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謎の女の子は、どうやらナディアという名前らしい。
人懐っこくて、すぐに周りのみんなとも馴染めたようだ。
そして、そのナディアとりるを連れた朝ごはんの帰りに、たまたま千秋と会ったから、そのまま屋根裏部屋へ行って。
「なんだ。また増えたのか」
「そうだよ、まったく…」
「まあいいじゃないか。家なき子だろ?」
「たぶんな」
「じゃあ、保護して然るべきだ」
「簡単に言うけどな、お前…」
「大丈夫大丈夫。今までもちゃんとやってこれてるんだから」
「はぁ…」
千秋はナディアの頭を撫でて。
ナディアもすっかり懐いた様子で、ニコニコと笑っていた。
…しかし、どうやって大和の言う山小屋まで辿り着いたんだろうな。
サンやりるなんかもそうだったけど、謎が多すぎる。
「それにしても、ちょっと痩せすぎじゃないか?」
「ん?あぁ、そうだな。道中、ろくなものを食べていなかったんだろう。朝ごはんも、かなりたくさん食べてたよ」
「ふぅん…。可哀想に…。あばらも浮き出て…」
「アバラ?」
「いや、なんでもないよ」
「うん」
「千秋!一緒に鬼ごっこしよ!」
「ここでは無理だな。外で遊んできたらどうなんだ?」
「んー」
「ナディアが気になるみたいだな」
「へぇ。優しいところもあるんだな」
「単なる興味からじゃないか?」
「そんなことないよな、りる」
「んー?」
「…まあ、いいけど」
「千秋お姉ちゃん」
「ん?どうした?」
「ナディア、起きたらここにいタ」
「そうなのか?」
「大和が連れてきたらしい。周りを探したけど、親らしき人もいなかったって言って」
「ふぅん」
「本当に、どこから来たのか知らないけど」
「いいじゃないか、そういうのは。この城は、そういうところなんだろ?」
「…まあな」
「千秋。ヤモリ捕まえた」
「そうか。よかったな」
「うん。逃がしてあげる」
「そうだな。そうしてやれ」
りるは、ヤモリを床に放して。
チョロチョロと逃げていくのを、りるとナディアは一緒になって見ていた。
「ヤモリ」
「うん。ヤモリ」
「トカゲみたいだネ」
「トカゲじゃないよ」
「同じ爬虫類だけどな」
「ハチュールイ?」
「そう。爬虫類」
「フゥン…。ハチュールイ…」
「そういえば、ナディアは、まだ日ノ本の言葉は苦手なのか?」
「ニガテ?」
「日ノ本以外の言葉は話せるのか?」
「……?」
「でも、自然に話せるあたり、普段は日ノ本の言葉を話してるんじゃないか?」
「まあ、そうかもしれないけど」
「日ノ本の言葉が話せるだけよかったじゃないか。外国の言葉を話されても、オレたちには分からないし…」
「そうだな」
「アルヴィンとかユタナなら、分かるかもしれないが」
「ふぅん…」
「ごはん、美味しかっタ」
「そうか。よかったな」
「うん」
「りるも!りるも美味しかった!」
「お前はいつも美味しいからな」
「うん!」
「まあ、食べてる料理は一緒なんだけど」
「そういうことは言わない」
「そうだな」
そして、りるは、何が嬉しいのか跳ね回り始める。
でも、屋根裏の天井の低さを甘く見ていたのか、傾斜で特に低くなってる端の方で頭をぶつけて。
屈み込んで、プルプルと震えていた。
「大丈夫?」
「うぅ…」
「ははは。たんこぶになるな」
「痛い…」
「痛いの痛いの、飛んでケー」
「………」
「あ、そうだ。今日は寺子屋の日なんだな」
「ああ」
「俺も見に行こうかな」
「行けばいいじゃないか。気になる講義があるなら、受けてくればいいし」
「紅葉は行かないのか?」
「まあ、行ってもいいんだけど」
「この前は、子供たちの面倒を見てたんだろ?今回も、声が掛かってるんじゃないのか?」
「いや。そもそも、今日が寺子屋の日だということも知らなかった」
「そうなのか?今は生徒も増えたし、二、三日に一回くらいの周期であると思うけど」
「ふぅん…」
「まあ、一緒に行こうよ。ナディアとりるも連れて」
「そうだな…」
世話を任されたなら任されたで、それはそれでいいだろう。
とりあえず、頭をぶつけないように立ち上がると、ナディアも一緒についてくる。
…りるは踞ったままだったけど、千秋に声を掛けられて、やっと立ち上がった。
「あんまり暴れるなよ。狭いんだから」
「うぅ…」
「まあ、とりあえず行こうか。医療室には寄るか?」
「痛いからヤ…」
「痛いから寄るんだろ」
「りるは、消毒とかが滲みるのが嫌だと言ってるんだろ」
「あぁ…。たんこぶに消毒は要らないと思うけど…」
「まあ、いいんじゃないか?大したこともないみたいだし」
「そうだな。脳挫傷とか起こしてたら大変だけど」
「心配なら、医療室に連れていけばいい」
「…やめとくよ。たぶん、風華も広間にいるだろうし、そこで診てもらおう」
「そうだな」
少し涙目になってるりるの手を引いて、千秋は階段を降りていく。
私とナディアも、それに続いて。
「でもさ、いいよな。誰でも参加出来て、いろんなことを教えてもらえるってさ」
「そうだな」
「俺は何を教えてもらおうかな」
「今日は高等数学の先生が来るらしいぞ」
「ふぅん。なんか面白そうだな。俺でも分かるかな?」
「まあ、高等数学なんだから、基本の計算くらいは出来ないとダメだろうな」
「コートースーガクって何なノ?」
「すごく難しい計算のことだよ」
「フゥン…。ナディアも分かるかナ」
「さあ、どうだろうな。もしかしたら、分かるかもしれないな」
「じゃあ、ナディアも、千秋お姉ちゃんと一緒にコートースーガクのコーギに行ク」
「ははは。そうか。まあ、何事も挑戦だな」
「りるはー?」
「お前は、まず算盤くらいは出来るようにならないとな」
「りるもコートースーガークーに行く!」
「高等数学な。全部伸ばすなよ」
「んー!」
頭はもう痛くないらしい。
高等数学の講義を受けたいと、また癇癪を起こしたりして。
「分かった分かった。じゃあ、ちょっとだけ受けてみような」
「ん~」
「アマアマだな」
「いいだろ。可愛い妹なんだから」
「まあ、分からんでもない」
「そうだろ」
りるは、勉強をするということは分かっていても、具体的に何をしにいくのかというのは分かっていないだろうな。
負けず嫌いだから、他の誰かがやってることは、自分もやりたくなるんだろう。
まあ、それでいろいろ学んでいってくれればいいさ。
そういう我儘なら、いつでも聞いてやる。