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「美味しいな、これも」

「美味しくなるように作ったからな」

「確かに。美味い美味い」

「おい、翡翠。お前には、これを食べる権利はない」

「えー。なんで」

「これは子供たち専用だ」

「えぇ…」


まあ、子供と言えば、翡翠も子供だろうが。

美希が言ってるのは、見た目が子供のやつらしい。

…肩を落とす翡翠の横で、澪は黙々と美希の作った特製料理を食べていた。


「ご馳走さま。美味かったよ」

「なんだ、もう食べないのか?」

「いや、充分食べた。腹もいっぱいだ」

「そうか。部屋に戻るのか?」

「先に風呂に入ってくる」

「ん!私も行くぞ!」

「お前はまだ食べ足りないだろ。もう少し食べてろ」

「私も充分に食べた!」

「まったく…」

「いいじゃないか。一緒に風呂に入ってこいよ」

「じゃあ、余った分は僕が食べるよ」

「まだ食べさせる子供はたくさんいる。お前は最後だ」

「えぇ…」

「紅葉、行くぞ!」

「ああ」


お預けを喰らう翡翠を横目に見ながら、澪に手を引かれて広間を出る。

廊下は急に静かで、夜の気配が感じられた。


「風呂はどっちだったかな、紅葉」

「こっちだよ」

「うむ」

「…今日の料理は美味かったか?」

「うん。美味しかった」

「そうか。よかった」

「紅葉は、毎日あんな美味しいものを食べてるんだな」

「ん?まあな」

「私も、これから毎日食べられるな」

「そうだな」


嬉しそうに笑う澪の頭を撫でて。

気に入ってもらえたのは、私も純粋に嬉しいよ。

部下の名誉は、私の名誉でもある。


「なぁ、紅葉」

「なんだ」

「風呂は好きか?」

「ん?まあまあかな」

「私は大好きだぞ」

「そうか」

「ここは、どんなお湯なんだ?」

「いや、温泉ではないからな…」

「そうなのか?それは残念だ。でも、風呂は好きだぞ」

「そうか。じゃあ、澪が好きなら、私も好きだ」

「うむ」


急かすようにトコトコと小走りしている様子から、確かに、風呂好きなんだということが窺い知れるようだった。

だから、私も少し早足で歩く。

…そして、風呂場に着くと、澪は早速服を脱ぎ散らかして風呂へ入っていった。

まったく…。

早着替えの名手になれるかもしれないな。

適当に服を畳んでおいて、私も風呂に入る。


「わっ…。いろはねぇまで来た…」

「なんだ、桜。入ってたのか」

「いろはねぇが入れって言ったんでしょ…」

「それはそうだけど」

「桜、背中を流してやろうか?」

「いいよ、別に…。あ、それより、澪の服、作っておいたから、またあとで着てみて」

「私の?そうか、嬉しいな。ありがと」

「どういたしまして」

「お前、ちゃんと朝昼は部屋から出たんだろうな」

「出たよ…。疑うんなら、ユカラに聞けばいいじゃない…」

「疑っているわけではない。確認だ」

「………」

「まあ、その調子で、昔の活発な生活を取り戻してくれ。あんまり長い間、あの部屋にいすぎると、黴臭くなるぞ」

「ならないよ…」


そう言いながらも、さりげなく自分の匂いを嗅いでいるけど。

私としても、桜に黴が生えてしまうのは嫌だしな。

ちゃんと外に出て、ちゃんと日の光を浴びてほしいものだ。


「ゴシゴシ」

「…やっぱり子供だね」

「む。どういう意味だ」

「ゴシゴシなんて言っちゃってさ」

「言ってたか?」

「無自覚なの?」

「ふむ…」

「やっぱり子供なんだね」

「いいじゃないか、子供でも」

「いいけどさ。それより、背中にまで鱗があるんだね」

「あるか?」

「あるよ」

「んむ…。見えん…」

「合わせ鏡でもしないと見えないだろうね」

「ふむ…」

「あ、剥がれた」

「そうか。古くなっていたんだろうな」

「ふぅん…」


桜は、剥がれた澪の鱗をしげしげと眺めて、前の台のところに置く。

それから、石鹸の泡を流すと、また鱗を持って浴槽の方に行って。

澪も、それを見て、急いで身体と髪を洗い上げて、浴槽へ向かった。


「桜」

「何?」

「私の鱗が欲しいのか?」

「そういうわけじゃないよ」

「そうか」

「でも、綺麗だなって思っただけ」

「…欲しかったらな、剥いでもいいんだぞ。すぐにもとに戻るから」

「剥いでまで欲しくないよ。それに、そんなことしたら痛いでしょ」

「我慢する」

「我慢しなくていいよ。でもまあ、ありがとね」

「うむ…」


桜に頭を撫でてもらって、だけど、少し複雑な様子だった。

そんな澪を置いて、桜は鱗を湯に浮かべて、船のようにして遊んでいる。

…まあ、痛い思いをさせてまで、手に入れたいとは思わないよな。

澪は、丸裸にされても構わないといったような雰囲気だけど。

龍の献身か。

主に尽くすというのは、人間の同じ言葉とは全く違う意味なのかもしれないな。



部屋に戻ると、また翡翠がもとの姿で屋根縁にいて。

でも、何か退屈そうに夜の街の方を見ていた。


「翡翠」

「んー?」

「ツカサはどうした」

「んー。望と散歩に出掛けた」

「ふぅん…」

「ツカサに彼女がいたなんてねー。負けた気分」

「何がだよ…」

「今日は結局、余り物も貰えなかったし。あーあ」

「退屈そうだな」

「退屈だよ」


そう言って、伸びをする。

もとが長いから、それなりに広いと思っていた屋根縁も、かなり狭く感じられた。


「………」

「あぁ、なんだ。澪もいたんだ」

「いて悪いか」

「悪かないさ。紅葉の陰になって気付かなかったってだけ」

「うむ…」

「ふぁ…。もう寝ようかな…」

「ツカサがいたら、遅くまで喋ってるくせに」

「いいじゃん。ツカサ、いないんだし」

「オレや澪と話すという選択肢は、お前にはないのか」

「えー。今更、何か話すことなんてある?」

「まだ知り合ったばかりだろ」

「じゃあ、何か聞きたいこととかあるの?」

「降龍川は見てなくていいのか?」

「見てなくても、降龍川は僕自身だし。何かあったらすぐに分かるよ」

「ふぅん…」

「まあ、しょっちゅう見に行かなくてもいいってくらいだけど。誰かが溺れてるってくらいになれば、ここにいてても分かるよ」

「そうか」

「今は誰も溺れてないね」

「それはよかったな」


適当に相槌を打って、屋根縁の柵のところにもたれる。

澪もついてきて、私の横に同じように腰掛けて。


「その目、ちゃんと見えてるの?」

「見えてるよ」

「澪の目の話じゃなくてね」

「オレ自身の目は見えてない。だから、澪の目はとても役に立ってるよ」

「えっ、見えないのか?」

「月光病だろうねぇ。月とか、あんまり見たことないんでしょ」

「そうだな。でも、今は見えるから」

「紅葉、ゲッコウ病って何なんだ?治るのか?」

「治し方は、まだ見つかってないらしいな。月光病は、月が空を渡ってる間、身体のどこかに異変を生じる病気らしい。オレは、目が見えなくなるんだけど」

「そんな…。翡翠は、何か知らないのか?」

「さあねぇ。話には聞いたことがあるってくらいかな。謎多き病だからね。大和なら、何か知ってるかもしれないけど」

「大和、大和!」

「…なんだ、騒々しい」

「わっ、どっから出てくるんだよ…」


大和は、また屋根の方から飛び降りてくる。

すぐに澪は、大和の足下にしがみついて。

…邪魔だと思ったのか、翡翠は人間の姿になっていた。


「大和、紅葉の月光病を治す方法はないのか?」

「月光病か。古来より、人間特有の病として発現してきたものだが、原因も治療法も、全く分かっていない。分かっているのは、月が空にあるときに、患者の身体に何らかの症状が現れること。そして、赤い月が現れるとき、つまり、各龍脈の活動が綺麗に整うときは、月光病は発症しないらしいということだけだ。世の薬師たちの中には、この病の原因や治療法を発見するために人生を捧げているような者もいるし、そうでなくとも、ある程度の知識を持っている薬師たちから、かなりの関心を集めている。まあ、人間のことだ。そのうち、治療法を確立することも出来るかもしれないな」

「いつかを待ってても遅いんだ。紅葉は、今、目が見えなくなってるのに…」

「焦っても何も解決はしない。私たちには待つことしか出来ないのだよ。そういう研究に従事するというのなら、話は別だろうが」

「待つなんて出来ない…。そうだ、私の目を、紅葉に移植するのはどうだ。私は月光病ではないし、私の術を使えば、可能かもしれない」

「やめておけ。紅葉は、そんなことは望んでないだろうよ」

「そうだな。私の目のために、澪の目を抉り出すなんて出来るわけがないだろ。それに、目ならちゃんと貰っている」

「でも…」

「それにね、他人の身体の一部を移植したところで、上手くいかなくて腐り落ちてしまうこともあるんだよ」

「風華。もう、風呂には入ったのか?」

「うん。チビっこたちは、今日は美希と灯が入れてくれるって言ってたから、先に上がらせてもらったんだ」

「そうか」

「なぁ、風華、どういう意味なんだよ」

「拒絶反応って言うんだけどね。自分の身体以外のものは異物と見なされて、攻撃されることがあるんだ。まあ、免疫のひとつなんだけど。自然の力なのかな。自分だけの力で生きなさいってさ。究極の自己愛とも言えるかもしれないね」

「そんなの要らないじゃないか…。そんなののせいで、私の目が使えないなんて…」

「澪。紅葉に一所懸命になるのはいいけどな、お前の目が見えなくなったら、誰が紅葉を守るんだ。誰がお前の面倒を見るんだ。主人に忠を尽くすのと、ただ闇雲に自己犠牲したがるのとは、全く違うということを覚えておけ」

「五月蝿い!紅葉は…紅葉は…」


澪は、それ以上言葉を続けられないようだった。

大粒の涙が、頬を伝って。

私の代わりに、風華が澪の頭を撫でてくれた。

…私は、この病気は嫌いではない。

むしろ、この病気のお陰で見えてくることもあるから。

でも、澪が私のために泣いてくれているのは嬉しい。

それだけ、想われてるってことだから。

だから、今は口にしないことにする。

澪の気持ちを、しっかり受け止めてやるために。

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