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「………」
「気に入られてるみたいだな」
「む、紅葉か。おはよう」
「おはよう」
「困ったものだよ」
「まったくだ。チビどもは、この城に吸い寄せられてるのか?」
「さあな」
広場に大和が座り込んでいたから、何かと思って見に来たらこれだ。
大和の腹を枕にして、誰かチビっこが眠っていた。
「朝、管理をしている山に見回りに行ったら、もう誰も使わなくなったボロの山小屋にいたんでな。心配だから連れてきた」
「…お前が連れてきたのかよ」
「ふむ…。まあ、すまない」
「いいけど…」
「あ、師匠。おはようございますっ」
「あぁ、おはよう、秋華」
「珍しいですね、この時間に師匠がここにいるなんて」
「まあな…」
「どうなさったんですか?」
「いや…」
「あれ?見掛けない子ですね」
「そうだな…」
「可愛いです」
「そうだな…」
「お名前は、なんて言うんですか?」
「知らないよ。今来たばかりだからな」
「へぇ、そうなのですか。肌が黒っぽいですね。日焼けしたのでしょうか」
「いや、違うと思うけどな」
「はぁ。と、言いますと」
「もとから黒いんだよ。りるだってそうだろ」
「りるは、地黒じゃないんですか?」
「こいつも地黒の濃いやつだよ。海の向こうの、年中真夏みたいなところには、こういう人間がいると聞いたことがある」
「へぇ、そうなのですか」
「まあ、本当に真っ黒な人間もいるらしいが…詳しくは知らない」
「真っ黒ですかぁ。夜とか、大変そうですねぇ」
「そうだな」
「ふふふ。可愛い寝顔です」
「それより、お前。時間は大丈夫なのか?」
「あ、そうでした。危うく遅れるところでした。では、失礼します」
「ああ。行ってらっしゃい」
「行ってきますっ」
秋華はいつものように勢いよくお辞儀をすると、また駆けていった。
門のところまで行くと、こっちを向いて手を振っていたから、振り返しておく。
「さて、紅葉」
「そうだな…。まあ、とりあえず、部屋に連れていくか…」
「あ、姉ちゃん」
「…どうしたんだ、レオナ」
「どうしたもこうしたも、今日は寺子屋の日ぃやし」
「なんだ。銀次と逢引する日かと思ったが」
「なっ!そんな日ぃとかあらへんし!」
「今日は銀次が来るんだろ?」
「そら来るけど…。でも、先生としてやで!ていうか、なんで知ってるん!」
「勘だ」
「勘でそんなこと当てやんとってぇな…」
「それで、何の先生なんだ?」
「高等数学やけど…」
「そうなのか」
「うちは、頭悪いさかい、ちっちゃい子の算数くらいしか見られへんねんけど。銀次は、なんやよう分からん計算とかでも、チョイチョイやってまいよるんやで」
「ふぅん」
「バイカイヘンスウヒョウジとか、ゼンカシキとか、ブブンブンスウブンカイとか、まだ簡単な方やゆうて教えてくれんねんけど、ちんぷんかんぷんやな」
「そんな計算もするのか」
「姉ちゃんは分かるん?」
「媒介変数表示、漸化式、部分分数分解は、高等数学の本当に入口といったところだ。他にも、微分積分とか極限、行列なんかも…」
「もうええっちゅーねん。聞いても分からんし」
「そうか」
「なんや、この国の数学だけやのうて、外国の数学も研究してはる、なんとかって人に師事してるらしいけど、うちにはよう分からん。加減乗除さえ出来たら、商売人としても充分生きていけるしな」
「まあ、それはそうかもしれないが、そういうものを勉強する裏には、数学的な考えを身に付けるという意味合いもある。つまり、論理的な思考の獲得だな。物事を客観的に捉えて思考を掘り下げていくような考え方が必要なのは、何も数学だけじゃない」
「分かってるけどさぁ…。あ、何、この子。可愛いなぁ。誰なん?気付かんかった」
「さあな。大和が拾ってきた」
「拾ってきたってなぁ…。落とし物やあるまいし…」
「事実なのだから仕方あるまい」
「他に言い方あるやろゆうてんねん」
「ふむ。まあ、とにかく、周りを五里ほど探してみたが、親や保護者らしき者はいなかった」
「五里霧中ってやつ?」
「違うと思うぞ」
「十里の焼き芋とかゆうてな。生焼けでゴリゴリやねん」
「栗より美味い十三里の焼き芋だろ。下らないことを言ってないで、さっさと中に入るぞ」
「はぁい」
よくもまあ、そんな下らないことを思いつくものだ。
だいたい、ゴリゴリの焼き芋なんて売れないだろうに。
いや、ある意味では、それぞれ自分の好みによって、追い焼きをして調整することも可能だと考えられるか。
好みの焼き具合を言えば、その場で焼き芋屋が焼いてくれるという風に。
時間は掛かるが、買い物の前言っておけば、それの帰りにちょうど焼き上がってるという…。
何を考えているのだろうな、私は。
…とりあえず、褐色肌の女の子を背負って、城の中に戻ることにする。
大和は、広場に留まるみたいだったけど。
「肌黒いねぇ」
「そうだな」
「可愛いなぁ。ツンツンしてもええ?」
「ダメだ」
「ケチんぼやな…」
「じゃあ、起きたらお前のせいだぞ」
「えぇ…」
「えぇとか言うなら触るな」
「はぁ…。分かったよ…。起きたらツンツンさせてもらおっと」
「まったく…」
「あ、ほんでさぁ。広間はどうなってんの?」
「机とかは全部隅の方に片付けられてるけど、寺子屋なんだったら、みんなに手伝わせて一緒に準備させるよ」
「そう?おおきに」
「また大和が老体に鞭打つことになったら大変だしな」
「ははは。まあ、それはそれでええやん」
「お前な…」
「冗談冗談」
「まったく…」
「んー…。おかーさん…」
「ん?」
「あ、りる」
「どうしたんだ?」
「ふぁ…」
「厠ちゃうかな」
「んー…」
「おしっこか?今行ってきたん?」
「んー…」
「はっきりせんな…」
「帰りだろ。なんでわざわざ一階まで降りてきたのかは知らないけど」
「なんで帰りとか分かるん?」
「匂いがする」
「………」
「まあ、レオナ。この子を頼む。オレがりるをおぶるから」
「別にどっちでもええんとちゃうの?」
「こいつは下着をつけてないことがあるからな」
「えぇ…」
女の子をレオナに渡して、りるの服の裾を捲ってみると、案の定、下着をつけていなかった。
まったく、なんで穿かないんだろうな。
あれだけ言ったのに。
「オレのこの服は、汚れても替えが利くし、洗えば済む話だけど、お前のその服は今日それだけだろ。その子はそんなに汚れてないし、下着もつけてるから」
「うん、まあ、そういうことやったら」
ということで、私がりるを、レオナが女の子を背負って部屋へと向かう。
…誰なんだろうな。
そして、なんでこうも集まってくるんだろうな。
まったく、不思議でならないよ。