」
「お前たちは、いつから知り合いなんだ?」
「結構前からじゃないかしらねぇ。寺子屋とか、あと、うちにもよく遊びに来てくれるし」
「ふぅん…」
「………」
ユカラにさえ気付かれないように、ひっそりと抜け出していたんだろうか。
わざわざ引き籠りを装う必要もないだろうに。
照れてるんだろうか。
「いつも一所懸命でね。誰それの服を作りたいんだけど、どういうかんじがいいかとか、聞いてきてくれるんですよ」
「ふぅん」
「うちに来る口実にしてくれてるんじゃないかとも思ったけど、本当にたくさんの子供がいるのね。今日来てビックリしちゃった」
「まあ、どんどん増えているのは事実だ」
「この広間もすごく広いけど、前の寺子屋とあまり変わらないかんじねぇ。ふふ、すぐにいっぱいになりそう」
「そうだな」
「いっぱいになったら、外の広場で青空教室っていうのもいいかもしれないわね。雨が降ったら出来ないけども」
「まあ、また考えとくよ」
「そうね。今はまだ、いっぱいにならないように時間割編成は組めてるから、大丈夫そうね」
「ああ」
「せ、先生。みんなの、見てきますねっ」
「はい、ありがとうね」
「し、失礼しますっ」
桜は、なぜかは知らないが、急に居たたまれなくなったんだろうか。
秋華のように勢いよく立ち上がって、ピシッとお辞儀をすると、そのまま講義を受けにきた人たちの方へ駆けていった。
…誰も知らない間に、外へ出てたというのが発覚してしまって、でも、すぐに席を外すと分かってしまうから、少し間を開けた…というかんじだろうか。
佳子もクスクスと笑っていて。
「一緒に生活してらっしゃる衛士長さんの方がよく知ってるかもしれないけど、桜ちゃんって本当に活発で可愛い子なんですよ。最近は、お姉ちゃんらしく落ち着いてきたけどね」
「そうだな」
「純粋な気持ちって、大人になってからも持ち続けるのは難しいけど、桜ちゃんなら出来るのかなって。そう思うの」
「まあ、ついこの間まで、チビたちと駆け回ったり、水鉄砲で遊んだりしてたけどな」
「ふふふ。そうですか。でも、なんとなく想像出来るな。うちに来てくれたのは、たぶん、もうちょっと大人になってからだけど、水鉄砲を持って、衛士長さんに挑み掛かる様子が、目の前に浮かぶようだわ」
「実際そうだったしな」
「そう。ふふふ」
「先生、これでどうかな」
「ちゃんと出来たかな、千秋ちゃん?」
「見てくれないか?」
「んー。そうね、いいかんじね。裏返して見てみよっか」
「うん」
言われた通りに裏返して、出来映えを見てみる。
千秋はどうやら、かなりきっちりした性格らしく、縫い線から全くずれることもなく、縫い目は熟練の職人が縫ったのかとでも思うようなものだった。
それは、直接は見えない表側からでも分かるくらいで。
「うん、いいわね。売りに出せるわよ」
「それはないだろ」
「いや、本当に」
「そ、そうかな…」
「うん。まあ、でも、まずはナディアちゃんに着せてあげましょうか」
「ああ。ナディア」
「……?」
「こっちに来い」
「うん」
千秋に呼ばれて、ナディアがやってくる。
すると、予想通り、りるもやってきて。
二人揃って、首を傾げてみせる。
「ふふふ。衛士長さんの言った通りだったわね」
「お互い、仲良しだからな」
「じゃあ、次も予想通りになるかしら」
「なぁに?」
「ナディア。これを着てみてくれないか?」
「コレ?」
「ああ」
「うん、分かっタ」
千秋に黄色い甚平を渡されて、早速その場で着替え始める。
りるは、それをジッと見ていて。
それから、急にこちらを向くと、不機嫌そうに尻尾を振る。
「りるも!りるも着替えたい!」
「ふふふ。衛士長さんの言う通りだったわね」
「……?」
「大丈夫よ、りるちゃん。衛士長さんが作ってくれたのがあるから」
「ホントに?」
「ええ。着てみなさいな」
「うん!」
千秋のと比べると、少し見映えは悪いかもしれないが、それなりのものは出来たと思う。
りるの金色の髪に合わせて、少し濃いめの青にしてみたんだけど。
…朝に穿かせておいたから、今日は大丈夫だな。
ナディアと一緒に、その場で着替え始めたけど。
着替え終わると、二人で見せ合いっこしていた。
「うん。二人とも、ちょうどいいかんじね。きちんと採寸しておいてよかった」
「ピッタリ」
「ピッタリ?」
「気に入ったか?」
「うん!」
「気に入っタ」
「そうか、よかった。作った甲斐があったよ」
「今日は、それを着ておいたらどう?似合ってるわよ」
「うん、そうする」
「そうすル」
二人は頷いて、ニッコリと笑う。
それから、自分たちの作品の方に戻って。
千秋は、喜んでもらって大満足、といったところだった。
…それにしても、あいつらは何を作ってるんだろうな。
全然見せてくれないんだけど。
まあ、お楽しみということだろうか。
完成したら、見せてほしいな。