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厨房で灯と話し込んでいると、また澪がうつらうつらとし始めて。
とりあえず、ちゃんと寝かせるために部屋まで戻ることにする。
灯は、もうしばらく厨房で考えると言っていたけど。
…部屋に戻ると、すでにチビたちが集まって昼寝をしていた。
その一人に澪も加えて。
「あ、お母さん」
「ん?」
屋根縁の端のところに望が座っていた。
日向ぼっこの好きなチビたちも、温かい陽射しの下で眠っていたけど。
その中に、アセナの姿も見える。
「どうした、望」
「なんでもないけど」
「そうか」
「…ツカサがね」
「なんだ」
「いつも、朝早くに出ていっちゃうんだ」
「そうだな」
「ゆっくり、お話がしたいな」
「頼んでみたらどうだ」
「ダメだよ。一所懸命にお仕事してるんだもん」
「少しくらい我儘を言ってみたらどうなんだ。お前はいつも我慢ばかりしているじゃないか」
「そんなことないよ。それに、望はお姉ちゃんだもん。我慢するのは当たり前だよ」
「ツカサとゆっくり話したいならな、我慢をするな。あいつは鈍感だから、そうと言わないと、いつまでも分からないぞ」
「………」
「我慢するのも大事なことだけど、自分の想いを伝えるのも大切なことだ。ちゃんと伝えてやれ。ツカサは鈍感だけど、お前の気持ちを無下にするようなやつじゃないよ」
「でも…」
「お前が言わないのなら、オレが代わりに言ってしまうぞ。それでもいいのか?」
「よくない…けど…」
「男は孤独でも生きていける生物だ。でも、女は群れていないと生きていけない。まあ、どちらがいいとは言わないが」
「あっ、美希お姉ちゃん」
美希が、屋根縁の入口のところに立っていた。
そのまま、こちらに歩いてきて。
…足下を見なくても、誰も蹴ったりせずに歩けるのは、さすがといったところか。
「人間はもともと群れて生きる生物だけど、女が男を引き入れてやらないと、あいつらはいつまで経っても、好き合ってる女のことも顧みないまま、一人で生きているぞ」
「………」
「本当にツカサのことが好きならな、遠慮なんかするな。抱きついて二度と離さないくらいの気持ちでいけ」
「でも…」
「お前は消極的すぎるんだよ。しっかり、ツカサのことを好きになってやれ」
「………」
美希に頭を撫でられて、やっと少しだけ頷く。
でも、まだまだ不安でいっぱいのようだった。
「…ところで、美希。灯が探してたぞ」
「探してないだろ。どうせ、私の言っていた意味が分からないから、厨房でぼんやりしてたとか、そんなだろ」
「まあ、そうだけど」
「何が足りないのかを教えるのは簡単だけど、それでは意味がない。自分で見つけることに意味があるんだ。あいつ自身も、何かが足りないというのが分かっているんだったらな」
「何が足りなかったんだ?」
「紅葉も分かってるんだろ?」
「…まあ、そうだけど」
「あいつが気がつくまで待つことだよ」
「そうだな。…それで、今日はお前が当番だったんじゃないのか?昼ごはんを食べに行ったらいなかったけど」
「ちゃんと作ってあっただろ」
「それはそうだけど」
「夕飯の食材の買い出しだ。澪って龍人だろ。龍人は、成長期には栄養のあるものを、人間以上にたくさん食べないといけないと聞いたことがあるからな」
「…お前、龍人のことを知っているのか」
「長く旅をしてると、そういうものに出会う機会も多くなる」
「あの龍の図鑑を書いたやつに話を聞いたんだが、そいつも長い間、龍を探し求めて方々へ冒険に行ったと言っていたが」
「求め続けるものには、なかなか巡り逢えないものだよ。私のようにフラフラとさ迷っている者ほど、いろいろ見ているということはよくある」
「どこで見たんだよ」
「龍と人が共に暮らしているという集落が、ずっと僻地にまだ残っているんだ。龍と人が協力しあって、混じり合い、ときたま、お互いに結ばれて子を成すような二人もいる。でも、それは、あの集落にとっては普通のことで。そのときは大人ばかりだったが、何人かの龍人と話すことも出来たしな」
「六兵衛垂涎ものの体験だな…」
「宝物は、なかなか見つけられなかったり、最後まで見つけられないから、価値があるんじゃないかと思う」
「そうだろうけど」
「そういうことだな」
「まあ、とりあえず、澪は龍人じゃない。本物の龍だ。今はあんなチビっこの姿だけど、本当はセトよりも大きい」
「ふぅん。だけど、作る量は結局変わらないしな。澪が食べなくても、葛葉とかりるが食べるし。足りないときは、それはそれで我慢させる。太ってほしくないしな」
「そうかよ…」
「しかし、あいつは不思議だな。額のところにも目があるだろ。そういう龍なのか?」
「今もあるのか?」
「ピッタリ閉じてたら、一目には分からないけどな。前髪も長いし。今来たときに見てみたら、少しだけ開いていた」
「ふぅん…。気付かなかったな…」
「前髪が垂れていて、ちゃんと閉じていたら分からないだろうよ。私も、今、たまたま見つけただけだし。紅葉はずっと、起きてるときのあいつを見てたんだろ?」
「まあ…」
「それじゃ、気付かないだろうな」
「ふぅん…」
変化したあとは、三つ目はどこに行ったんだろうとは思っていたが、ちゃんとあったんだな。
あいつ自身、他の誰かに知られてはならないと思って、きちんと閉じていたんだろう。
…まあ、起きたときにでも、褒めておいてやろうか。
喜ぶ顔が見たいし。
「…美希お姉ちゃん」
「ん?」
「ツカサがね、帰ってきたら、言ってみようと思う」
「…そうか。頑張れよ」
「うん。えへへ…頑張る」
私たちが話してる間に、考えは纏まったらしい。
美希に応援してもらって、嬉しそうに笑っていた。
「じゃあ、とりあえず、私は厨房に戻るよ」
「そうか」
「夕飯は、少し腕を奮ってみようかな」
「それは楽しみだな」
「まあ、期待しておいてくれ」
「ああ」
美希は、最後にもう一度、望の頭を撫でてから、部屋をあとにした。
望は、何かほっこりとしたような顔で、空を眺めていた。
決心がついたからだろうか。
…まあ、草葉の陰から見守っておいてやろう。
上手くいくといいな。