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「やっぱり大変でしょ?」
「そうね。大変」
そして、望、響と一緒に表で遊ぶ哲也を見て。
「でも、子供が…哲也がいるから、私たちは親でいられる。大変だとか、そんなこととは比にならない、そうね…感謝の気持ちがあるの」
「そうそう!それだよ、それ!」
「あんたは黙ってな」
「…ハイ」
「感謝…か」
「うん。感謝。風華ちゃんも、早く良い人見つけなさいよ。紅葉ちゃんは、もういるみたいだけどね」
「な、何が!」
「ふふふ」
何なんだ!
まったく…。
そりゃ…間違ってはないけど…。
「そ、それはそうと、もう子供はいいのか?」
「そうねぇ。ふふふ」
「ふぅん。そうなのか」
「え?何?何なの?」
嬉しそうに笑う涼。
それを見て納得する私。
そして、風華だけが取り残された。
「母ちゃん!」
「ん?」
バタバタと店の中に駆け込む哲也。
一直線に涼の方へ向かう。
「のぞみねぇ、えじ、なんだって!」
「へぇ~。そうなの?」
「今日なったばかりだけどな」
「哲も、えじ、になれるかな?」
「どうかな。哲は泣き虫だからね~」
「泣かなかったら、えじ、になれる?」
「哲也。人間にはな、それぞれ、いなくちゃいけない場所があるんだ」
「いなくちゃいけない…場所?」
「ああ。哲也は分かるか?自分の場所が」
「うーん…」
「分からないうちは、衛士にはなれない」
「分かったらなれる?」
「分かったら、オレのところに来い。自分がどこにいるべきなのか。聞かせてもらおう。それを考えた上で、歓迎するときには歓迎する」
「……?」
「とにかく、自分がいなくちゃいけない場所が分かったら、このお姉ちゃんのところに行けばいいの」
「うん、分かった」
「哲~!一緒に金平糖食べよ~!」
「うん!」
望に呼ばれ、また外へ駆けていった。
「自分がいるべき場所…か。ふふ、また難しい問題を吹っ掛けたね」
「難しい問題ほど、答えは近くにあったりする。答えが近くにあるからこそ、難しい問題になる」
「要は気付けるかどうか、かぁ…。紅葉ちゃんって、いつもそんな難しいこと考えてるの?」
「いや、元々は母さんや父さんが教えてくれたものだ。まあ、オレなりの解釈を加えてるところもあるけどな」
「ふぅん。紅葉ちゃんの親…見てみたいね」
「父さんは市場で武具屋をやってる。母さんはずっと昔に死んだ」
「そっかぁ。でも、武具屋って、一徹さん?」
「ああ」
「へぇ。あの頑固親父に、こんな可愛い娘さんがいたなんてねぇ」
「そんなこと言ってると、また一徹さんにどやされるよ」
「おっと、いけねえや」
「まあ、オレは実の娘ではないんだけどな」
「こんにちは~」
「こいつが実の娘」
なんともちょうど良いときに来た。
おやっさんは目を皿のようにして、灯を見詰める。
「はぇ~、こりゃびっくりだ!」
「灯ちゃんがねぇ」
「ああ。頑固なところは父さんそっくりだ」
「…何の話をしてるの?それより、紅葉。なんでここにいるの?」
「昼ごはんを食べてたんだ。灯こそ、なんで?」
「涼さんにお料理を教わってるのよ。紅葉もやってみる?」
「いや、いい」
「そうだろうね」
「涼さんって、料理教えてるの?」
「まあね。今のところ、生徒は灯ちゃんだけだけど。風華ちゃんもやる?」
「うん!」
「じゃあ、今日は食後の美味しいお菓子を作ろうかな」
「「賛成!」」
そして三人は、嬉々として厨房へ入っていった。
空いてる椅子をいくつか並べて、その上で器用に眠るチビたち。
すると、望がいきなり起き上がって。
「んー…」
周りの匂いを嗅いでみる。
でも、まだ寝ぼけているらしく、また眠りへと落ちていった。
「望、響、哲也。起きろ。おやつだぞ」
「おやつ!」
「美味しいね、これ」
「うん。えっと…なんだっけ?」
「ホットケーキでしょ」
「あぁ、そうだ」
「西洋風って言っても、材料は割と市場で揃うものなのね」
「これ、何~?」
「ホットケーキ。蜂蜜をかけて食べるの」
「ふぅん」
望は蜂蜜の壷を取り、傾けてみるが、なかなか出てこない。
「うぅ~…」
「望お姉ちゃん、早く~」「のぞみねぇ~」
響と哲也に急かされて、いよいよ焦る望。
フルフルと壷を振ると…
「あぁっ!」
やはりというか、ホットケーキの上に、盛大に壷を落としてしまった。
壷こそ割れなかったが、皿の上の惨状は言うまでもないだろう。
「あうぅ…」
「あーあ」
「うぅ…」
「ほら、オレのと替えてやるから。泣くなよ」
「うん…ありがと…」
「響と哲也も気を付けろよ」
「分かった」「うん」
蜂蜜だらけになったものと、自分の分を取り替えてやる。
すると望は、泣きそうになりながらもニコリと笑う。
しっかりと我慢したご褒美に、頭を撫でてやる。
「優しいお姉ちゃんね」
「えへへ」
和やかな昼下がりの時間が、ゆっくりと過ぎていく。
蜂一匹が作れる蜂蜜の量って、スプーン一杯分なんですね。
この前テレビで言ってました。